炎焔アサリ 物語開始十年前の願い     2/9
 

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二人の男が木に寄りかかる様に座っていた。

「なぁ、ヴァン」
「何ですか」

バチカルの外にある、とある丘。周りには季節の花が咲き乱れ、山の間から海まで見える。
ちょっとした崖を登ったり、隙間を通ってやっと辿り着ける場所なので魔物も滅多に来ない。
もっとも彼等は腕の立つ戦士なので、この辺りの魔物が襲ってきても問題ないが、それでもゆっくりとしているときに魔物が来ないに越したことはない。
この丘は、二人の秘密の場所だった。

ヴァンと呼ばれた青年は亜麻色の髪を後ろで一つに縛り、傍らには大きめの剣を置いていた。彼はもう一人の青年に視線を送る。

「二人の時は敬語を止めろよぉ、親友」
「ふふ…それもそうだな」

もう一人の青年は、ヴァンの隣で腕を枕にし、横になっていた。
短めの黒髪はぼさぼさで、服は着崩している。それでも上等だと分かる洋服で、傍らにはヴァンとは違い、剣ではなくグローブが転がっていた。

「それで、どうした?」
「もし俺が、本当の俺じゃないって言ったらどうする?」
「……ふむ。どういう事だ?」

「本当の俺はこの世界にはいない。ただの平和な国に生まれ、平和に育った一般市民だ。
茶髪の髪は重力に逆らって上を向いている奴で、瞳も茶色だ。あと、ご先祖様の恩恵で勘がめちゃくちゃ良い。
十三まで何をやっても駄目な奴だったが、ある赤ん坊との出会いで一転。様々な事件に巻き込まれる様になった。
戦いを知って、戦う怖さを知って、傷つけることを知って、傷つける怖さを知って、仲間の大切さを知って、信じる事を知って、失うことを知って、失う怖さを知って、…まぁ、色々なことを知った。
それで大きくなったらある組織のボスになって、十三の時からの付き合いの女の子と結婚し、一児の父となる。子供はどんどん大きくなっていく。幸せな家庭を築くんだ。
周りには古くからの仲間、昔は敵対していた奴もいるが、ある程度の付き合いが出来るようにまでなる。同盟組織には先祖からの付き合いだった友達もいて、頼りになる兄貴分もいる。昔に出会った赤ん坊も、その知り合いもいる。
幸せだった。本当に。これ以上はないんじゃないかってくらい。
そして――」

「ある時、ポックリと死んじまった俺が、本当の俺だったらどうする?」

青年の長い言葉を、ヴァンは黙って聞いていた。
そして、青年が言い終わると思考する様に右手を自分の顎へと持ってきて、ふむ、と頷く。

「それは誰の話だ?」
「俺の話。正確には、俺の夢の話」

青年はヴァンの隣に横になったままだ。ヴァンは暫くの沈黙の後、口を開く。

「少なくとも、俺の知っているお前とは違うな」
「だよな」

ヴァンは腕を組む。

「俺の知っているお前は、バチカルの第一王者継承者として生を受け、そのまま健やかに成長。
八歳の時に妹が生まれ、それを激愛している。そして年頃の妹に少し鬱陶しがられることもあるが、それは構い過ぎなのが原因で自分のせいなのを自覚していない。
剣術を最初は習っていたが全く上達せず、素手での戦いには目を見張る物があり、今ではグローブを付けた戦いに主流を置いている。第七音素の素質があり、第五音素も扱える。その事から拳に第五音素、炎を纏わせて戦う。
頭は良いが勉強は好きではなく、よく抜け出しては妹と一緒にファブレ家に行き、その御子息と戦いの稽古していた。
今では、民のことを一番に考え、街には病院などを建てて医療制度を中心にしっかりとさせようと奮闘している。だから民の信頼は篤い。
お節介で、お忍びの視察中によく面倒事に巻き込まれる。だが後始末はきちんとやるのであまり問題視されていないのが問題だ。一国の王子が何をやっている。
そして――」

「私の親友が、本当のお前だろう?」

ヴァンはそう言って笑った。
そうすれば、青年も釣られた様に笑う。

「確かに、そうだ」
「全く、どうしたと言うのだ。何だ、その人物は」
「いやぁさ、昔から同じ人物の夢見るモンだから」
「第一王者継承者がそれでどうする。あと三年で成人の儀だぞ?」
「大丈夫だって。そんなのいつものパーティーの様な物だろ」

彼等はそう言って笑い会う。

「いやぁ、ナタリアにはこんな話出来ないし、父上にもこっぱずかしくてな」
「だからってただの夢の話を真剣にするな。反応に困る」
「あはは。じゃぁ、別の夢の話をしようか」

青年は勢いよく飛び起きて、ヴァンを見た。その顔は悪戯を思いついた子供の様ににんまりと笑っている。

「ヴァン」
「…お前がそんな顔をするのはロクな事ではないのだが…」
「そうでもない」

青年は笑みを深くした。

「俺の夢は、自分の好きなときに、グランコクマに旅行に行くことだ」
「……正気か?」
「冗談でもないぞ?冗談でこんな事は言わない」

グランコクマは、バチカルにとって長年に渡る敵国だ。そこに王族が行く?しかも旅行だと?

「…笑えんな」
「笑うなよ。本気なんだから」

青年は再び身を芝生に躍らせ、横になった。

「俺はグランコクマに行ってみたい。水の都と呼ばれるくらいだ。素晴らしい所だろう」
「敵国を褒める王族が何処にいる」
「此処に」

青年は笑う。ヴァンは溜め息を吐く。

「父上は仕事が忙しいかもしれないが、出来れば一緒に行きたいな。ナタリアは当然だ。あと、ルークや、ガイも連れて行きたい」
「ん?ガイと言うのはただのルークの使用人では?」
「そんなの関係あるか。ルークと一緒に可愛がっている、弟の様なものだ」

青年は楽しそうに語る。夢を語る。

「ヴァン、勿論お前もだぞ?」
「私も?」
「おう。お前の妹もだ。ナタリアと歳が近いんだろ?きっと良い友人になる。俺等みたいな」

夢を語る青年は上機嫌だった。今にも鼻歌を歌いそうなほどだ。

「……王族がその様な夢を語って良いのか?」
「王族だからこそ、この夢を語るんだ」

青年は本当に鼻歌を歌い出した。気分が乗ってきた様だ。ヴァンは、暫し無言だった。

「もし……」
「ん?」
「もし、預言に、その様なこと書かれていなかったら、どうする」
「……」
「お前は、諦めるか?」

青年は、鼻歌を止めた。そして、あっけらかんと言う。

「それがどうした?」
「どうしたって…」
「そんなもん知るか。これは俺の夢だ。俺の願いだ。俺の野望だ。どうしてそんな占いで否定されにゃならん」
「占いって…預言だぞ?」
「ただ当たる確率が高いだけだ」
「預言が外れたのを見たことは?」
「……ないが…」
「ほら見ろ」
「あのなぁ、ヴァン」

青年は起きあがり、ヴァンと向き合う。彼の目は真剣そのものだった。

「俺は、軽い気持ちで夢を語っている訳じゃないぞ?」
「…それは…分かっているが…」
「いいや、分かってないね」

青年は少し怒っている様だ。

「俺は、たとえば、そうだな、ナタリアに否定されても、グランコクマに旅行に行ってみたい。それもみんなで」
「ナタリア姫に否定されてもか!?」

ヴァンは驚いた。青年の妹の激愛っぷりは知っている。目に入れても痛くないと本気で彼は思っているだろう。
その彼女に否定されても、と彼は言っているのだ。

「ナタリアやルーク、ガイ。あとお前の妹。こいつ等には、若い内に世界を見て欲しいんだ」
「……」
「そして、世界はバチカル領だけじゃないんだ」

青年とヴァンは、目を反らさなかった。

「俺は、夢を諦めないぞ」

暫く、二人は見つめ合っていた。真剣に。
青年の瞳には、炎が宿っていた。

「……ふっ」

不意に、ヴァンが笑った。

「今、改めてお前と友で良かったと思った」
「そうだろう。自慢できる友だろう」
「嗚呼。此処での会話が、他の者に自慢できる内容でないのが残念だ」
「あー…まぁ、そうだな。俺も話したのお前が初めてだし」

一国の王族が口にした預言否定は、他では口にできない物だ。それを青年も自覚している。

「帰ろう。日が沈む」
「おう」

青年達は立ち上がる。傍らに置いておいたそれぞれの武器を取り、帰路に足を向ける。

「ヴァン」
「何だ」
「いつか、お前の夢も聞かせてくれ」
「……」
「俺は、どんな夢でも聞く」

青年は、笑っていなかった。夕日に照らされている横顔は、何かを覚悟していた。

「聞かせてくれよ。お前の想いを」

ヴァンは答えなかった。そのまま無言で歩き出す。
青年は、悲しげに笑った後、友の背を追った。



丘には、二つの影が伸びていた。





**********

初のTOAとの混合。
てか、長いよ。短編の長さじゃないよ。前後編にしようと思いましたが、きりがいいところがなかったのでそのまま。


これ、混合の意味なくない?ツナ要素少なくない?
そしてアビスも主要キャラ全く出てきてない…。ヴァンしかいない。髭しかいない。この時はまだ生えていませんが。


他にも復活キャラは今のところ一人いる予定。しかし、あまり設定を考えずに書いた結果です。青年の名前すら考えていない←
でも楽しかった。最近では一番のりのりに書きました。

書きたい場面を考えても、シリアスばかりが浮かぶ。
連載は……遠いかも。

感想頂けると嬉しいです。



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