森宮莉子は突き進む。 | ナノ
素人による素性調査はおすすめできません。
「土曜にさ、街中で久家くんのおばあさんに捕まって嫁の心得を指導されたんだけど、また家族に誤解されるようなこと言ってない?」
「えっ!?」
大学で久家くんに会ったとき、挨拶もそこそこに私はクレームを入れた。
あの日のうちにメッセージで文句をつけてもよかったんだけど、文字じゃうまく伝わらないと思ったので直接顔を見て言おうと思って。
「うちの祖母が? 本当に?」
久家くんは目を丸くして信じられないといった顔をしていた。私がこんなことで嘘をつくもんか。
「久家絹枝さんって名乗っていらっしゃったよ。街中で偶然と言うには不自然だし、待ち伏せしてたのかもね。会ったこともないのに顔や名前も把握されていたし」
「なんか……ごめん」
おばあさんの名前を出すと、久家くんは本当の事なのだと信じてくれた。
「久家くんとは無関係ですって否定してもわかってくれなくて大変だったんだよ。久家くんの口からも否定しておいてね」
あの様子じゃ、隙あらば私に絡んできそうな気がする。
だからそのようなことが起きないように対処してくれと私が念押しすると、久家くんは苦々しい表情をしていた。
対応すると彼が頷いてくれたのでこれで一難は去ったと思っていた。
「ここが拓ちゃんの通う大学なのね! あ、こちらお友達?」
何を思ったのか、おばあさんもとい久家絹枝さんは大学に乗り込んできたのである。
大学関係者でもなく、外部のいわゆる聴講生という存在でもなく、社会人学生でもない絹枝さんは目立っていた。
孫の友人を捕まえては「孫をよろしく」と挨拶して回っている姿を見ていると、私は久家くんの苦労を想像して同情してしまった。
「おばあちゃん…頼むから帰って」
久家くんが帰ってくれとお願いするも、絹枝さんはなぜ? どうして? と首をかしげるのみ。
彼だけが祖母参観状態で恥ずかしい状態なのを理解してくれないらしい。
あぁ、ひとりっ子のひとり孫って愛が集中しているんだなぁ……と他人事の様にそれを眺めていると、ばちっと絹枝さんと目が合う。
そして彼女の目がじとっと細められた。何かいけないことを見られたような気分にさせられるのはなぜなのか。
「──森宮さん? お隣の殿方はどなた?」
「えっ……後輩ですけど?」
咎めるような言い方に内心不快に思いながらも、たまたま隣にいた1年の天羽くんを後輩だと説明するも、絹枝さんの目は疑いに満ちていた。
「本当に? 拓ちゃんというものがありながら不貞を働いているんじゃないでしょうね?」
あれだけ否定したのになんというものの言い方だろう。
不貞も何も、何の関係もないよ。
「あの、本当にただの後輩です。僕、森宮先輩と同じ特待生なんで色々アドバイスしてもらってて」
絹枝さんの態度に呆れて口を閉ざすと、慌てて天羽くんが否定する。
しかし彼女の視線は依然として鋭いままだ。
「特待生、ねぇ……」
「天羽くん、行こう」
天羽くんを注意深く観察する始末である。否定しても弁解しても意味がなさそうだ。
初対面では久家くんのおばあさんだからと色々我慢していたけど、対話をするのをあきらめた。
私は対話を諦めて踵を返すと、天羽くんを連れてその場を離れた。関係者しか入れない医学部キャンパス施設内に入ってしまえばこっちのもんだ。
今は鬱陶しいけど、そのうち飽きるだろう。…と思って放置していた。
しかし想像以上に絹枝さんはしつこかった。
通学中にどこかで見張っているのはもちろんのこと、大学の図書館で勉強しているときも監視される。そして大学の食堂で食事しているときも少し離れた席でじっとこちらを見つめているのだ。
医学部キャンパス内のカフェテリアで済ませるべきだったか。
でもここじゃないと学食フリーパス使えないし。
「……なんかごめん」
一緒に食事している琴乃に謝罪すると彼女は苦笑いして「いいのよ…」と返してきた。
その目は同情に満ちていて、いたたまれなくなる。……女友達との食事の時くらい監視から解放してほしい。
久家くんにはほとぼりが冷めるまで私との接触を控えてくれとお願いした。彼は不満そうだったが、一緒にいるところを見られようものなら絹枝さんの誤解は更に複雑化していく。
私は早期解決を望んでいるのだ。
私に平穏をくれ。勉学に集中させてほしいのだ。
「莉子ちゃん、琴乃ちゃんやっほー。今日は何食べてるのー?」
そこにニコニコ顔の北堀くんが近寄ってくると、それまで監視するだけだった絹枝さんが動いた。
「森宮さん、その殿方は」
「友人です。言っておきますけど、拓磨さんと仲良くなるよりずっと前から親しい友人ですからね」
異性と会話しただけでこの過剰反応。
この人は明治時代辺りからタイムスリップしてきたのだろうか。
「同じサークルの北堀っていいます。……どなた?」
「久家くんのおばあさん」
「ほー……なんで莉子ちゃんに?」
私に聞かないでくれ。
言っても理解してくれないんだもの。
「サークル……いかがわしい集まりじゃないでしょうね?」
「いかがわしくないです。教養サークルという知的好奇心を満たす、学びのサークルですね」
中にはいかがわしいサークルもあるだろうが、うちは健全な集まりである。
いらぬ誤解をされそうだったので、そこはしっかりと否定しておいた。
◇◆◇
「バイト先に知らないおばあさんが来て、お姉ちゃんのこと色々聞いて来たけど……何か知ってる?」
バイトから帰宅した妹に言われた言葉に頭が痛くなった。
嘘でしょ……あの人美玖にまで……
「多分、久家くんのおばあさんだと思う……」
「そうなんだ?」
でもなんで? と美玖の目が疑問に満ちている。
嫁候補だと誤解されて監視されているのだと言いたいけど、話したら余計に誤解が深まりそうな気もする。
私が頭を抱えていると、美玖が慌てて「まずいなと思ったことは答えなかったから!」とフォローしてくる始末である。それはどんな情報なの。何を聞かれたの美玖ちゃん。
「差し入れのために持って帰るって言って、お弁当セット30セットもお買い上げしてくれたよ」
あの人は美玖のバイト先の売り上げに貢献して帰っていったらしい。
バイト中に素性調査のようなことをしたお詫びのつもりだろうか。
「あぁ、うちの病院にも来てたよ。お金持ちそうな老婦人でしょう?」
お風呂上がりのお母さんが口を挟んできて私の頭痛は更に増した。
私は嘘でしょ? と問うたが、お母さんは嘘じゃないと言った。
「医療法人佑親会系列の名誉院長夫人がやって来て、御指名を受けて色々聞かれたけど……久家くんのおばあさんだったのね」
その医療法人名はまさに久家くんのおうちが経営する病院団体だった。しかも業務中のお母さんを指名して聴取する始末……。頭痛どころかめまいまでしてきた。
あの人、本当に何なの。この調子だとお父さんの会社にも突撃してきそうな勢いじゃないか……
「そういえば久家くんは元気?」というお母さんの言葉が耳から素通りする。
そのあとリビングでくつろいでいたお父さんに恐る恐る尋ねると、「あぁなんかそんな感じの人来たよ。大口の取引が成立しそうだって営業の人がお礼言ってきた」と返されて、私はとうとう床に突っ伏してしまった。
なんで商談してるのあの人。
一体何なの、何が目的なの……!
私の中で怒りと困惑と疑問がせめぎ合い、複雑な感情に襲われたのであった。
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