炎焔アサリ 物語開始四年前の決別     4/9
 


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流血注意!










空は厚い雲に覆われ、昼間なのに周りは薄暗かった。

「……もう、止めようぜ?」

ダアトの外にある、拓かれた丘。近くには川も流れており、晴れていたらピクニックに良いかもしれない。
二人の秘密の丘に、少し似ていた。

「な?……ヴァン」

その言葉は、友に届かない――。



キムラスカ第一王位継承者、ノイル・ルツ・キムラスカ・ランバルディア――元・ボンゴレ十代目、当時二十三。

物語が動き出す――四年前。
その日、彼等の運命は歪んだ。










「レプリカを作って、どうするんだよ」
「……」

二人しかいない丘。
黒髪の青年――ノイルは困った様に笑っていた。いつも子供の様に楽しそうな彼には似合わない、今にも崩れそうな笑みだった。
対する亜麻色の髪を後ろに縛る青年――ヴァンは無表情だった。無表情のまま、感情を表さないまま、ノイルを見詰める。

「『ルーク』は…ダアトにいるんだろ?」
「何を言っている。バチカルの邸にいるだろう」
「ヴァン」

ノイルは、困ったままの表情を変えない。

「俺が、何も知らないと思っているのか?」
「……」
「レプリカの事を、俺は知っているんだぞ?」

ヴァンは目を細めた。

「……何処までお前は知っている」
「お前が何をしようとしているかを」

ノイルは再び言う。

「ヴァン。もう止めよう。今ならまだ間に合う」
「間に合う?何がだ。私がか?それとも――」

ヴァンは、睨み付ける様にノイルを見る。其処に、友愛の念はない。

「この世界がか?」
「ヴァン……」
「預言に縛られているこの世界は、もう手遅れだ」



「私は、この世界を預言から解放する」



ノイルは諦めない。諦める訳にはいかなかった。

「ヴァン。それはお前のエゴだ。そして、どんな理由があろうと、世界を滅ぼす免罪符にはならない」
「元より、罪は背負うつもりだ」

ヴァンはそう言い、剣を抜く。

ローレライ教団神託の盾騎士団主席総長。事実上の騎士団のトップだ。若くしてその地位に着いた親友を、ノイルは誇りに思っている。
剣の腕は本物。譜術も使えるときたものだ。子供の喧嘩から始まり、大きくなったら稽古としての手合わせ。数え切れないほど手合わせし、最近では数えるほどしか勝てなくなった。
共に戦い、闘技場でも優勝し、バチカルの外にいた魔物を共に討伐した事もある。二年前の話だ。
ヴァンの実力は、自分が一番知っている。自信を持ってそう言えた。

だから、引くわけにはいかなかった。

「……口で言って効くくらいなら、最初からやらないよな。お前は」

ノイルはグローブを取り出し、手に填める。
剣と拳。リーチの差は分かっている。しかし、そんなの関係ない。

ノイルは、浮かべていた笑みを消した。

「殴ってでも止める」










雨が、ぽつぽつと降り出した。

「いつから、この世界が嫌いだった!」

頭上を剣が風を斬って走る。頭を低くしていなければただでは済まなかっただろう。負けじと拳を繰り出すが、向こうも簡単に喰らうつもりはなく、バックステップで回避した。

「ホドが…消滅してからか!」
「……本当に、何処まで知っているのだ、貴様は!」

ノイルもバックステップで距離を開け、相手の攻撃圏内よりも外に出る。
開いた距離が、そのまま二人の想いの距離の様だ。

「…優秀な情報屋がいてね。其奴から色々聞いた」
「…ふ、私はそんな者知らぬぞ」
「かもな。『昔』からの付き合いだ」

二人とも構えは解かない。

「国を…憎むのは分かる。仕方がなかったとは言えない。だが、世界そのものに罪を問うのは間違っている」
「預言に縛られている結果がホド消滅だ。これからもホドと同じ事は起きる」
「なら、変えていけば良いだろう!」

ノイルは二人の距離を一瞬で詰めた。しかし、それにヴァンは反応する。
ヴァンはノイルに剣を振り下ろすが、ノイルはそれを横に動き避ける。避けた体勢のままヴァンの腹に拳を繰り出すが、それをヴァンは左手で防ぐ。
ノイルは拳を止められたが、飛び上がり、ヴァンの頭に蹴りを叩き込む。ヴァンはそれをもろに喰らったが怯むことはなく、剣を振るう。
ノイルは蹴ったことで体勢を崩してしまい、避けるのが遅れてしまった。咄嗟に後ろに避けるが間に合わず、腕に剣を受ける。

「っつ……」

後ろに下がるのを止めず、ヴァンも頭を蹴られて体勢を崩していたので深追いはしない。二人の間に再び生まれる距離。

「……なぁ、ヴァン」
「……」

ノイルの呼び掛けに、ヴァンはもう応えない。

「この世界は、本当に滅ばさないといけないか?」

反応がなくとも、ノイルは呼び掛けるのを止めはしない。

「滅ぼさないといけないほど、この世界は価値がないのか?」
「……」
「預言には縛られているのかもしれない。だけど、それだけじゃないだろう?」



「風は清らかで、日差しは暖かい。花は香り、水は冷たい」


「街の人達は優しい。そりゃ、たまには悪人がいるが、それ以上に善人がいる」


「損得なしで人を助けるし、商人だって助け合うのは利益のためだけじゃない。その時、預言がどうとかは考えていない」


「子供達は友達と遊んで、喧嘩して、仲直りして、大きくなれば好きな子だって出来る。宝物だ」


「なぁ、ヴァン」



ノイルはまた、悲しげに笑った。





「俺との出逢いは、この世界は、価値がないのか?」





ヴァンは、剣を構えて向かってきた。それに倣い、ノイルも前に足を踏み出す。



「たくさん、喧嘩したな!」

剣と拳がぶつかる。ノイル特注のグローブの端が破けた。

「その度、仲直りをした!」

何度も、剣と拳はぶつかる。

「昔から遊んで、稽古して、勉強も一緒にやった!たくさん、話したな!」

何度も、何度も、衝突をする。

「妹談義もした!ナタリアの相談もしたし、ティアへの誕生日プレゼントも一緒に選んだ!いつか会ってみたいモンだ!」

ノイルの拳は血塗れだった。ヴァンもノイルの攻撃を喰らい、傷を増やしていく。

「それに……その世界に……」

ノイルは拳を奮う。



「何の、未練もないのかよ!!」



ノイルの拳がヴァンの顔に入った。しかし、ヴァンは倒れない。
一瞬ぐらりとよろめき、一歩下がった。しかし、それだけだ。

「未練など……」

ヴァンは、口を開く。

「ありはしない」

ヴァンは剣を下から斬り上げた。ノイルは避けきることが出来ず、左腹から右肩まで斬られる。
後ろに下がる。傷は浅いが、追撃の危険性があった。

「……ヴァン!」
「黙れ。貴様には分からないのか。この世界を預言から解放するためには一度破壊し、レプリカでやり直すしかない」
「……それが、お前の答えなのかよ…!」

ノイルは叫ぶ。

「レプリカとオリジナルは別の命だ!邸にいる『ルーク』も、ダアトにいるはずの『ルーク』も、別人だろう!」
「超振動を使えればなんの問題もない」
「そうじゃない!お前の作ろうとしているのは、全く別の世界だってんだ!」

届いてくれ……この親友を、止めたいんだ!

「お前のやり方じゃ…駄目なんだよ!」

ヴァンは剣をノイルに向ける。変わらず、敵意を持って。

「……お前と私は、分かり合えない」
「……分かり合っていたはずだろ……親友なんだ」

雨は、激しく二人に降り注ぐ。

「私は、この世界を破壊する」
「俺は、この世界を守りたい」

ノイルも構えた。



二人は交差する。










腹に、深く剣が突き刺さり、背中からは剣の先端が飛び出している。



「…がはっ」



ノイルは口から血を吐き出す。



「……ヴァン…」



ヴァンは勢いよく剣を抜く。ノイルの傷口から血が噴き出しヴァンの身体を赤く染める。



「ぐっ!」



そして間髪おかず、剣を再び振り下ろす。



ノイルに抵抗する力は残っておらず、そのまま斬られる。深く斬られ、後ろによろめく。



一歩、二歩と、力無く下がる。ヴァンはそれを追わない。



後ろには、雨で流れが急になっている川があった。



「……ヴァン…」



――――ドボン



最後の親友の顔は、雨でよく見えなかった。










キムラスカ第一王位継承者、ノイル・ルツ・キムラスカ・ランバルディア。

行方不明となっており、崖崩れの現場に彼の血が付いた衣服のみが発見されている。

しかし、死体は発見されていない。





物語が動き出す――四年前。







**********

炎焔アサリで書きたかった場面です。


偽装工作をしたのはヴァンです。へたにダアトが疑われないように。説明不足ですみません。

ノイルとヴァンは親友です。ノイルはそう思っています。
ヴァンは……どう思っているかは、続きを書くことがあれば判明する日もあるでしょう。


うーん、見事に主要人物が髭しかいない。主人公であるルークを書いたことがないというね。


書きたかったシリアス場面が書け、私は満足です。




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