変わった立場と変わらぬ人
 




*ルキア救出とか藍染反乱とかその辺終わった後の平和な時設定。





コンコン

一人で居る病室に軽いノック音が響く。朽木白哉は清家に持ってこさせた本を閉じ、扉に目を向けた。
扉の外に感じられる霊圧は知っている者のである。以前だったら、彼が白哉の元を訪れるのに違和感を覚えていたかもしれない。だが、今は違う。
予感があった。そう遠くない内に彼が白哉の病室を訪れるだろうと。彼の一族の血に受け継がれている様な確かな勘ではないが、それでも。

「入れ」

入室の許可を出せば、扉の前で待っていた彼は静かにそれを開く。入ってきたのは、予想と違わぬ青年だった。

「失礼します、白哉さん」

一度夕食として粥を持ってきてから度々見舞いに来ているルキアや、休憩時間などに容態を訊きに来ている恋次がいないのを狙って来たのだろう。近くに他の知り合いの霊圧も感じられない。彼は一人で白哉の病室を訪れたのだ。
元上級貴族の家柄であり、白哉とも少なくはない面識があった。過去に十一番隊に所属し、現在は十番隊三席に籍を置く青年――沢田綱吉は優しげに微笑んだ。

「お体の具合はどうですか?」
「大事無い」

綱吉は「失礼します」と断ってから扉近くの椅子に座り、白哉は膝に持ったままだった本をベッドの隣に備わっている机に置いた。

「大事無いって……腹に穴開けた人の言葉ですか?」
「卯ノ花隊長の治療は大方終了し、三日後には退院して隊務に戻る。貴様も……」

白夜はまだガーゼの取れていない綱吉の顔を見た。

「退院したとは聞いていないが?」
「あははは。ちょっと抜け出して来ました」

卯ノ花隊長に見付かったら不味いですよね、と綱吉は気まずそうに己の頭を右手で掻いた。その右手の袖から見える腕にも包帯が巻かれている。
戦いが起きたのだ。この瀞霊廷を巻き込んだ戦いが。反乱と言う形で。それはほんの数日前の話で、傷は癒えきらず、痕を残している。

「白哉さんも俺が来たことは黙っていて下さいね」
「沢田綱吉」

白哉の声は淀みない。高潔で精錬としたその迷いない声。幼い頃はそれに子供らしい感情が籠もっていたが、それがここ何年も何かを耐えている様な、抑えている様な声だった。
今はそれがない。綱吉はそれがただ嬉しかった。

「何様で参った」
「粥」

綱吉は一言しか言っていない。しかし、白哉の眉間の皺を増やすには充分だった。

「食べて下さったと聞きました」
「それが何か」
「いえ、何も。ただ、朽木さんがやけに嬉しそうに言っていたので」
「沢田綱吉」

再び白哉は綱吉の名を呼んだ。

「二度は言わん」
「別に用事があって来たんじゃありません」

綱吉は座っている椅子の背に寄り掛かった。

「ただ、良かったなって」

何が、とは綱吉は言わなかった。
ルキアが無事なことが、とも。
白哉の傷が治りかけていることが、とも。
白哉が粥を食べたことが、とも。
――朽木兄妹の仲が、とも。

「白哉さん」

今度は綱吉が白哉の名を呼んだ。

「お久し振りです」

綱吉と白哉。まともな会話をするのは百年ぶり近くなる。隊が離れていることが原因の一端だが、沢田家が貴族の中で微妙な立ち位置に置かれているのが大きな原因だろう。
約百年前。護廷十三隊の隊長、副隊長、鬼道衆の実力者の計十一名が去ったあの大事件。それと同時に、大貴族沢田家の当主であり、綱吉の祖父でもある男二人が行方不明となった。事件との関連性を疑われ、それを機に沢田家は没落。大貴族の名から姿を消した。
だが、影響力は完全に無くならなかった。彼等の二大組織は生きていたからだ。貴族界に何時、どんな形で関わってくるか分からない。油断は出来ない。それが貴族達の考えだった。

「俺が白哉さんに会うと、色々と面倒になりそうなので」

『ボンゴレ』次期当主である沢田綱吉と、四大貴族朽木家当主である朽木白哉の接触。貴族間でどの様な噂になるか、分かった物ではなかった。だから、綱吉も白哉も敢えて会おうとは思わなかったのだ。
たとえ二人が、古くの友人であろうとも。

「様子は聞いていましたけど、やっぱり会った方が良いですね」
「ルキアが」

白哉は窓の外を見ながら言う。

「世話になっている」

綱吉に白哉の顔は見えない。同じく、白哉にも綱吉の顔は見えない。だが、きっと彼は予想外の言葉にぽかんとしているだろう。そしてすぐに小さな笑い声が聞こえた。

「何もしていませんよ。これからは俺以外にも『世話になる』人は増えそうだし」

綱吉は悪戯心を混ぜた声で言う。

「『兄様』もいますし」

此方を見た白哉の顔の皺がまた増えた。嗚呼、彼はこんな顔をする様になったのか。綱吉は久方振りの変化した彼を見ていた。

「もう貴族の噂とか、どうでも良いかと思い始めまして。迷惑掛けちゃうかなぁ、って思っていたんですけど、四大貴族ってそんなに柔くないですし」
「当然だ」

元より柵だらけの世界だ。今さら一つ二つ増えても大差はない。

「……もう、戻ります。抜け出したのがばれたら怖いですから」

綱吉は立ち上がった。短い間に、その顔は来た時よりも明るく見えた。

「今度は朽木さんや恋次と一緒にでも来ます」

二人の反応はどんなんでしょうね。
綱吉は笑っていた。白哉の表情は外を見ていたので見えなかった。





「ねぇ、ハルちゃん。朽木隊長の部屋から感じる霊圧、ツナ君のだよね?」
「はひ?……あ、そうです京子ちゃん!ツナさん病室抜け出していますね!」
「でもさ、何でツナ君、朽木隊長の病室にいるの?」
「はひ……そう言えばそうですね。何ででしょう……」
「何でだろう……?」
「夕方にルキアちゃんが来る予定なので、その時にでも訊いてみましょうか」
「うん、そうだね!」



ルキア。二人が知り合いだと知るまで、あと二時間。





百年経って変わることも多い物で。環境だったり、立場だったり、人だったり。
それでも変わらない物もあるわけで。規則だったり、関係だったり、人だったり。
あの人、本質は変わってないなぁ、と思った。







**********

『ツナと白夜の会話。意外と弾んで周りが驚く』
のリクエストでした。

ルキア救出編が終わった後の彼等の会話でした。
何時か百年前の彼等も書きたいですね。
周りは弾む会話よりも普通に話している事にまず驚くっていう。
綱吉の家が元貴族なのを知っている人はあまりいない。当時の彼を知っている人はもっと少ないです。

リクエストありがとうございました。



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