森宮莉子は突き進む。 | ナノ
特待生としての意地
最近になって、知らない女の子たちが集団になってこっちをじろじろ見てきてはヒソヒソ噂をする姿を見かけるようになった。
学年が違う子たちだからエンカウント率は低いんだけど、ちくちくした視線を向けられるのは気分悪い。
「森宮先輩、最近なんかいろいろ言われてますよ」
食堂で声を掛けてきた後輩の天羽くんが言うには、1年女子の間で私を非難する内容の悪口が出回っているのだと。
「なにも、小畑さんが久家先輩に近づくのをことごとく邪魔しているって」
「してないよ」
何だそれ。私はそんなことしてませんよ。あの子どこでも出没して久家くんに接近してるじゃん。何をどう見たら邪魔されているように感じるのさ。邪魔されてるのはこっちだわ。
私が否定すると、天羽くんは肩をすくめていた。
「わかってますよ。どうせ小畑さんがひとり突っ走って迷惑かけているだけでしょ? それを聞いている全員が小畑さんの話を信じてるわけじゃないですよ。久家先輩がどこを見ているかなんて、観察すればすぐにわかるんですから」
……?
久家くんがどこを見ているだって?
天羽くんがなんか気になることを言っていたので聞き返そうとしたけど、天羽くんが妙に不敵な笑みを浮かべていたので、私は開きかけた口を閉ざした。
「成績優秀な特待生の僕らと、そうじゃない人たちどっちが信用されますかね」
彼の言葉に私は唸る。
「さぁ……実家がお医者さんだったらその盾で私たちは負けちゃうかなぁ」
「弱気なんて森宮先輩らしくないじゃないですか。共用試験でもぶっちぎって特待生の意地を見せつけてくださいよ」
天羽くんが悪い顔で笑った。君はそんな悪い顔できるんだね。
同じ一般家庭の後ろ盾なしの特待生という立場から彼も私と同じく辛酸舐めているのかもしれない。
私はこれまで味わった悔しさを思い出し、彼の想いに同調した。
「任せろ後輩!」
先輩はきっと君が誇らしいと思える成績を残してやるからな!
ぐわしっと、腕相撲するみたいに天羽くんの手を握って健闘を称え合っていると、出来立ての料理が乗ったトレイを持ってきた久家くんが無言でトレイをテーブルに置いて、私たちの手をやんわり引き剥がした。
眉間にしわを寄せて気に入らない風に天羽くんを見下ろしているそのお顔は過保護パパモードに入っているらしい。
「私は後輩と特待生の誓いをしていただけだよ」
「手を握る必要はないだろう」
別に変なことをしていたわけじゃないと説明するが、久家くんの理解を得られなかった。
そのやり取りを見ていた対面席の天羽くんがフッと鼻で笑う。
「久家先輩にはわからないでしょうね、僕たちの覚悟というものを」
「なに……」
「僕たちは学力という武器であなたたちのようなエリート出身者を圧倒してやるんです!」
天羽くんの瞳は燃えていた。もう彼は出会った頃の幼い少年ではない。
意地とプライドに燃えた医学部特待生の器である。
わかる、わかるぞ、私もそういう風に燃えていたもの。
その姿が何かと被ったのか、久家くんは遠い目をした。
ちらりと私を見て、ふぅ、と諦めたようにため息を吐き出す。
「もうすでに莉子に圧倒されっぱなしだから間に合ってる」
いやぁ照れますねぇ。
◇◆◇
「あの、ちょっといいですか」
それは女子トイレ内での出来事だった。
パウダールームブースで軽く化粧直ししていた私の背後にずらりと女子の集団が出現した。彼女たちの後ろは小畑さんがいて、なんだかそれが中高生がやるような集団いじめの構図に見えた。
「何?」
「心陽が久家先輩の事好きだって知っていますよね? なんで邪魔するんですか?」
……なんで恋愛事に第三者が口を挟むんだか。なんで友達に言ってもらうんだろう。
病院見学の時も手を抜けと言われてるようで不快だったけど、小畑さんのそういうところ、本当に気に入らない。
他人任せなその姿勢、本当好きじゃない。
「人聞きの悪いこと言わないで。邪魔しているのはそっちでしょ」
「な……何その言い方! あんたがいるから久家先輩はあんたに気を遣ってしまうんでしょ!」
「彼女でもないくせに接近しすぎだってわかんないんですか!?」
「久家先輩の家の病院目当てなんでしょ、この人伝手がないから」
ピキピキッとする。
先輩に対する礼儀というものを知らないのか……言うに事欠いて……! 小畑さんも自分の事棚に上げて悲劇のヒロインぶってんじゃないよ! 集団で寄り固まってひとりを弾劾するとか暇人か!
「あいにく私は、実習や学会で知り合ったお医者さんからもうちの病院に就職しないかってお誘いいただいてるんだ。私は優秀な成績を修めている特待生だからねぇ」
久家くんの病院への就職狙いだから接近しているという事実無根な話は否定させてもらおうか。
特待生という特権を強調して見せると、彼女たちの顔が渋くなった。
「何を誤解しているか知らないけど、彼の家の病院見学は院長先生直々に誘われたから行ったの。何か文句あるなら久家くんのお父さんである院長先生に言ってみたら? 小畑さん、あなたのお父さんが知り合いなんでしょ?」
その行いでどれだけ印象が悪くなるか理解していればできないだろうけどね。
「そもそもあなたの行動が久家くんの学業の妨げになってるってわからないかな。好きだから、振り向いて欲しいからばかりで、あなたからは久家くんへの気遣いが伝わってこない」
盲目になりすぎて周りが見えていないにもほどがあるだろう。
自分の感情を最優先しすぎて、そこには久家くんへの思いやりが一切見られない。私はそこも気に入らないのだよ。
「あなただって久家先輩につきまとってるじゃない!」
「確かに私は久家くんと一緒にいる機会が多いけど、少なくとも私は久家くんの顔に見惚れて、課題を一問も解かないなんて間抜けな行動はしていません」
友達の後ろに隠れているだけだった小畑さんが私に反論してくるも、私はそれさえもあしらってみせる。
「言ったでしょ、私は特待生なの。特待生は学年トップレベルの成績を維持しているの。久家くんは私と勉強すると捗るから一緒に勉強しているの。こうして徒党組んでつまらないことしてるあなたとは違うの」
「つまらないって! 友達は私を心配して……!」
「こんなことしてる暇があるなら、問題の一つでも解いてたらどうなの。今年の1年生の特待生とあなたたちって、後期試験ではどのくらいの差が生まれているんだろうね?」
化粧品を片付け、カバンに収納すると、通せんぼしていた女子の集団に「どいて」と圧をかける。
私の迫力に負けて道を作ったので、そこを突破した。
はーやれやれ。大学生にもなってこういう手段に出てくるとは。呆れた。
「なにあのババァ!」
「むかつく!」
トイレ内で私を罵倒する声が聞こえてきたが、聞かなかったことにする。
知らん知らん。もう関わりたくありません。
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