森宮莉子は突き進む。 | ナノ
失恋によるストレスが免疫システムを混乱させます。
目の前の光景を前にして、居ても立っても居られず、私は三輪さんに声を掛けた。
「…ここは私の席だよ、自分の席に戻って」
久家くんを庇うようにして牽制すると、三輪さんは一瞬むっとした顔をしていたが、すぐに小馬鹿にしたように笑っていた。
その態度は完全に私をナメている。
「空気読んでくださいよ、向こうに座ればいいじゃないですか」
こんの小娘……先輩に対する態度というものを学べよ。仮に上下関係がなかったとしても失礼な態度すぎるぞ。
なんで私が空気を読んでやらねばならんのだ。
「ねぇ、どいてと言ってるの。…今年の新入生は揃って耳が悪いのかな?」
「……は?」
一度言ったらすぐに理解してよ。難しいことは何も言ってないでしょ?
さっきの男子といい、どうにも鈍感だな。
「あなた、久家くんと近づきたいからって、連絡先交換を条件に他の男の子を使って私の足止めさせてたんでしょ。生憎、ついこないだまで高校生だった子供には興味ないの。残念だったね?」
誕生日を迎えてなかったら、ストレート入学1年生の子はまだ18歳だよ?
幼い男の子相手に心揺れるわけが無いだろう。犯罪に手を染めているような気分になるだけだ。
三輪さんから睨まれるが、受けて立つ姿勢で私も睨み返した。
本来私は争いごとなんか好きじゃないけど、今日は戦いたい気分だった。ましてや1年に舐められたまま終わるなんてプライドが許せなかった。
「……莉子の気分が悪いみたいなのでお先に失礼します」
しかしそこに終了を告げる言葉が降りてきて私は我に返った。
「え、久家くん? いや私酔ってないけど。飲んでたのジュースよ?」
「はいはい」
なんか勝手に酔っぱらい認定されて、私は引っ張られる形で退店させられた。
背中を押されながら歩かされていた私は不完全燃焼な気持ちでしかめっ面をしていた。
「俺のことを庇おうとしてただろ? 相手が逆上してきたら危険と思ったから引き離したんだ」
私の行動の意味を理解していたと言う、久家くんから宥めるように言われた。
確かに君を庇う目的もあったけど、それだけじゃないのだ。
「久家くんの事だけじゃないよ。なんか私自身も侮られてるみたいで腹が立った」
なんで会話もしたことのない後輩にあんなやり方で陥れかけないといけないのかと腹を立てているのだ。私にだってプライドってものがある。許せないことだってあるのだ。
「あの男子学生にしたって、頼まれたからって言い寄ってくるとか、馬鹿にしてんのかって」
他の男とお近づきになりたがってる女に協力して、連絡先教えてもらって嬉しいの? 私には理解できない。
私はすぐに気づいたけど、そうとは知らず騙されて陰で傷つくような人もいるだろう。そういうやり口は気に入らないのだ。思い出すとイライラしてしまう!
「……莉子に言い寄ってきたのはどこの身の程知らずだ?」
私がひとりで思い出しイライラをしていると、ひっくい声で久家くんが尋ねた。
隣を見上げると、彼が怖い顔でこちらを見下ろしているではないか。
なにこの状況。
なんで私に怖い顔するの。私が怒られているみたいでやだ。
「相手も本気じゃないし、二度とふざけた事しないように睨んでおいたから大丈夫」
手をプラプラさせてこの話は無しと終わらせると、今度は久家くんが煮え切らない表情でイライラしていた。
なんで君がそこまでイライラするの。共感しちゃった?
◆◇◆
「あ」
大学構内をひとりで歩いていると、こちらに向けられた呟きが聞こえたので視線を向けると、Tシャツ姿の少年がこちらをまっすぐ見ていた。
幼さが残る顔立ちをしたその少年は──…
「……君は」
「あ、あの、先日はとんだ失礼を。すみませんでした!」
その少年は先日の飲み会で私を足止めすべく、気があるそぶりで声を掛けてきた男の子だったのだ。
私は忘れかけていたけど、相手は私の顔をしっかり覚えていたようだ。顔色を悪くして深々と頭を下げられると、私がまるで怖い先輩みたいじゃないか。
私は彼の謝罪について何かを言うことはしなかった。
思い出すと腹が立つし、まだ許してやろうって気分にはなれなかったから。
「あの子と連絡先交換できたの?」
私を騙そうとしたことで収穫があったのかと聞くと、少年はピクッと小さく肩を揺らして、目を伏せていた。……なにやら苦笑いを浮かべている。
「いえ……失敗したので、怒られてしまいました」
「そう」
正直彼と三輪さんの間でどうなっていようと構わなかった。赤の他人のことだから。
医学部にもクズがいるとはわかっているけど、まさか面識のない後輩にまで嫌がらせに似たものをされるとは思わなかった。正直今年の1年にはがっかりしたよ。
「下手したら誰かを傷つける行為になるから二度とあんな真似をしないようにね。私は傷つきこそしなかったけど、がっかりした」
「はい…本当にすみませんでした」
私が心底失望したという目で少年を見つめると、その視線を直視できないのかそろりと目をそらされた。
本当に大丈夫かな。また気になる子が出来たら同じことするんじゃなかろうか。
じっとりと少年を見つめていると、少年がはっと何か他のことに気を取られた様子で別の方向に目を向けていた。
何を見てんだ。今は私と会話している最中なのに。
ちょっとむっとしながらも彼の視線の先を追うと、1組のカップルが並んで歩いている姿があった。男子学生は知人ではないけど、女子学生のほうは知っている。先日久家くんに迫った上、私を足止めするように仕掛けた看護学生1年の三輪さんだったから。
彼女は知らない男性をうっとりと見上げて、二人の世界を作り上げていた。
「私いつでも大丈夫です」
「じゃあ今晩おいでよ。ひとり暮らしだから気兼ねなくおいで」
「楽しみにしてまーす」
私と少年の存在に気づくことなく、横を通り過ぎる三輪さん。
おいおい、ついこの間まで久家くんに「私一途なんです」とのたまっていた女が何してるんだ……
ここまですがすがしいと気が抜けてしまう。
もしかしたら医学科の男子を狙って看護学科に入学した口かな。そういう女子たまにいるんだよねー。
男子学生も馬鹿ばかりじゃないので、本命がいる人や興味のない人ならそういう手合いは慣れた素振りであしらうけど、クズ人間は遊び相手として弄んでくるから女もタダじゃすまないことも多いのだ。
将来性で近づいた女と身体目的の男ってことでお似合いなのかもしれんが。
痛い目見なきゃいいね、と他人事の様に考えていると、じっと三輪さんを目で追っていた少年が一瞬泣きそうな顔で顔をクシャッとさせていたのを目撃してしまった。
……正直、どこが好きなのかは理解できないが、三輪さん、顔はかわいいもんね。
好きだったのか、利用されたとしても彼女が好きだったんだな、少年……
至近距離でハートブレイクする若人の姿を見てしまった私はうーんと唸る。
正直少年が失恋しようと知ったこっちゃない。後輩ではあるが、仲いいわけじゃないし、出会い頭に喧嘩を売られたようなものなのでこっちが気を遣ってやる必要はないのだ。
しかし、ここで見捨てたら私がもやもやするだけな気がして、足が動かなかった。
ふぅぅ、と思いっきりため息を吐き出した。
「少年」
「……はい」
「特盛スペシャル食べない?」
こういう時はお腹いっぱい食べてからその後のことを考えるのだ。空腹のときに考えたって考えはまとまらないのだから。
私は少年に食堂で一緒にお食事しましょうとお誘いを掛けたのである。
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