炎焔アサリ 物語開始数十年前の雪国     7/9
 

一年の殆どを雪で覆われている地域がある。
マルクト帝国領のケテルブルク。貴族の別荘も多く並び建つその街は、街の中心にはカジノのような娯楽もあり、広い公園には雪合戦で遊んでいる子供たちの笑い声があがる。雪で覆われていると言っても活気はある街だ。
その街に、その地域では寒くて育たない南国の果実を思い出させるような髪型の、青髪の子供がいた。

「寒いですね……クフフ」

不気味がる者も多い、特徴的な笑い方。そして親族からの遺伝である左目の青と、血のように赤い右目のオッドアイ。何よりも歳に似合わぬ、世界を冷めた目で見ているかのような視線。
彼は、ずっと、『ずっと』そうやってこの世界で生きていた。

「ルオウ、何をやっている!」
「その名前で呼ばないで下さい」
「またそれか……ネビリム先生が呼んでるぞ」
「その為にわざわざ呼びに来たのですか?ジェイド」

呼びに来た真面目そうな少年は、青髪の子供と同年代の様に見えた。彼の名はジェイド・バルフォア。第七音素こそ素質がない為に扱えないが、その点を差し引いても有り余る譜術の才能を身に秘めている。彼がこのままこの街で埋もれていくとは思えない。その才能を発揮して、いずれは何処かの貴族の養子にでもなってその名を広めていくだろう。

「良いから早く来い。ネビリム先生の授業が始められないだろう」
「勝手に始めてもらって構わないのですがね」
「何を言ってる」

ジェイドは声に青髪の子供に対する呆れと、若干の苛立ちを混じらせて言う。

「先生が息子を置いて始めるはずないだろう」

この世界で、このオールドラントで、生きている。
元『六道骸』は、ルオウ・ネビリムという名で、生きている。





ゲルダ・ネビリム。それが、この世界での『六道骸』――ルオウ・ネビリムの母親の名前である。
何度輪廻を巡っても変わらない、血の色をした『六道骸』の右目。それは今生でも色褪せることはなく、生まれつきこの色をしていた。今までこの目をしていただけでも生きづらい人生もあった。それでもその右目を譜眼と称して育てたこの母親は、ルオウが少々驚くくらいには奇特な人だった。
生まれつきの譜眼。それがこの世界で、この眼に与えられた性質だった。六道を巡っただけではなく、また新たな業でも背負ったのだろうか。前世からの業なのか、この世界での業なのか。そんな事は知らないが、持って生まれた譜眼はこのオールドラントでも珍しい部類に入れられている。

「先生、連れてきたよ」
「有難う、ジェイド」

家の前で待っていたのは一人の女性と、三人の子供。ルオウの母親であるゲルダ・ネビリムと、彼女の私塾の塾生であるサフィール、ネフリー、ピオニーだ。彼女の私塾の生徒の中でも、この三人にジェイドとルオウを加えた五人組はよく一つのグループと捉えられていた。
ネビリムはネフリーのマフラーをしっかりと巻き直していて、他の二人も防寒を厳重にしている。それもそのはず。これから森に入り、現物を見ながらの薬草学を学ぶのだ。この雪に覆われている国で中途半端な格好で森に入れば、万が一の場合命の保証はされない。特にピオニーはマルクト帝国の王族だ。何かあってからでは遅い。

「ルオウ、貴方もマフラーしっかりと巻いて」
「別に要りませんよ」
「そんな事言わないの。ほら」

ネビリムはルオウの話を聞かずに己の子供にも藍色のマフラーを巻いていく。
この藍色のマフラーは、自分の子供の髪色に合わせて彼女が編んだものだ。初めて彼女が編んだ物。編み物なんて得意じゃないくせに見栄を張って一人で編んだから、少々歪だ。模様は殆どないその防寒具だが、それでもせめて、と思ったのだろう。マフラーの両端は赤い毛糸で編んである。これはルオウの右目の譜眼に合わせたのだろう。

「くー、森に入るのなんて初めてだ!」
「騒ぐなピオニー」
「で、でも、魔物も出るかもしれないのよね?」
「ネビリム先生がいるから大丈夫だって!ネフリーは心配性だな!」

ルオウがマフラーを巻かれている間、生徒である四人は暢気にそんな事を話している。
実際、魔物が出てもこの母親ならば譜術で瞬殺だろうし、万が一、負傷しても第七音譜術士だから治療もお手の物。ルオウもこの間、下級治癒譜術である『ファーストエイド』を習得した。
彼が『ファーストエイド』を習得した時は、異例の早さだと母親も驚いていた。ルオウにしてみれば何度も何度も巡っている生なのだ。他の子供よりも物分りも良くなる。彼にとっては習得出来た事よりも、数え切れない程の人間の血で汚れている己が治癒の術を習得した事に何処か皮肉めいたものを覚えた。

「習得しても、自分が使う場面が想像出来ない」

そういう意味を含んだ言葉を言った息子に、母親は寂しげに微笑んで優しく抱き締めた。

「ルオウ。私の愛しい息子。大丈夫。大丈夫よ。貴方にも大切な人が出来る」

彼女は、暫く抱き締めたまま、頭を撫でた。
家族なのに、分からない。ルオウは何でこの母親は自分を避けないのだろう、と思った。

次の日、目の前にいる生意気で、この母親を慕っている、天才と称される子供にも同じ様な事を言った。

「それは僕に対する嫌味か?」

第七音素の素質がない、使いたいのに使えない子供。そんな子供に、使える者が習得しても使わないと言っても嫌味にしか聞こえないだろう。その後ルオウに対する態度が冷たくなったのは気のせいではない。それでも、ネビリムに頼まれればルオウを呼びに行くのだから、彼のネビリムに対する尊敬の念も確かなものなのだ。面倒な子供だ、と思った。

「さぁ、みんな。準備出来た?」

母親の言葉に元気に答える子供たち。ジェイドは普段から大人しめだが、内心楽しみだろう。森の中には魔物がいる為、なかなか入れない。入っても子供は行動を大きく制限される。それが殆ど解除されて自由に出来るのが、この私塾の先生と入る時なのだ。

「みんな、一人で離れちゃ駄目よ?私も注意するけど、少しでもおかしいと思ったら言いなさい」

ネビリムは森に入る前の最後の確認を述べるが、心は冒険前の少年であるピオニーは右から左に流れている。

「うー、寒い!でも胸は熱い!森を探検なんて青春だな!」
「ピオニー殿下。そう言って先走っている者が魔物に襲われるというお約束があるのをご存知ですか?」
「ちょっ、ルオウ!止めろよ、シャレんならん!」
「だ、大丈夫よっ!危なくなったらネビリム先生が助けてくれるから!」
「クフフ、怯えている女の子に励まされてますよ、ピオニー殿下」
「うぅぅぅ……こ、怖くなってきた……」
「お前ら、先生の話を聞けよ!」

五人の生徒の中で一番真面目なのはジェイドである。第七音素の素質があるネビリムを最も尊敬しているのもジェイドである。彼は息子であるルオウ以上に彼女を尊敬しているだろう。
だからこそ、彼はルオウの事が少し苦手だった。苦手を嫌いと言い換えても良い。

「ルオウ。貴方も、何かあったらみんなを誘導してね?」
「っ……!」

ジェイドが、自分にも第七音素の素質があれば、と強く思うのはこういう時だ。自分だって誘導くらい出来る。魔物が出てきても、この付近の魔物くらい倒す自信もある。これは過信ではない。純然たる事実だ。それでも、ネビリム先生はルオウに言うのだ。まるで、ルオウの方が優れているかのように。
自分に譜眼があれば、ネビリム先生は自分の方が上だと――。

「クフフ……ジェイド」

名を呼ばれた少年は、片目に生まれながらの譜眼を持った少年をはっと見る。

「とある国の言葉です。『目は口ほどにモノを言う』」

譜眼の赤い瞳と血縁の青い瞳。それを細めて、尊敬する人の息子は言う。



「仮面はしっかりと張り付けないといけませんよ」



ひやり、と背中に冷や汗が流れた。

「う、五月蝿いっ!」

反射的に出た言葉は、自制出来ずに大きくなってしまった。その声に騒いでいた生徒だけではなく、ネビリム先生も意識を向ける。

「ジェイド、どうしたの?」
「い、いえ……何でもありません」
「……ルオウ?」
「すみません。僕が余計なことを言っただけですので、心配なさらず」

生徒に尊敬される先生はそれでもじっと彼等を見ていたが、簡単に口を割るような子達ではない、と呆れたように笑っただけで追求はしなかった。

「……森の中は危険も沢山あるんだから、しっかりね?」
「はい」
「……はい」

ジェイドは悔しかった。いつも、いつも。
自分の方が、優れている――――ルオウよりも、ずっと、ずっと!



そんな事ばかり考えていたから、罰が当たったのだろうか。
数年後、天才と呼ばれた少年は取り返しのつかない事をしたのだ――――。



**********

先生が大怪我をした時も

先生のレプリカを作ったときも

研究の為に軍人になって街を離れる時も

私は、彼の顔を見なかった

怖かったからだと認められるようになったのは、それこそ何年も後だ





20140403



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