第五章 第十五話     92/115
 




「君、どうして避けられるの?」

『団長』は両手を百華達の血で濡らしながら笑っている。あの血の中に自分達の血が混じらないためにはどうしたら良いのだろう。

「……晴太君」

背中に晴太を隠す様に立ち塞がっている綱吉が、小さな声で晴太を呼んだ。すぐ後ろに晴太はいるので、その言葉は晴太に届く。

「俺が合図したら逃げて」

晴太はその言葉を聞き、綱吉の服の端をぎゅっと握ることで拒絶を示した。
逃げられる訳がない。綱吉を置いて逃げることなど出来るわけがない。晴太は服を握る力を強めながら、首を横に振った。

「せい……」
「そんな怯えないでよ」

重ねて言おうとした綱吉の言葉を遮って『団長』は口を開いた。どうやら綱吉の言葉は彼にも聞こえていたらしい。地獄耳め。

「別に捕って食おうって考えてないからさ」
「……その言葉を信じられる状況じゃないので」

綱吉の言葉は最もである。『団長』や綱吉達の周りは文字通り血の海。その中心で笑っているこの惨事の犯人を怖れるなと言うのは無理な話だ。

「うーん、まぁ、別に俺も信じて欲しい訳じゃないけどね」

『団長』は気分を害した様子なく言う。

「戦場で俺みたいな奴を信じないのは賢いよ」

信じる奴なんているのか。そう言いたいのを晴太は心の内に留めた。
綱吉の服を握っている手が震えている。情けないが、この少し年上の彼に縋り付いている状態だ。
自分が会いたいと言ってこの屋敷に残っているのに。この怖ろしい『団長』に遭遇する可能性も考えてはいたのに。身体の震えは止まらなかった。

「所で、こんな所で何をしてるの。ひょっとしてお母さんでも捜してるのかい」

『団長』は左手の親指を立て、己を差して予想外の言葉を放った。

「そんなに会いたいなら会わせてあげよっか?日輪に」

その言葉の意味を、晴太は聞いた時咄嗟に分からなかった。
一瞬後、理解したら訪れたのは疑問だった。どうして、何故。

「貴方は俺達の味方じゃない。鳳仙の味方でもない。貴方は、何を求めているんですか」

綱吉も同じ思いの様だ。晴太は綱吉の言葉に続けて言う。

「そ、そうだ!一体……何なんだ」

頑張って声に出したつもりだ。身体と同じように若干声が震えていたが、どうにか責めないでくれ。これでも精一杯なのだ。

「あいにく吉原にも仕事にも興味はないんだ」

『団長』がそう言ったら、新しい足音が『団長』の後ろからぞろぞろと近付いてきた。百華の新手だ。一カ所に留まり過ぎていたらしい。
百華からも逃げないと。晴太は綱吉の服を引っ張り、逃亡を促そうとした。しかし、それよりも先に綱吉が叫んだ。



「来ちゃダメだ!」



『団長』は身を翻して晴太や綱吉に背を向けた。翻るその瞬間も、彼は笑顔で――いや、一層その笑顔を深くした。

次の瞬間から起きた惨劇は、一瞬だった。
新たに来た百華が『団長』の腕が一降りさせていく毎に血を吹き出して死んでいく。『団長』は素手だ。武器など携帯していない。それが一層恐怖を、この惨劇の異常性を引き立てた。
圧倒的な殺戮に、晴太は立ち尽くした。
五人の百華が一人、二人と地に伏していき、そして最後の一人。女は目を見開いていた。あまりの力の差に頭がついて行かないのかもしれない。そのまま見開いていたら『団長』の笑顔がその女の最期の光景になるだろう。

そしてその残った一人に『団長』が手を掛けようとした時。



がしっ



『団長』の手を止めた者がいた。
止めるのが間に合わなかったのか、百華は吹き飛んで壁に衝突する。かなりの勢いでぶつかった様に見え、音も激しく、壁もそれに見合って大きなヒビが入った。だが、それでも女は死んでいない。動くことは出来そうにないが、呻いているので命は拾っている。
実際は止めたと言うほど簡単なものではない。身体ごと突っ込み、『団長』の奮われていた血に濡れた腕に抱きかかえる様にしがみついて止めているのだ。ヘタすればそのまま他の百華達と同じ姿になっていたかもしれないのに。

「へぇ、避けるだけじゃなく、今度は止められたか」

晴太からしてみれば、命知らずとも言える行動を取ったのは綱吉だった。
晴太は、立ち尽くしていつの間にか服を放していた手に今さらながら気付いた。恐らく、いや、確実に、綱吉は百華を死なせないために走ったのだ。拾えた命は一人だけだったが、それでも綱吉が動かなければ死んでいた。

「本当に興味深い子供だね」

『団長』は笑っていた。その笑顔だけ見れば、この場でたった今行われた惨劇は嘘の様だ。しかし、悲しいかな。どんなに願っても、起きたことは変わらない。

「殺す必要なんて……何処にもないだろう……!」

綱吉は絞り出す様に言う。その瞳は強い意志を宿し、『団長』を睨む。

「面白い事を言うね。彼女等は敵だろう?」
「それでも殺す理由にはならない」

晴太は動いていた。足を動かし、震える身体で唯一息をしている百華と『団長』の間に割って入る。
ばっ、と両手を広げ、立ち塞がる。百華を護る様に。

この『団長』が言う様に百華は敵だ。月詠みたいな人もいるが、少なくとも晴太達を追い掛けてくる人は鳳仙側だ。
それでも、敵を容赦なく殺そうとする『団長』の味方をするよりも、優しい『ツナ兄』の方が正しいと思ったのだ。
それだけだ。それだけで十分だ。

「……へぇ。そう来るか」

『団長』は愉快そうに言う。このまま怒らせて殺されてしまう可能性もあったので、その事にひとまず力が抜ける。だとしても、気を抜ける状況では決してないけれど。

「まぁ、良いか。基本的に女子供は殺さない主義だし」

『団長』は腕を下ろした。攻撃の意志がないのを察し、綱吉も腕から離れる。離れたらすかさず晴太の前に盾の様に立つ。彼はまだ警戒を解いていない。勿論、晴太も。

「それよりも連れて行ってあげる。会いにいこうか。吉原で最も美しく、強い女に」

綱吉達に選択肢などない。
断れば殺されるかもしれないし、向かう場所は一緒なのだ。

「俺の名前は神威っていうんだ」

君の名前は?
神威は返り血を拭う事もなく言った。

「沢田綱吉」

綱吉も目を離さず答えた。






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