灰色アサリ 新人迎える教団で 2/3
茶髪のエクソシストは酷く眠かった。
目を開いているのが辛い。瞼が今にも落ちそうだ。司令室に行く前に自室にコートを置いてこようかと思ったが、このままではそのままベッドにダイブして寝てしまいそうだ。
流石にコムイに報告をしないのは不味いだろう。それに、折角早く帰ってきて驚かせようとしたのに寝てしまったら意味がない。
「……ふぁ」
欠伸を噛み殺すことなくしてしまうが、それを見咎める者はいない。……これは一回寝たら暫く起きられないな。やはり自室に戻らず先にコムイに報告しよう。
「医療室に傷の手当てに来てください」
「……これくらいどうってことない。もう、ふさがりかけている」
そんなことを考えながら歩いていたら話し声が聞こえた。この階は団員の自室だ。そしてこの声の主は知り合い。
「どうしたの?」
放っておくと怪我を放置したままの事がある彼の事だ。このまま無視をするのも気が引ける。まったく、手が掛かる子供か。
「あ、貴方は……」
「……お前か」
声を掛ければ話をしていた二人は此方に気が付き、目を向けてくる。予想していたけど血塗れのエクソシスト――神田ユウと探索部隊(ファインダー)の男だ。
「任務帰りみたいだね。お疲れ様」
「お前もか」
「うん。フランスまで。神田は?」
「ドイツ」
神田は短く答える。初めて会った時は挨拶すらまともにしてくれなかった事を思えば大分マシになったとも思うが、もう少し会話をする努力をしてくれないものだろうか。
――任務後で気が立っているのかな。
「凄い有様だねぇふぁ……失礼」
会話中に欠伸をしてしまった。これは申し訳ない。
「……眠そうだな」
「帰りの船でAKUMAの襲撃があってね」
探索部隊の男はおろおろと二人のエクソシストの顔を見比べている。どうしたものか、何て考えているのかもしれない。二人の会話の意味が分からないのかもしれない。
どっちでも良いけど。
「予想外に力使っちゃった」
「ならさっさと寝ろ。ふらふらと歩かれちゃ目障りだ」
「コムイさんに報告したら寝るよ」
無愛想なのは出会った時から変わらない。心配からくる裏返しの言葉だと思っているが、本当はどう思っての言葉なのだろう。本当は心配なんてしていないのかも。
「神田も医療室には行きなよ」
「……ちっ」
意外にも神田は素直に従った。二人が簡単には引き下がらないのを察し、それの相手が面倒だったのだろう。
神田が歩き出したのを見て、探索部隊の男は頭を下げた。
「ありがとうございます、ツナさん」
一言礼を言い、探索部隊の男は神田を追って去っていく。茶髪のエクソシスト――ツナは半分瞼が落ちた目でそれを見送り、欠伸をしながら再び歩き出した。
「真っ暗にして何をやってんですか……」
後ろから声を掛けるまで科学班のみんなは誰一人気付かなかった。ちょっと寂しい。
「ツナ!?おかえり……って、あれ?たしか帰って来るのは二日後の予定じゃ……」
一番早く振り返ったリナリーは真っ先に声を掛けて来てくれた。他のみんなも次々と「おかえりィ」「お疲れ様」「おっかえりィ!」と笑顔で言ってくれる。
この瞬間が好きだ、と帰ってくる度に思うのだ。
「早く片付いてね……帰ってくる時に別のAKUMAの襲撃は受けたけどぅ……」
再び会話の途中に欠伸。もうちょっと我慢しようよ、俺。
「また、眠いの?」
リナリーは気遣わしげに手を伸ばす。大丈夫、と笑顔で返す。何度も繰り返されるやり取りだ。教団にいる限り、何度でも繰り返されるやり取りだ。
「で、どうしたの?」
「あっ、そうなの。ツナもこの子見て」
リナリーが映像をツナに見せる。其処には教団の断崖絶壁を素手で登っている白髪の少年が映っていた。
「ツナ、この子どう思う?」
「頭可笑しいんじゃない?」
何を思ってあの崖を登ろう何て考えたのだろう。信じられない。ツナの言葉に科学班も苦笑いを浮かべている。
「俺、たとえ訓練だって言われてもあれは登らないよ?」
「もう!そうじゃなくて!」
リナリーは映像のある一点を指差した。
「コレ!クロス元帥のゴーレムなの!」
リナリーの指差すところには教団で普通に普及している黒いのではなく、金色の特徴的なゴーレムが。残念ながら見覚えがある。
「ティムじゃん」
「部外者じゃ……ないわよね?」
部外者よりも、『あの』クロス元帥の関係者の方が厄介事に巻き込まれそうだなぁ、なんて失礼なことを考えてみる。
「元帥の関係者って、寧ろ落としたいんだけど」
「ツナ……」
科学班の一人が吹き出して肩を奮わせて笑っている。それが伝染して次々と顔を背けたり口を異常に噛んだりして笑いを堪える者が出て来た。
「ま、コムイさんの指示を仰いだ方が良いのかな。コムイさんは?」
「今コーヒーを取りに……」
「あれ?ツナ君?」
噂をすれば影。科学班室長コムイが手に湯気が漂うコーヒーを持ってやって来た。
「おかえり」
「ただいま」
笑顔で迎えてくれる人に、笑顔で返す。これが良いのだ。これだけで良いのだ。
「あれ、何かあったのかい?」
「兄さん、この子なんだけど……」
リナリーが先ほどと同じように映像を示す。
白髪の少年も自分を映しているゴーレムに気付いた様にそれに向かって話し掛けている。少年はクロス元帥の紹介だと言った。コムイは知らないと言うが……。
――なんか、違和感。
何に違和感があるんだろう。
自分の体調に?クロス元帥の紹介状があると言うのに?コムイが知らないと言うのに?――この少年に?
「こいつアウトォォオオ!!!」
思考は門番の判定結果によって止められた。
場が一気にざわつく。門番のパニックになった声が場内に響き渡る。科学班のみんなも慌てている。科学班だけでなく、本部にいる団員みんながそうだろう。リーバーがエクソシストの所在を確認する。神田がすでに動いている。
ツナは動かなかった。
「……ツナ?」
ツナの性格からして、すぐに行動すると思っていたのだろう。リナリーが此方を向いた。
「いや……この子……AKUMAなの?」
「門番の判定によるとそうだけど……」
ツナは映っている映像をじっと見る。
神田と戦っている少年の額には、ペンタクルがある。AKUMAにはペンタクルがあるから、少なくともただの人間じゃないのだろうが……。
「この子、AKUMAじゃないんじゃない?」
「え、嘘!?」
リナリーは焦った様子で映像に視線を戻す。ツナの言葉を聞いたコムイ含む科学班も「え」と口を開けている。
他の団員なら兎も角、変な勘を持つツナの言葉には妙な信憑性があるのだ。
「クロス師匠から紹介状が送られているはずです!!」
そして、少年はその名を口にした。
「コムイって人宛てに」
その場にいた者全員がコムイを見る。
ツナの「はは」と渇いた笑いが部屋に響いてしまった。
まぁ、コムイの残念な机の上を調べれば紹介状は見付かり。神田との戦いをリーバーがコムイへの怒りを含んだ声で止め。リナリーが白髪の少年を迎えに行った。
「帰りの船でAKUMAの襲撃を受けたって探索部隊から報告があったけど」
「大丈夫ですよ。一隻船が駄目になりましたけど」
「怪我は」
「ありません」
「……身体は」
白髪の少年がクロスの弟子だと判明し問題がないので解散し始めた部屋で、コムイは少し声を固くしてツナに訪ねた。ツナは柔らかく笑った。
「大丈夫ですよ」
報告を聞くと言ったコムイに、先にあの白髪の少年の相手をしてあげて欲しいと言った。神田との戦いで負傷していたし、エクソシストならヘブラスカの所に行かなければいけない。特に治療は早くしてあげた方が良いだろう。
「大丈夫ですから」
コムイはちょっと悲しそうにしてからリナリーと白髪の少年の所に向かった。
ツナは司令室のソファに横になった。自室に戻って待っていたら、恐らく起きられない。此処ならコムイが来たらすぐに報告が出来る。
目を瞑れば、視界は闇に包まれる。
扉は開けっ放しなので、外の音がそのまま入ってくる。団員の話し声。科学班の「計算が合わねぇ!」などの悲鳴に似た涙声。歩く音。走る音。たまに爆発音。実験が失敗したのかな。
静かな自室で寝るよりも此処や談話室で寝る方が好きだ。疲れが取れないわよ、とリナリーは言うが、好きなものは仕方がない。
感じる人の気配は団員で。聞こえる人の声は知り合いで。物音を立てている人は生きていて。その中にいると、安心する。誰にも言ったことはないけれど。
酷く、眠かった。
寝ている間に毛布を掛けてくれたのは、誰だろう。
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第一巻のアレンが教団へ来る場面。
ツナは神田やラビと同年齢、寄生型エクソシストで固定です。
ツナ以外の復活の登場人物や、細かい設定などは考えてありますが、希望があったら載せようかな、って感じです。
書きたい場面ばっか書こうと思うので、次はどの場面を書くか未定です。
20120325
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