森宮莉子は突き進む。 | ナノ
戯言【久家拓磨視点】
最近、莉子は髪型に凝っている。
今日は髪を軽く巻いて、ゆるくポニーテールにしていてかわいい。
他の女性も各々めかしこんでいる姿が視界に入っても、俺がかわいいと思うのは莉子だけだった。
動くたび揺れるポニーテールが男の本能を揺さぶるのか。
否。それが莉子の髪だという単純な理由だけだろうが。
細い首に流れる後れ毛は莉子の肌の白さを強調している。
穴の空いていない耳たぶには何もつけられていない。俺自身女性のアクセサリーにこだわりはないが、莉子の耳にはピアス型の小さなイヤリングが似合いそうだ。主張しない慎ましいデザインのものが。
俺から贈ったらつけてくれるだろうか。
薄くもなく分厚くもない耳たぶ。莉子の耳たぶを触りたい衝動に駆られたが、ぐっと我慢する。
今は医学部の関係者のみが参加できる飲み会の真っ最中だ。周りの目があるし、恋人でもない自分がそんなことしたらセクハラ扱いを受けるに違いない。
向こう隣に座っている廣木さんと話す莉子を横目で見つめていると、「お隣失礼します」と言って後輩が莉子と自分の間に座ってきた。
自然な動作すぎて阻止する隙もなかった。
「久家先輩、お酒飲まれないんですか?」
「今日は車で来たから」
莉子と引き離されてムッとしたが、相手は父の知り合いの娘。そして俺もその人を知っているから無下にはできない。
「じゃ、私と一緒にノンアルコールで楽しみましょ」
後輩……小畑さんは今年入学したばかり。誕生日を迎えていたとしてもまだ飲酒できない年齢のためウーロン茶を頼んだようだ。おとなしそうな子だと思っていたけど、なかなかぐいぐい来るな、この子。
「──それで、私びっくりしちゃって」
「佐野先生は人を驚かせるのがお好きな人だからな、俺も一度味わったことがある」
共通の話を持ち掛けられたので、付き合いだと考えて会話に乗る。
莉子は廣木さんと話しているし、その間の暇つぶしと思えばいい。
「佐野先生は私の父と同級生で」
「うちの卒業生だったな」
「はいそうなんです。久家先輩のお父様は別の医大でしたっけ?」
変に自分の情報を出しすぎぬよう、誤解を招かないよう、当たり障りのない返しをしていた俺は、莉子の行動に気づくことが出来なかった。
なんせ間に小畑さんがいるから視界が遮られていたのだ。
「莉子、それ私のモスコミュール!」
廣木さんの咎める声にぎょっとした俺は小畑さんとの会話を切り上げて、サッと席を立った。
「私のジンジャーエールじゃない……?」
「莉子のはこっちにあるでしょ、どうして間違えるの」
「君は一体何をしているんだ!」
一体どこを見て飲食しているのか。
酒に弱い莉子はもうすでに顔が真っ赤だった。
「大丈夫、全然」
へらへら笑っているが、それは全然大丈夫じゃない人間が言う言葉である。
当然だ。モスコミュールはウォッカベースの酒で度数10%以上。アルコールに弱い体質の人間には強すぎる。
これはすぐにダウンする可能性大だな。辛うじて意識……今でも危ういが、受け答えできる間に帰らせた方がいいかもしれない。
「仕方ないから、送ってく」
「わたし一人で帰れる」
「酔っ払いの戯言は聞かない」
「ひどい」
両手で顔を隠してしくしくとウソ泣きをする莉子。これは完全に出来上がっているな。素面の彼女ならこんなこと絶対しない。
ちょっとかわいいとか思ってしまったけど、それはそれ、これはこれである。
「すみません、俺たちはこれで失礼します」
始まったばかりの飲み会だが、機会は又あるだろう。
参加者に聞こえるよう辞去の挨拶をすると、ヘロヘロになった莉子の腕を自分の首に回した。何やら莉子がむにゃむにゃ文句を言っているようであるが、酔っぱらいの言うことだ。たいしたことではないだろう。
「え、久家先輩帰るんですか?」
「あぁ、小畑さんもあまり遅くならないうちに帰宅するんだぞ」
呼び止める様に声を掛けてきた小畑さんは、「莉子を送り届けてからまた戻ってきて」的な事を言ってきたが、俺は「片づけたい課題もあるから、もう帰るよ」と受け流し、店を後にした。
「ほら、莉子シートベルト締めるからな」
会場傍のコインパーキングに停めていた愛車の助手席に莉子を乗せる。
酔いが回っていて自分でシートベルトを締められなさそうだったので、座っている彼女に覆いかぶさるようにしてタングプレートをバックル部分に差し込んだ。
「久家、くぅん…」
舌足らずに呼ばれた俺は反応が遅れた。
彼女がこちらへ両腕を伸ばして、俺の首を抱き込んできたからだ。
「莉子…?」
まさかの行動に俺の頭は真っ白になる。
ドクンドクンと脈打つものは、俺の心臓だろうか、それとも莉子の……?
彼女の柔らかい香りにくらくらしそうになるが、俺はグッと堪える。
「どうした? 気分が悪いのか?」
震える手を持ち上げて、絡みついてくる腕をそっと叩く。
彼女は酔っぱらいだ。勘違いするな俺。
自分の心にそう言い聞かせながら、莉子に対しては優しく問いかけた。
「んー…」
莉子はぐりぐりと頬ずりしてきた。甘えるようなその仕草はまるで幼い女の子みたいである。
彼女にもこんな面があるんだなと少し微笑ましい気分になっていたが、いつまでもこの体勢でいるのは俺がきつい。
「ほら、家まで送ってやるから腕を」
「他の女の子となかよくしちゃやだ…」
宥める俺の言葉を遮るようにして言った莉子の言葉は嫉妬であった。
え? 今なんて言った?
俺の願望による幻聴……?
またもや思考停止しかけていた俺の様子に今の莉子が気づくはずもなく。
「私だけにして、他の子に優しくしないで……」
幻聴じゃなかった。
そんな、嘘だろ。
ずっと自分が願ってきた事が現実になったというのか。
これは、もしかしなくてももしかするかもしれない。
「莉子……莉子?」
スヤァ
彼女の本心を更に聞き出そうとしたら聞こえてきたのは安らかな寝息だった。
ずりりと脱力した腕が俺の体からずり落ちる。
莉子は寝ていた。
「……はぁ、これも酔っぱらいの戯言なのか?」
歓喜の瞬間から叩き落とされた気分である。
スヤスヤと無防備に眠る莉子を、このまま自分の家まで連れて帰りたい気持ちを抑え込む。
投げ出された莉子の腕をしっかり座席に収めると、俺は運転席に乗り込んだ。
本音を言えばキスをしてしまいたいが、彼女は酒を飲んでいる。そして俺の理性が止まらない自信しかない。
だから今回は何もしない。
家まで安全に送り届けると、すっかり顔見知りになったおじさんが応対してくれたので泥酔した莉子を預けた。
「ごめんね送ってくれてありがとう。お茶でも飲んでく?」
「いえ、今日のうちにやっておきたい課題があるので、俺はここで失礼します」
「そっか、気をつけてね」
ご両親にはいい印象を与えておきたかった。
だから自分の行動は間違ってない。これでよかった。
明日になって目が覚めた時、きっと彼女はあの時の発言を綺麗サッパリ忘れているだろう。
そこに深い意味はないのかもしれない。
正に酒が入った上での戯言かもしれない。
それでも俺はものすごく嬉しかった。
莉子が独占欲を晒してくれたという事実がそこにあったから。
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