友人アサリ 幽体離脱失敗した     1/5
 




「やっべ、幽体離脱失敗した」

何て事を特に焦った様子もなく言えるのは世界に何人いるだろうか。取り敢えず自分以外には見たことないなぁ、何て思ってみたり。
周りを見渡せば其処は見知らぬ田舎の様だ。どうやら幽体離脱に失敗した挙げ句、その拍子に何処かに飛ばされてしまったらしい。日本であるのがせめてもの救いか。

「うわぁ、怒られるだろうなぁ……」

魂が抜けた身体の方は心配いらないだろう。若干愛が重い右腕や、これは妖怪にしか効果がないからと堂々と銃刀法違反する黒いヒットマンが見ていてくれるから問題ない。心配は寧ろ帰ってからだ。ヒットマン兼師匠の一人の鉄拳制裁が怖い。
しかも、たしか今夜は大手の祓い屋との会合があったはずだ。日はすでに赤く色づいている。流石に残り一時間かそこらで戻れる自信は……あるが、めんどくさい。

「もうずっと休み貰ってないしなぁ」

今、屋敷には確か骸とランボがいたはずだ。ランボでは不安が残るが、骸が動けば会合くらいあの嘘くさい笑顔で乗り切るだろう。
どうせ戻ったら怒られるのだ。一つ骸の小言が増えるくらい大丈夫だろう。
そうと決まったら……。

「このまま寝よう」

幽体では買い物したり食べたりは出来ないが、まぁ昼寝くらいならその辺の川辺に寝っ転がっていれば良い。幽体とはいえ、他の妖怪にやられるほど落ちぶれていない。
よし、これも良い機会だ。サボりを満喫しよう。

そう決まったらごろりと河原に横になった。枯れ葉が見え始める季節だが、幽体のため寒さは感じない。便利なモノだ。
すぐ側に掛かっている橋では何人かの学生が話しながら帰っている。どうやら近くの学校の下校時間の様だ。懐かしい、自分も学校に通っていたのが大分昔に感じる。

「それでその時西村がさぁ……」
「ちょ、夏目!それは内緒だって言っただろう!」
「いや、夏目。そのまま話せ!西村の恥ずかしい場面を余すことなく語り尽くすのだ!」

男子高校生三人の仲がよいこと。あのくらいの年頃は箸が転げても笑えると言うが、それは偏見だと思う。友人と一緒にいるから笑えるのだ。
彼等の会話を聞いていいなぁ、と思うのは、自分もそれだけ年を取って大人に成ったという事だろうか。自分だって数年前まで学生だったのに。

「それで……あ……」

男子高校生達の会話が不自然に止まった。止めたのは三人の内の一人の、『夏目』と呼ばれていた子供だ。
どうかしたのかと思ったら、一つ彼等に近付いている気配があった。

「美味そうな匂いだぁぁぁぁ……」

それは、人ならざる物の気配。

「お前、友人帳の夏目だな?」

一つ目の妖怪が目の前に現れ、『夏目』少年は顔を青ざめている。これは珍しい、どうやらあの少年は見える人らしい。

「夏目?」
「どうかしたかぁ?」

そして友人二人は見えていない、と。見える者と見えない者は反応の違いがはっきり出る。分かりやすい事だ。

「悪い、西村、北本。俺忘れ物し……」
「友人帳を寄こせェェェェェ!」

『夏目』少年は踵を返し、友人二人から離れる気でいる様だ。一人でどうにかする自信があるのか、ただ逃げる気なのか。どちらでも構わないけど。



「友人帳ォォォォォ!」



「跳び蹴りィ」



それを見逃すつもりはないよ。



「ぐふぇおっ!」

一つ目妖怪は奇声を発しながらずさぁぁぁぁぁと吹っ飛ぶ。うん、良い吹っ飛びだ。65点。もっと華麗に飛んで欲しい物だなぁ。

「幼気(いたいけ)な少年に何をするんだ。可哀想だろう」

そう言っても一つ目妖怪はぴくぴくと痙攣しているだけだ。……強く蹴り過ぎたかな?

「うわ、なんかすげぇ風だったな」
「春一番は早過ぎだろう。まだ冬も来てないってのに」

『夏目』少年の友人二人はそんな事を言っている。彼等には幽体である自分は見えていないのだから、風だと思っても仕方がないだろう。
最も、『夏目』少年はそうはいかないけど。

「お、お前……」

いきなり登場した第三者に『夏目』少年は口をぽかんと開けて驚いている。そうだろう、自分を襲おうとしていた妖怪を跳び蹴りした妖怪(幽体だけど)がいたら普通驚く。俺も驚く。

「ん?どうした、夏目?」
「そういや、忘れ物か?」
「あ、いや、その……」

『夏目』少年はどうするか迷っているらしい。妖怪から逃げようとしたらその妖怪をぶっ飛ばされたからなぁ。
俺も鬼ではないし、此処は助け船を出してあげた方が良いだろう。

「行きなさい」

右手をしっしっと払う様にして『夏目』少年を促す。
どうやらこの少年は妖怪が見えることを友人に黙っている様だし、不審な行動を取らないで済むに越したことはないだろう。
俺も学生時代には他の一般人には隠していたから、その気持ちはよく分かる。

「此処は大丈夫だから、行きなさい」

『夏目』少年は一瞬迷う素振りを見せたが、俺がさらに強く手を振ると小さくお辞儀をして友人二人と一緒に歩いていった。妖怪だと思っている俺に頭を下げるなんて、良い子だなぁ。

歩きながら、一度『夏目』少年は友人二人にばれない様に少し振り返った。俺は笑顔で手を振る。『夏目』少年は礼を言うかの様にまた小さく頭を下げた。

彼等の姿が見えなくなるまで見送ると、俺はぴくぴくと動いている一つ目妖怪に近付き右手でぽん、と触れた。

「もう人を襲うなよ」

右手にオレンジの炎が灯る。炎は一つ目妖怪に移ってその身に宿って消えていった。簡単な呪だ。命に別状はないが、人を襲おうとしたら発動してこの妖怪の身を拘束する。軽く三十年くらいは消えない。

「『夏目』……か」

何処かで聞いた気がするけど、誰からだったか。妖怪からか、祖父からか。その辺りな気がする。
まぁ、機会があればまた出会うだろう。

また、川辺に寝そべった。風が気持ちいい。





高校生の通学路という物は毎日変わらないのが普通で。
そのまま次の日も寝そべっていたら登校してくる少年とまた会うことになると言う事に。
声を掛けられるまで気付かなかったとは、何とも間抜けな話。





**********

見切り発車の夏目との混合です。

主人公の名前が出てきてないけど、十代目ですよぉ。大人版のツナです。

この祓い屋との会合、相手が的場さんだったり。
的場さんと骸の会合って、想像しただけで険悪ですね(笑)

第一声の言葉だけはやろうと思った時に最初に浮かんだっていう。私はツナを何だと思ってるんだ!

夏目はツナを妖怪だと思っているのでタメ口です。近いうちに二話を書くんじゃないかな?



20120320



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