第四話
今日は重要な商談があったはずだった。
相手は攘夷組織『燐翔隊』。刀や大砲を多く所持している、最近勢力を増してきた組織である。
幕府の狗の目を掻い潜り、慎重な交渉を続けて早三月。長かった。気が短い自分にしてはよく我慢したものだ。晋助様に誉めて貰いたい。
自分は交渉そのものには殆ど参加しなかった。話し合いは主に万斉と変態な先輩の仕事だ。
だが、相手が同じ攘夷志士とは言え、裏をかかれないとは限らない。鬼兵隊を良く思っていない穏健派の数は決して少なくはないのだ。だから、交渉中は気を緩める事は出来ない。交渉場所に行ったら待ち伏せされていて……何て事があるかもしれないのだ。
だが、それも今日で終わる。
今日は商談の最終段階。兵器の引き取りである。それが終われば一安心だ。後の細かな仕事は変態自称フェミニストのロリコンに任せれば良い。
勿論、最後まで気を抜く気はない。自分も素人ではないのだ。仕事中に油断するなど以ての外だ。
それに、何よりも最後に裏切られて武器が手に入らなければ、これからの鬼兵隊の活動に支障が出る。
祭りは近い。
今日の商談は最終段階であると同時に、失敗は許されない祭りの準備なのだ。
そんな訳で、来島また子は張り切っていた。
己の為に。
敬愛する晋助様の為に。
今日は重要な商談があるはずだった。
商談場所には問題なく着いた。
相手の物だと思われる船も停泊している。
だが、様子が可笑しい。やけに静かだ。あの規模の船と今日の商談を考えるならば、少なくとも五十は乗っているだろうに。
嫌な予感がした。
まさか待ち伏せ――罠か?考えていた最悪の事態なのだろうか?
腰に下げているはずの二丁拳銃があるか確かめる。メンテナンスは重点的にした。戦う準備を怠る事はない。
もし戦闘になったら、鬼兵隊を嵌めようとした事を後悔させてやる。
また子は好戦的に笑った。
今日は重要な商談があるはずだった。
――そう、ある『はずだった』。
船の様子は可笑しかった。だが、予想していた待ち伏せではない。裏切りでもない。
燐翔隊は全滅していた。
「な、何スか……これ……」
倒れている者には切り傷もなければ、撃たれた様子もない。ただ、苦悶の表情を浮かべながら倒れている。
――まるでこの世の物とは思えない物を見たかの様な表情だった。
「一体……何が……」
共に同じ様を見ている万斉や先輩も同じ思いだった。
コツ コツ コツ
足音がした。自分達ではない。自分達はこの光景に動くことが出来ていない。
「おや、新手ですか?それともこの方々の敵でしょうか」
足音の主は、少年だった。
「まぁ、僕にはどちらでも構いませんが」
藍色の、特徴的な髪型。
右目が血の様に紅いオッドアイ。
それに刻まれた文字は――六。
「貴方達は、僕にどの様な反応をするのでしょう」
少年は優雅に笑んだ。
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