伏見は目を閉じる《8》

目を開ければ入ってくるのは天井。それは自分の家の見慣れた物ではない。
自分はベッドに寝かされていて、拘束もされていない。
見覚えある部屋だなぁ、と霞がかかった頭で考える。そうすればそれは『HOMRA』の二階だと気が付く。
あれ、しかも尊さんの部屋な気がする。あまり入った事はないけど、あのバーには人が寝られる部屋はそれほど多くはない。

伏見が起き上がろうとすれば、頭に走る痛み。反射的に手で押さえれば、手当てされた証拠とも言える包帯の感触があった。

……怪我?何でだ?

ずきずきとする頭を押さえながらも、落ち着いて考える。そうすれば、気を失う時の事も思い出せた。
あの連続襲撃犯(仮)の野郎、必ず見付け出して病院送りにする。今までの被害者の人数からも当然の報いだろうし、そうでもしないと気が済まない。

四肢が折れている感覚はない。、動かそうとすれば腕も持ち上がり、骨にヒビが入っている心配もなさそうだ。頭の負傷を除けば打撲程度だろう。袖を捲れば湿布。全体的に軽傷で済んでいる。
どうやら、自分は助かったらしい。少なくとも病院送りにならない程度には。自分には珍しいくらいには運が良かった。

「……眼鏡」

ぼやけているのは思考だけでなく視界もである。ふと、横を見ればそこには割れた眼鏡。おそらく倒れて落とした拍子に壊れたか、その上で踏まれたのだろう。
予備の眼鏡はあるが、少々前の物なので度数はずれているだろう。それではナイフの投擲に支障が出るかもしれない。暫く不便になるし、買いに行くのも面倒である。厄介な事をしてくれたものだ。
相手を病院送りにするのは既に決定事項だったが、理由が増えた。
しかし、厄介な事はまだあった。

「げほっ、げほっ……」

思考がはっきりとしないのは風邪が悪化したのもある。明らかにこの身体のダルさは熱が上がったものだ。
あのまま何事もなく帰れていたら悪化する可能性も低かっただろうに。あー、あのフード男に投げたナイフ、頭か胸を狙っておけば良かった。

喉が渇いた。水が欲しい。冷たい水が。
一階に行けば誰かいるだろう。状況も訊かなければ。
ベッドから降りようとすると、部屋の扉が開けられた。

「サルヒコ」

開けた人物は赤い服に身を包んだ少女、アンナだった。手に持っているのは氷で冷やされている水が入ったコップ。
目覚めた自分が視えたのだろう。そして、喉が渇いているのも察して持ってきた。歳に似合わず気が利く少女だ。

「水、持ってきた」
「……ん」

アンナは無表情のまま部屋に入ってきた。そして手に持っていた水をそのまま伏見に渡す。
一口飲めば、自分の喉の渇きを強く実感する。そのままコップを傾け、一気に飲み干した。

「……今、どんな状況だ?」
「他にも何人か怪我した」
「吠舞羅は何件襲撃受けたんだ?」
「4回。皆大きな怪我はしてない」
「病院送りにはなってないってことか……」

アンナとの会話は状況確認の場合、やり易い。必要な事を簡潔に言う事が、彼女は出来る。
これが美咲だともっと時間が掛かるんだよな……小学生以下って。

「襲撃犯は……」
「ダメ」
「……は?」

そのまま伏見も含む吠舞羅を襲撃した連続襲撃犯について訊こうとしたら、アンナが否定の言葉を口にした。

「サルヒコは、動いちゃダメ」

その確固たる意志すら感じる断言に、伏見は頭痛が酷くなるのを感じた。




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