伏見は目を閉じる《3》
こんな時だけ空気を読むな。
八田にそう言ってしまえたら楽なのに。しかし今それを言葉にすれば草薙の耳にも入り、状況は悪化するだけだ。
「食べてますよ」
苦し紛れに口にしたのは、真実とは違う言葉。こんなの、すぐに嘘だとバレてしまう。自分でもないと思う。
「伏見ィ……」
「すんません」
何か言われる前に謝っとけ。小言を一つでも減らすのだ。
「はぁ……まぁ、小言はまた今度にしとこか」
草薙は溜め息を一つ吐き、伏見の額に手を当てた。
「熱はないな」
「当たり前です」
「鏡で自分の顔見てから言い。真っ青やで」
伏見はむすっとした顔をして言い返せない。
言い返したらさらに面倒なことになる。
「食欲は?」
「……ありませ……」
「なくても食え。今軽いの作ったる。それ食ったら今日はもう帰りィ。暖かくして早く寝ろ」
有無を言わさぬとはこの事だ。草薙はカウンターの奥に向かった。きっとこれから言った通り料理をするのだろう。
「美咲」
「名前で呼ぶんじゃねぇ!」
「お前、草薙さんに何言った」
「ななな何も言ってねぇよ!」
「お前がコレを持ってくる何て気遣いをする辺りから怪しいと思ってたんだ」
伏見が手に持つホットミルクを飲んで言った。
「どうせ何か余計な事言って……」
「そう言うなよ、伏見」
吠舞羅には言葉を遮る奴ばかりなのか。
吠舞羅ナンバー3、戦えない最弱の幹部は、何時の間に昼寝から目覚めていたのか、ソファーから上半身を起こしていた。
「八田は草薙さんに『何か食べやすいの作ってくれませんか』って言っただけだよ。そこから何で八田がその注文をしたのか推測して、伏見の不調に気付いた草薙さんが凄いんだよ」
「本当に、何時から起きてたんですか」
十束多々良――この人は未だに掴めない。