ファンと壁
 





沢田殿は若いのに四席と言う上位席官に就き、年配の隊士にも物怖じせず正確な指示を飛ばす。
戦闘能力も高く、十一番隊の書類仕事の中心人物でもあり、仕事は速くミスも少ない。隊士からの信頼も篤く、特に新入隊士からは慕われている。
優しい方で、周りへの気配りを忘れない。

そんな方だから、自分も密かにファンクラブに入っているのだが――。

「あれ、ツナ君髪に寝癖が付いてるよ?」
「え、何処?」
「ほら、此処。ふふ、ツナ君可愛い」
「ちょっ、京子ちゃんからかわないでよ!」

――沢田殿が好意を持っている方がいないとは限らないのだ。





「……おい、仙太郎。朽木どうしたんだ?」

十三番隊副隊長志波海燕は、隣で一緒に様子を窺っている小椿仙太郎に問うた。
隊舎の陰に隠れている彼等の視線の先には、一人ドンヨリとした空気を纏って肩を落としている、同隊の朽木ルキアの姿があった。

「それが、四番隊から帰ってきてからあんな調子で……」
「あ?四番隊って、左腕少し打撲したやつだろ?そんな落ち込む様な怪我じゃないと思うんだが……」
「いや、俺もそう思って怪我くらいで落ち込むなってフォローしたんすけど、そうじゃないみたいで……」
「……どういうこった?」

ルキアの左腕の袖からは真新しい白い包帯が覗いている。治療はちゃんと行われている様だし、隊長が治療に関しては特に厳しい四番隊が手を抜くとは思えない。もし怪我が仕事に支障がありそうな具合ならその隊士の隊の隊長、副隊長に連絡が行く事になっている。
つまり、怪我そのものが朽木ルキア消沈の理由ではない。
ならば、怪我をした事が原因か。自分は何時までも未熟で〜てな感じで。真面目なルキアなら有り得そうだが、それは違ったと仙太郎が証言している。その証言を信じるのなら、これも理由の候補から外れる。
四番隊で何があったのか。ルキアを彼処まで落ち込ませるほどの何が。海燕と仙太郎は二人で頭を捻った。

「ふふふ、お二方は乙女心が分かってない様ね」

二人は同時にびくりと方を奮わせた。ルキアに気を取られていて、近くまで接近して声を掛けられるまで気付かなかったらしい。
覗きの体勢を変えないまま首だけを後ろに向ければ、腰に手を当てた虎徹清音が立っていた。

「清音、乙女心って何だよ」
「言ったまんまですよ。簡単に言えば……」

清音は少し顔を赤くし、まさに乙女と言う顔付きになり、左手を顔に当てて顔をくねらせて言った。

「こ・い・わ・ず・ら・い」
「気持ち悪ィ」
「ふんっ!」

清音の素早い右ストレートが仙太郎の顔面にめり込んだ。

「ぐぼっ!」
「私に任せなさい!朽木の悩みを聞き出してみせる!」

先輩魂に火が点いたのか、彼女の背後にはメラメラと闘志が燃えている。

「……大丈夫か?」

何故だろう。頼もしい筈なのに不安の方が大きい。寧ろ不安しかない。
しかし、もし万が一本当に恋愛事が絡んでいるのなら、同じ女である清音の方が言いやすいのも確か。

「んじゃ、行って来ます!」

意気揚々とルキアの元へと飛び出す清音を、海燕は大人しく見送った。
仙太郎は顔に拳骨痕を残しながら気絶していた。





「……綱吉さんが、ね……」

事情を理解した清音は気まずく目線をルキアからずらした。

十一番隊の通称書類仕事の鬼沢田綱吉と、四番隊の女神笹川京子。彼等は仲が良い。友人関係が広い彼等でも、両者とも仲が良い部類に入るだろう。
だが、あくまで友人。恋人関係でないのは間違いない。沢田綱吉ファンクラブの確かな情報で、知っている者は知っている周知の事実。
――沢田綱吉の片思いだと言う噂も、知っている者は知っている。

「知っていても、実際目にするとね……」

ルキアもファンクラブの末端に籍を置く者だ。噂は知っていただろう。それでも噂で聞くのと、二人が一緒にいる場面を目にするのは衝撃が違うのだ。
ファンクラブの者が何時かは通る道。誰もがそれを乗り越えるのだ。ルキアはそれが今だという事。

「……女泣かせだわね、綱吉さんは」

私も隊長と出会わなかったらファンクラブに入っていたかもしれないくらいには魅力的だし。

「沢田殿は何一つ悪くないんです……」
「うんうん」
「二人ともお優しい方なのです……」
「笹川さんもいい人ってのがまた憎めないわよね」
「ファンクラブがあって当たり前くらいにいい人です……」
「二人で並んでいると何かほっとするんだよね」

綱吉と京子。どちらも有能で、優しく、人望があって、尊敬に値する人達。

「でもさ……」

清音は消沈しているルキアの肩に手を置いた。

「嫌いになれないんだよね」
「……はい」

そうなのだ。綱吉の、京子のも、彼等のファンクラブの会員はそれで彼等を嫌いになれないのだ。
事実に直面して落ち込んでも、それでも嫌いになど絶対になれなくて。結局はファンクラブに在籍し続けるのだ。

「十一番隊に持って行かなくちゃいけない書類があるんだけどさ」
「……え?」
「行ってくれる?」

清音は優しい先輩の顔をしていた。

「……はい!」

ルキアはファンクラブの会員。歴代の会員と同じ道を歩んでいくのだ。





「……何か、復活したのか?」

陰から見ていた海燕は、清音に忘れられていても見守っていた。
仙太郎はまだ夢の中だった。





本日、私は一つ壁を乗り越えました。
沢田殿は優しい方です。尊敬に値する方です。それは変わりません。たとえ沢田殿が誰かをおし…おし…お慕いしていても、変わりません。
沢田殿のファンクラブは不滅です。







**********

直人様のリクエスト
『ツナと京子ちゃんが楽しそうに話してるところを、偶然通りかかったルキアが見つけて落ち込んじゃう』
でした。

沢田綱吉ファンクラブ会長は四番隊のハルだったりね。
京子の方の会長は考えていません。

海燕達の会話のところは話の展開上いらないかな、とも思いましたが、折角書いたので。

リクエストありがとうございました!



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