活気溢れる街中で
 



予定していたよりも一時間早く任務が終わった。標的のAKUMAが一カ所に集まっていたから一掃出来たのだ。
一時間。ただ待つには長く、今の睡魔の具合からして寝たら起きられない時間だ。一緒の探索部隊ならば寝ているのを起こさない様に列車に担いでくれるだろうが、彼等とて疲れているのだ。手間を掛けさせるのも悪い。
列車の時間までのこの空白の時間。探索部隊は最後の事後処理を。そして、手持ち無沙汰になったツナは街中を見てくる事にした。





理由なく街をぶらつくのは久し振りだった。
ちょうどお昼時の事もあり、街には人が溢れている。談笑しながら珈琲を飲む人。歩きながらパンをかじる人。元気な声で客を呼び込む人。誰も彼もが笑顔だ。
活気に満ちている街を歩くのは楽しいものだ。美味しそうな香りがすれば腹が鳴り、珍しい調度品があれば手に取ってみる。見たことがない民族品もあった。

一つくらい、買って帰ろうかな。

自分で言うのもなんだが、ツナは節約家である。甘いものが食べたくなったらジェリーに作ってもらう。気になる本があったらブックマンやラビが持っていたり、手に入るつてがあったりするので貸してもらう。日用品は支給されるし、休みは大抵寝ているので金を使う機会も少ない。だから、金に余裕はある。
この珈琲豆は最近凝っているリナリーに。この見たことがない飴はアレンが喜びそうだ。ラビにはワサビでも買っていこうか。神田は受け取らないかもしれないが、この小さな不細工な置物を。猫か狸か分からないが、妙に愛嬌がある、気がする。受け取らなかったら勝手に部屋に置いておこう。
買うつもりで見ていたら気になる物が次々見付かる。コムイやリーバーにも買っていこうか。
取り敢えず、この猫狸を買ってプレゼント用に可愛くラッピングしてもらおう。包むのはピンクのフリルをふんだんに使った物が良い。

猫狸に手を伸ばしたら、隣からも伸びる手があった。その手はツナと同じく、猫狸に向かっている。
こんな不細工な猫狸の置物を買おうと思う人が自分以外にいるとは。一体どんな物好きだろう。
ツナがどう思ったかは兎も角、同じ物を取ろうとしたのだから反射的に腕を辿って相手に目が行く。
ツナは隣に立っている男を見た。

「何、青年もこの猫狸が欲しいの?」

男もツナを見て、困った様に頬を掻いた。
男の服は無地で薄汚れた白い長袖、しかもよろよろ。ズボンはまだマシだが、それでもシワが目立つ。無造作に肩ほどまで伸びている黒髪はぼさぼさで、極めつけは大きな瓶底眼鏡。風呂にも入っていないだろう。見た目に全く気を使っていないのが分かる。

「貴方もですか?」

ツナは一度手を引っ込めた。すると男も手を引く。男はじーとツナを監察している。何か変なところでもあるか。少なくともジョニーがデザインしたこの団服は悪くないと思うのだが。
男がツナを監察していたのは二、三秒ほどの短い時間だ。それが終わったら男は可笑しそうに笑った。

「こんな不細工欲しがる何て、物好きだねぇ」
「あははは、同じの買おうとしていた人が言う台詞じゃないですね」

どうやら思う事は似た様な事らしい。これを買いたがる人が二人もいるとは思わない物だ。

「プレゼントですか?」
「まぁね。一緒にいる子供に。青年も?」
「はい。俺は同僚の友達に」

男は左手を顎に持ってきて考え始めた。この猫狸をどうするかだろう。猫狸は一つしかない。どちらか一人しか買えないのだ。

「どうぞ。お子さんに持っていってあげて下さい」
「いや、俺のガキじゃないから。それに、それじゃ面白くないっしょ」

男は懐を探り、一枚のコインを取りだした。

「これで決めようや」
「うーん、構いませんけど、俺が当てるのはちょっと不公平かな」

男は首を傾けた。ツナがどの様な意図でそう言ったのか分からないのだ。
ツナは男の手からコインを取り、弾く様に親指に乗せた。

「貴方が当てて下さい」

ツナはコインを弾いた。綺麗にコインは回転しながら真上に高く跳び、そのまま落下する。ツナは鮮やかな手付きで左手の甲に乗せて右手で隠した。

「裏」

男は即決した。ツナはゆっくりと右手を退ける。
コインは表を向いていた。

「残念」
「それじゃ、この猫狸は貰います」

男は大して落ち込んだ様子もなく笑っていた。ツナもコインを男に返し、猫狸の置物を手に取って店主に渡す。

「ラッピングお願いします。ピンクのフリフリで。リボンは赤かな。あっ、このクッキーも下さい」
「同僚って、彼女?同い年の女の子へのプレゼントであれは……」
「いえ、黒髪パッツンの口が悪い蕎麦好きの青年です」

嫌がらせかよ、と男は苦笑いを浮かべている。ツナはその言葉に何も返さなかったが、満面の笑みだけ向けた。

ラッピングはすぐに終わった。ピンクに包まれた不細工な猫狸はなかなかシュールである。
そして一緒に渡されたのは頼んだクッキーの袋。ツナは受け取るとすぐにそれを男に渡した。

「ありゃ、青年。これは?」
「子供に。置物は俺が取っちゃったんで」

男はぽかんと口を開けて、何かに耐える様に口を引き結び、結局耐えきれず大笑いした。

「……ちょっと。失礼な人ですね。クッキー返して下さい」
「いやいや、有り難く貰っとくよ」

男は目に涙が浮かぶほど笑い、クッキーを持っていない左手でそれを拭った。

「青年と会ったのが『白い』俺で良かった」

今度はツナが首を傾げた。青年の言葉の意図が分からなかった。

店に備え付けられている時計を見れば、列車の出発時間が近い。もう一時間が経ちそうだ。

「それじゃ、瓶底眼鏡さん。さようなら」
「猫狸青年」

その場を去ろうと身を翻したツナを、男は呼び止めた。

チャリーーン

ツナが振り返ると同時に男はコインを真上に弾いた。ツナは口元に笑みを浮かべる。
パシリと男はコインをキャッチする。それは完璧なコイントスだった。男もツナと同様に笑っていた。

「表」

ツナは答えを見ることなく歩き出した。右手を頭上で振り、もう振り返る意志がないのを示しながら。
ツナが去った店の前で、男は一人立っていた。右手をゆっくりと退かす。
コインは表を向いていた。

「……はっ。不公平って、こういう意味かい」

何つー勘の良さだ。
男は口元に大きな笑みを浮かべていた。楽しくて仕方がない。

「『黒い』俺と会った時が楽しみだぜ」

男も身を翻し、ツナとは反対の道を歩いていった。





今日は任務帰りにみんなにお土産を買った。みんな喜んでくれた。神田は任務で居なかったので、プレゼントは部屋の蓮の置物の隣に置いておいた。帰ってきた時が楽しみ。
お土産を買う時、面白い瓶底眼鏡と会った。何か変な感じはしたけど、AKUMAではないので気のせいだろう。
何となくまた会う気がする。でも、会いたくない気もする。何でだろう。分からないままが良い。







**********

『灰色アサリでツナとノアの誰かの遭遇』
のリクエストでした。

ノアとの遭遇とのことでしたので、ティキでした。
出会ったときは白い彼。再会する時はどっちの彼でしょう。

リクエストありがとうございます!



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