白色アサリ 彼は絶望者     2/5
 


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「例え殺されても、俺は人を殺さない」

何の話の流れでアイツがそう言ったのか、もう覚えていない。

時期は、確かアイツが診療所を開いて日が浅い時だった。
当時、アイツはよく顔に笑顔を貼り付けていた。何かを隠すように。実際隠していたのだろう。胸の内に、消えることがない後悔を。

「首を絞められても、刀を向けられても、銃で脅されても、その人を殺すくらいなら俺は自分が殺される」

白い診察室。白い診療道具。白い白衣。それらに包まれながら、アイツは静かに告げている。

「また殺すよりも、その方が俺の気が楽だから」

日は高い。裏道に位置するとはいえ、人の話し声だって聞こえる。だが、今はそれが遠くに感じた。

「俺は最低な部類に入ると思うよ。少なくとも、俺の知り合いにとっては」

アイツは普段と様子が変わらない。今にも今日のお昼どうしようか、とでも言いそうな雰囲気で、そんな事を言う。
そんな言葉と雰囲気の矛盾が、ただ哀しかった。アイツは本当にそう思っているのだ。

「俺は俺を想ってくれている人の事を全く考えてないって事だからね。ホント、自分で言うのもなんだけど、酷いね」

そう言い、アイツは薬品を部屋にある棚に置いた。

「背負っているモノが、今の俺にはないんだよ」

その言葉は、当時の俺にもすとんと胸に落ちた。
俺も同じだったから。先日、その白衣の男と再会する二ヶ月前に万事屋を開いた。ババアが営むスナックの二階。ババアの人脈か、その知り合いがちょくちょく雑用を頼むので今のところやっていけている。
だが、当時の俺は決めていた。もう何も背負わないと。今、三人で万事屋をやっている事は、その時の俺からは考えられないのだ。
何も背負わない。その想いは、当時の俺等に共通していた。

「俺は、俺の出来る限りの力で怪我人を治す」

アイツは棚に向いたまま、俺に背を向けたまま言葉を紡ぐ。

「犬でも猫でも商人でも料理人でも大工でも幕臣でも将軍でも侍でも攘夷浪士でも――天人でも、怪我人は治療する」

アイツは振り返った。顔には笑顔を貼り付けて。



「だけど、殺されても殺さない」



だから、誰か俺を殺して。
そう言っている気がした。



それが、一人で診療所を開いたばかりの頃の沢田綱吉。



昔の話だけどな。





20120201



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