炎焔アサリ 初めての外の世界     9/9
 

「私はティア。――どうやら、私とあなたの間で超振動が起きたようね」

生まれて初めて、外に出た。
屋敷の外。自由に飛ぶ鳥を眺めては、羨望していたあの、外の世界。目の前に広がるのは、優しく光る月と、生まれて初めて見る、何処までも続く広大な海原。
あんなに望んでいた景色が、目の前にあった。

「あれが……海なのか……」

ルーク・フォン・ファブレは、尊敬する師匠を襲撃してきた娘と超振動を起こすという予想外の形で、外の世界に足を踏み入れていた。





ティアと名乗った少女は、ルークを首都バチカルまで送り届けると言う。
当然だ、とルークは思う。彼女は師匠を襲撃し、自分を巻き込んで何処かも分からない渓谷にまで超振動で飛ばしたのだから。
初めて海を見て、胸が高鳴ったのは真実だ。此処にいるのがルーク一人だけだったら、涙を流したかもしれない。隣にいたのが親友のガイだったら、嬉しさで何度も彼の背を叩いただろう。だがしかし、隣にいたのは見知らぬ、いや、自分にとっては師匠を襲撃したこともあり敵と言ってもいいかもしれない、そんな少女なのだ。せっかくの感動も台無しだ。どうせならば気の置けない師匠やガイ、今は首都にいるだろう口煩い許嫁のお姫様でも構わない、そんな人間と一緒に見たかった。間違ってもこんな女ではない。……少し、可愛いと思わないでもないが。

渓谷の出口を目指し、魔物との戦いを幾度か繰り返した。
初めての実戦だったが、ティアは回復譜術を使えることもあり、危なげなく戦闘をこなせた。
しかし、ヴァン師匠の訓練は流石だ、と思った時にルークは気が付いた。重大な問題に。

「ヤバい……」
「……え?」

ルークの顔色はその鮮やかな赤い髪には似合わない青色になっていた。

「ヤバい……ヤバい……」
「ちょっと、どうかしたの?今の魔物との戦いでまさか毒を……」
「ちっげぇよっ!!そんなんよりもよっぽど……!」

魔物の毒に罹ると言うのは、譜術やアイテム等の手立てがない場合、軽視できるものではない。体力がどんどん奪われていき、そんな状態で魔物に襲われたら、いくら『ファーストエイド』が使える者と一緒でも厳しい戦いとなるだろう。はっきり言ってしまえば命に関わる。だから「そんなん」とは決して言えないものだとは、ルークにも頭では分かっている。しかし、それよりも怖しい事があるのをルークは知っていた。

「こんなヘマしたのを『委員長』に知られたら……」
「『委員長』?」

ルークが何を怖れているのか分からない少女は怪訝な顔を浮かべた。

「『委員長』って……もしかしてキムラス軍大佐である『風紀部隊』のクラール・アメティスティーノの事?」
「何だよ、知ってんのかよ?」
「知ってるも何も……軍事に少しでも関わっていれば自然と知る事になる有名人よ。ダアトの『神託の盾騎士団六神将』、マルクト帝国の『死霊使い』、キムラスカ・ランバルディア王国の『風紀部隊委員長』、他にも……」
「あーあー!そんな一度に言われても知らねぇよ!」

ルークのイラついた叫びに、ティアは各国における軍事の有名な二つ名の羅列を止めた。彼のそれが八つ当たりだとは分かっていても、その真っ青な顔に何も言えなかったのだ。

「こんな風にヘマして何処かも分からない場所まで飛ばされて……どんな顔してあの人の前に立てば……俺、大丈夫なのか……?」
「い、いえ、でも、あなたに責任はないのだし、そんな、怒られるのはむしろ私じゃ……」
「だよな!そうだよな!ヴァン師匠やガイだって傍にいてもこうなったんだし、俺は悪くねぇよな!……いや、それが通じる人じゃねぇから怖いんだった……!」

一瞬喜色が浮かんでも、すぐにまた元の蒼白に戻るルークに、ティアは言葉を選んで声を掛ける。

「取り敢えず、渓谷を出ましょう。此処に長居しても、問題は解決しないわ」
「はっ、そうだった!『委員長』はどうせバチカルだし、考えても、仕方ねぇか……」

早く帰る事が今の自分に出来る最善の策。それに考えの結論が落ち着いたのだろうか、ルークは項垂れるのを止めて前を向く。

「そうと決まれば、さっさと行くぞ!」

それまでよりも速めに歩き出したルークに、ティアは一つ小さな溜め息をついてから彼について行った。

我慢、我慢とティアは自分に言い聞かせる。ルークが此処まで飛ばされたのは、紛れもなく巻き込んでしまった自分が悪い。彼をバチカルまで送るのは、自分の責任だ、と。

最も、渓谷の出口で辻馬車に乗る時に代金の代わりとしてペンダントを渡したティアに向かって「これで『委員長』にヘマが伝わる前に早く帰れるぜ!」と言い放った何も知らないルークに、そんな彼女の責任感は一瞬吹き飛んだが。





*****

フェイスチャット風会話 ―タタル渓谷にて―
【ふと思い出した言葉〜ルークとティア編〜】

ティア「もう戦闘をしても震えなくなったわね」
ルーク「べっ、別に最初っから震えてなんざねぇよ!」
ティア「そう?それなら良いのだけど」
ルーク「だいたい落ち着いて考えればこの位の相手、屋敷でやった模擬戦と比べたら全然怖くねぇ!」
ティア「実戦を模擬戦と同じだと考えていたら痛い目みるわよ」
ルーク「お前はあの人の怖さを知らねぇから……!」
ティア「はいはい、そうね。私は『風紀部隊委員長』に戦場で出会ったことはないものね」
ルーク「けっ!」

一人先に進むティア。鞘に戻す前の剣を見つめるルーク。

ルーク「……祈るように拳を振るう、か」
ティア「……?ルーク、何か言った?」
ルーク「なっ、何も言ってねぇよ!行くぞ!」
ティア「そう?」
ルーク「……義兄上は、どんな気持ちで……」
ティア「ルーク、やっぱりあなた何か……」
ルーク「だから何でもねぇって!」



次回 エンゲーブ到着



20140804



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