伏見は目を閉じる《7》

あー、家で寝ていれば良かった。

『HOMRA』に行っても卵がゆを食わされて、タッパーのリゾットを持たされただけだった。
自分で料理なんてする訳ないし(出来ないんじゃない。本気で面倒なだけだ)、一食分買う手間が省けたけど。それに草薙の料理は普通にうま……食べられるし。
歩いていると薄暗い雲により日が隠れて気温も下がってきた。雲には雨の気配もある。これは一雨来そうだ。面倒だ。

あー、面倒だ。本当に面倒だ。イライラする。
仲間だからという理由で信用する奴等。仲良しごっこの集団。イライラする。何で美咲は楽しいのか。尊さん尊さんって。

イライラするのは、頭痛が酷くなって行っているのも原因だろう。この感じでは少し熱が出てきているかもしれない。雨に濡れたら熱は一気に上がるだろうな、何て他人事のように感じる。
ああ、それは嫌だ。もし本格的に風邪を引いたら吠舞羅の連中は見舞いに来そうだ。ウザイ。

「……ホント、ウザイ……」

草薙さんに持たされたリゾットは、まだ温かかった。家に帰って寝て、それから食べるとなればその時には冷めているだろう。それでも、寒い外を歩いている身としては袋越しでもちょっとしたホッカイロ代わりにはなった。
それはやけに暖かく感じた。

「……あー…ダメだ……」

身体が弱っていると、心も不思議と弱くなるというのは本当のようだ。
早く帰って、さっさと寝よう。そうすれば、起きた時には何時もの伏見猿比古に戻る。不機嫌な顔で、舌打ちをして、生意気な口を叩く伏見猿比古に。





「…………っ!!」

体調不良は理由にならない。草薙を中心に注意は受けていた。一人は危険だと理解もしていた。
それでも、頭の隅で思っていた。
吠舞羅のメンバーはまだ襲われていないし、きっと警戒されているのだろう。もし狙われるとしたら、非戦闘員であるアンナや十束の可能性が高い。
そんな、甘い事を思っていた。

後ろから感じた敵意。それは攻撃性を秘めていた。
振り返る時間もないと反射的にそのまま前に背を低くして跳ぶ。その瞬間に聞こえたのは重量のある物が宙を切る音。両手で地面に手を付き、着地する時に身を捻って振り返る形になり、後ろに立つ人物を確認する。
後ろに立っていたのはバットを持った、体格から判断するに中肉中背の男だった。顔はフードを深く被っているので隠れているが、口元は見えた。それは楽しげに笑っている。

「……ムカつく奴だな」

どうせ考えるまでもなく、こいつは連続襲撃犯だろう。しかし、それよりも。
フード男の足元、先程まで自分が立っていた位置を見る。そこには今までホッカイロ代わりにもなっていた草薙が作ったリゾットが落ちている。
あの男のバットを避ける時に落とした。袋は兎も角、タッパーからも出て地面に落ちてしまっている。しかも雨がポツポツと降って来ている。これではあれを食べるという選択肢はなくなった。草薙さん、怒るだろうか。

あー、降り出す前に帰ろうと思っていたのに。この分じゃ、すぐに本降りになる。寝る前にシャワーでも浴びないと。

懐から投擲用ナイフを二本取り出す。フード男はそれをバットを構えるでもなく棒立ちのまま見ているだけだ。

「………」

前方の男への注意を解かないで周囲を警戒する。
周りには自分たち以外に誰もいない。元より人気が少ない道だが、これはこのフード男が人気がなくなるまで待っていた、ついて来ていた、または――ストレインの能力か。その為だろう。
迂闊だった。自分らしくもない。こういうヘマは美咲の役目だろうが。

フード男はバットを持ち直した。
来る。
予想通り、男はバットを振りかぶって撲りかかってくる。しかし、不意打ちですら避ける事が出来た攻撃だ。今は警戒している上に、得物が視界に入っている。当たるわけはない。
ナイフでバットを防ぐのも馬鹿な話なので、避けてから足や腕を狙って投擲すれば良い。
そう判断し、後ろに跳んで避ける。フード男は空振り、無防備になる。捻りがない、単調な攻撃。
これが連続襲撃犯なのか、と疑問に思った。しかし、それはこいつをとっ捕まえて情報を吐かせれば分かるだろう。

ナイフを投げようとした。
フード男は確かに無防備だった。
しかし――――



――――男は笑ったままだった。



頭に衝撃が走った。一瞬目の前が真っ白になる。
フード男からの攻撃ではない。こいつは無防備のままだった。それに衝撃を受けた方向は、右からだ。
倒れる。予想外の方向からの攻撃で、受身を取り損ねた。ばしゃりと音がする。ああ、雨はもう本降りになりかけていたから。
倒れたままで視線だけでもフード男の方を見れば、不可解な攻撃を受ける直前に投げたナイフが二本とも右腕と左足に刺さっている。ざまあみろ。
フード男は最初に左足に刺さっているナイフを抜いて、それを其処らに捨てる。勿論ながら、血がついたままだ。
ああ、でも、目に映る血はフード男の物だけではない。すぐ自分の頭付近にも血が見える。と言うか、間違いなく自分の血だ。頭から流ているのだ。通りで痛いわけだ。
しかも、脳が揺さぶられて立てないだけでなく、意識まで保っているのが難しい。最悪だ。
このまま気を失ったらフード男に病院送りにされる。今までの被害者と同様に。今まで死者は出ていないから殺される確率は低いだろうが、屈辱だ。
目が覚めたら、真っ先に殺しに行ってやる。

意地で開けていた目も、もう限界だった。
目を閉じる前に見えたのは、雨に濡れて無残な姿になったタッパーに入れられていたリゾット。別に食に感謝なんてする柄じゃないけど、勿体無いな、と思った。



耳に入った最後の音は、雨に混じった、誰かが走って来ている足音だった。




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