プロローグ
「…………あ」
それを見付けたのは、銀時と一緒に行ったリサイクルショップだ。
銀時は店長の女性に壊れた電子レンジを買い取ってもらおうと交渉している。しかし、女性はそれを断っている。当然だ。壊れているのだから。
銀時も高望みはしていないのだろう。何か電子レンジの代わりになる物と物々交換に持ち込もうとしている。
店長の女性と銀時は、店長と客である以前に友人の印象を持てる。たまに雑談を交えながらの交渉は長引きそうだが、雰囲気は悪くないし銀時ならどうにか中古の電子レンジを手に入れるだろう。
綱吉は店にある品物を眺めながら待っているのだが、それは意外と楽しかった。『地球防衛軍』と言う少々珍妙な店名からどんな店だろうと心配していたが、招き猫や扇風機、服など、様々な物がある。見ていて飽きない。
その中の一つに、それはあった。
「これって……」
それは一冊の本だった。
背表紙に題名はなく、表紙にもそれはない。名のない本にある特徴的な物は、唯一中央に埋め込まれている小さなオレンジの石だけである。宝石だろうか。濃い茶色の表装で、古いのだろう、紙は少し黄ばんでいる。
ぱらぱらと捲れば、中には何も書かれていなかった。
「それ、気になるのかい?」
店長の女性が優しく話し掛けてきた。交渉は無事終了したようで、銀時が店の奥で何か漁っている音がする。
「その本、まだ綺麗だろう?」
綱吉は改めてその本を見る。
飾り付けは石がなかったら皆無に等しいが、表装は厚みがあり、造りもしっかりしている。大切に保存もされていたのだろう、破れている部分もない。
綱吉は頷いた。
「何も書いてないけど、その本は日記帳として造られたらしいよ」
私も詳しくは知らないんだけどね。
店長は煙管を吸い、薄く笑いながら言った。
「使われることはなかったけど。その表紙の石の装飾は、タルクだったかダルボだったかが造ったって聞いたね」
綱吉はもう一度その日記帳だと言う本を見た。オレンジの石だけが、時代を忘れたかの様に輝いている。
「その本、あげるよ」
店長はふいにそう言った。
「でも、この本の石、宝石とかじゃ……」
「それはただの綺麗な石ころさ」
店長は本を持っている綱吉を見詰めた。
「その本に興味を持ったのはアンタが初めてさね。店長の私でさえ、アンタが持っているのを見るまでその本の存在を忘れていたくらいだ」
店長はさも当然のように言う。
「その本はアンタを待っていたのさ」
その言葉を、綱吉は何処か遠くで聞いている感じがした。
異世界の存在である自分を待っていた、名のない本。何故だか店長の言葉に納得できた。
「あの、これ、貰って良いですか?」
「だから、良いよ。持って行ってちょうだい」
何も書かなくても良い。そのまま机の奥底に仕舞っても良い。大切に言葉を綴っても良い。
その本は、アンタの物なのだから。
帰り道。
銀時は物々交換で手に入れた電子レンジを両手に持って。
綱吉は待っていた無地の日記帳を抱えて。
二人で並んで帰路に就いた。
その日記帳がどうなったのかは――――。
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