白色アサリ 彼は眼鏡のアルバイト 5/5
坂田銀時という男の過去について、僕は殆ど知らない。
バイトとして万事屋で働き始めて、だんだんと見えてきた顔。天人である神楽も交えての日々はドタバタしながらも、姉上と二人で生きていたそれまでの日常と違った。
給料は払わないし、僅かなお金はパチンコに消えるし。神楽は自分の本能のまま食べて寝て、何時だって万事屋は火の車である。お通ちゃんのアルバムやグッズの為のお金を確保するのが大変だ。
それでも、戦闘能力以外にもこの男には魅力、と言えるものがある。侍道。眼鏡だ眼鏡掛け器だと言われても、彼の侍道を学ぶ為に万事屋で働いているのだ。彼の心意気、生き方に助けられた人だっている。鼻糞をほじっている死んだ目をした常からはなかなか想像出来ないが、それが真実なのだ。
万事屋を掃除していた時の話だ。
この男は放っておくと掃除もロクにしない。依頼人を入れる時だってあるのだからリビングくらいはこまめにやれよ、と言っても聞きはしない。だから、一応アルバイトとして雇ってもらっているのだから、掃除は僕がやっている。神楽にやらせたらその怪力で逆に壊してしまうものだから、僕がやるのが適材適所で最適なのだ。
「ちょっと、銀さん!名刺整理してくださいよ!ごちゃごちゃしてどうしようもない!」
死んだ魚のような目をしたこの男が、多くの人を助けてきたんだと感じるのはこういう物を見た時だ。
普段の来客こそ少ないが、今まで受け取ってきた名刺や、新年になる度に送られてくる年賀状の数。それがそのままこの男が万事屋として築いてきた、過去の依頼人という名の信頼の数なのだ。
それなのにこの男は、整理というものをお登勢に殴られた時にでも落としたのだろうか!名刺は古いのから新しいのまでいっしょくたにされ、箱の中に無造作に入れられている。ちょっとは大切にしろよ!と何度言っても……もう言うまい。掃除と一緒だ。この男はやらない。
「ったく、面倒だなぁ……」
「そう言わず!何に必要になるか分からないですよ?」
ごちゃごちゃにされていた名刺入れの箱を、机の上に勢いよくひっくり返す。バサバサッという音と共に名刺が机の上に山となって積み重なった。
「せめてお店の名刺と依頼人の名刺で分けたり、古いのから並べたり……今でも使ってる連絡先とか、あるでしょうが!」
「つってもなぁ……」
僕は取り敢えず、歯医者の名刺の様な店のと、過去の依頼人のと思われる名刺で分けていく。そうするといつの間に入れられたのか、『気になったら電話を一本!そうすれば君もすぐに攘夷志士の仲間入り!』と書かれている名刺も出てきた。
「ほら銀さん!桂さんに入れられちゃってますよ!これ、もしも一般人に見付かったら大変ですよ!」
「ヅラの野郎、いつの間にっ!」
万事屋の店主はそのはた迷惑な名刺を僕から引ったくり、ビリビリに破いた。正しい処理の方法だと思う。しかし、それによって床に散らばった紙切れを掃除するのは僕なんだろうと思うと、やはりゴミ箱に捨てるまでやって欲しかった。
「と、いう訳で、必要な名刺と不要な名刺くらいは分けて下さいね!」
僕は紙切れを片付ける為に、箒と塵取りを取りに行く。その時、山になった名刺を見て呟かれた「必要なの……あ」という言葉が耳に入ったが、先に掃除道具を取りに行く事にした。
道具を取りに行くと言っても万事屋内にはあるのだから、一分程の時間しか掛からない。だから僕が戻って来た時は、まだ白髪店主は名刺の山を漁っていた。それは仕分けをしているというよりも、探している、という感じだ。
「銀さん?何かの名刺でも探してるんですか?だから整理しろって……」
「あっ、あった」
彼が山から取り出したそれは黄ばんでいて、ひと目で昔の物だと分かる。
「取ってあるもんだなぁ」
「何ですか、その名刺」
「ん。やる」
「え?」
仕舞うのかと思ったら、予想外にもその古い名刺はそのまま僕に差し出された。目の前に出されたら反射的に受け取ってしまう。それに、やる、と言われたのだから受け取るのが正しい行動だ。
「……何処の名刺ですか?」
名刺には『沢田診療所 沢田綱吉』と書かれている。かぶき町にある個人営業の診療所らしい。
確かに古い名刺だが、何十年も前の、という訳ではない。古いと言っても五、六年とか、長くても十年弱、といった所だろう。先程の迷惑な名刺の様に攘夷志士の勧誘も書かれていないし、住所や電話番号、定休日が書いてあるだけの変哲もない名刺だ。
「何処って、診療所だよ」
「いや、それくらい分かりますよ。馬鹿にしてんですか。銀さんのかかりつけ医ですか?」
「違ぇよ」
彼はその一枚を出したら、他の名刺は全て箱に戻してしまった。何たることだ。整理しろよ。
「ちょっ、コレしか出してないじゃないですか!それに、それじゃこれ何ですか!?」
「あー、闇医者?」
「…………え」
僕はその名刺が急に怖いものに思えた。
「え、それは、その、臓器とか取り出して売っている……」
「ちっがーう。ソイツ、ちゃんと資格持って真っ当な診療所もやってっから!」
過去は攘夷志士だった店主は――坂田銀時は白髪をがしがしと掻いた。
「ただ、何っつうか、訳ありの患者も見んだよ」
「訳ありって、テロリストとか犯罪者も、って事ですか?」
「刀傷や銃で撃たれた奴もな。病院だと事情聴取とか受けそうな物も、事情は二の次で診てる」
そして、坂田銀時は隣に置いてあったジャンプを開いた。
「風邪やちょっとした怪我とかなら、俺の名前出せば割引してくれんぜ」
「へー、何かお得ですね。結構古いのですけど、銀さんが昔助けた依頼人ですか?」
「あー、そんなもんかな」
闇医者と聞いて良いイメージは湧かないが、表では正規の診療所を営んでいるというのだから、テロリストよりは関わっても問題ない人種だろう。風邪にしろ怪我にしろ、治療費というのは何でも金の掛かるものだ。病院という性質上、大病院で割引になるのはまず無理だから、安くなるならそれに越したことはない。
「銀さんもこういうコネあるんだなぁ」
一階のスナックの店主もそうだが、人脈が広いというのは凄い。助けてくれる人というか、融通を利かせてくれる人がいる。
バイトとして働いているだけだが、この白髪も良い所があるではないか。今度姉上にも教えてあげよう。
その時は、そんな風に思っていた。
銀さんが、倒れた。血だらけで。
生き物みたいな刀。化物みたいな刀。紅い刀。よく分からない。辻斬りを追っていたのだから戦闘になるのは覚悟していたけど、こんな事になるなんて!
桂さんを斬ったと言っていたあの男。何で、どうして?銀さんは意識を失っている。それを考えるのは後回しだ。
「い、医者っ、えっ、でもテロリスト関わってんだよな、普通の医者で良いの!?」
『落ち着け』
エリザベスと一緒に、重傷の銀さんを万事屋に運んだ。意識のない銀さんの顔色は悪い。そりゃそうだ。こんだけ血を出してるんだから、血行が良かったら逆におかしい。
テンパっている僕に、エリザベスは無言ながらも文字を向ける。その冷静さが頼もしいが、簡単には落ち着けないものだ。
「でっ、でも、普通の医者はマズイですよね!?」
『何処かの病院にコネはないか?それか、医術の心得がある知り合いだったり、闇医者だったり』
「そんなコネなんっ……!」
コネ。闇医者。一瞬で思い出した、あの名刺の存在。
『刀傷や銃で撃たれた奴もな。病院だと事情聴取とか受けそうな物も、事情は二の次で診てる』
銀さんは、いつかこういう状況が来るのを予想していたのだろうか。今になって思えば、そうとしか考えられない。
「『沢田診療所』っ!」
万事屋で自分の私物を置いてある引き出しを開けた。名刺を貰ったと言っても銀さんのコネだから、自分の家に持って帰るのには少し抵抗があったのだ。当時の自分の判断に拍手を送りたい。
「電話っ!」
今はエリザベスが銀さんに応急処置で止血をしている。橋の下でも行ったが、万事屋に置いてある道具を使用した方が本格的な止血は出来る。それでも、早く治療をしないと、銀さんの顔色は悪くなっていくばかりだ。
「出てくれよっ……!」
時刻は深夜だ。普通に考えれば出るはずがない。それでも闇医者だから、普通じゃないんだから、誰かしら出るかもしれない。
震える指で、急いで名刺の電話番号を押した。焦ってしまい一回目は途中で番号を間違えた。三個目の数字で間違えるなんて、通常では考えられない。落ち着け、と自分に言い聞かせた。
二度目は落ち着け、落ち着け、と口に出して押した事もあり、間違えずに『沢田診療所』に掛けられた。
「頼むっ……!」
トルルルル……トルルルル……
回数にしてみれば、三回程だろう。それでも一回ごとの機械的なコール音がやけに長く感じた。
『はい、沢田診療所です』
だから、本当に電話が繋がった時は嬉しい、安堵、驚き、色々ごちゃまぜだった。
「あああああのっ!沢田診療所ですか!?」
焦って変な感じになってしまったのは大目に見てほしい。
*****
彼が沢田診療所の電話番号を知っていた理由。
受け取ったはいいけど、奥に仕舞っていた名刺。
取ってあるもんだなぁ。
20140105
前へ 次へ
→戻る