森宮莉子は突き進む。 | ナノ
私とあなたでは認識の相違がありますね。
久家くんのお見合い相手の澤井さん。
何度もあの子が大学にやってきては久家くんに絡む姿を見かけた。
流石に関係者以外立ち入り禁止の講義棟や研究棟までは入ってこないけど、食堂や図書館など一般人も入場可能な場所であれば迷わず足を踏み込んで久家くんに付きまとっていた。
それは試験勉強に勤しむ最中でもお構いなしに。
「拓磨さん、今度新しくできたカフェに行きましょ?」
「澤井さん、今俺は試験学習中で…」
「きっと私たちはお話する時間が足りないんだと思います。もっと一緒にいる時間を作ればきっと私のこと気に入ってくれるはずです」
人の話を聞かないタイプだな、この子。そして相手の都合を考えない性格でもありそう。
勉強する人が集まる図書館で、目の前でデートの誘いをされると流石に耳障りである。
「……俺にはそんな暇がありません。お願いですから自習の邪魔をしないでいただけますか? 周りの人間の迷惑になるんですよ」
「やだ、ごめんなさぁい。……うるさかったですかぁ?」
わざとらしく私に確認してくる澤井さん。
そうですね、うるさいです。
集中が途切れてさっきから全然進まないんですが。
そもそもこの子、自分のことはいいのだろうか。楽単…比較的簡単に単位を取得できる講義だからって理由つけてうちの大学へ通っているけど、同じ時期にそちらも試験があるんじゃないだろうか。
いくら久家くんのお嫁さんになりたいからってそちらを疎かにするのはあんまり誉められたことではないと思う。
私は諦めた。ここにいたら時間の無駄である。
開いていたテキストやパソコンを静かに閉じると帰り支度を始める。
「莉子、もう帰るのか?」
「うん。あ、電車で帰るから大丈夫だよ」
それに気づいた久家くんが私に合わせて帰り支度を始めたのでそれを阻止すると私はさっさとその場から足早に立ち去った。
勉強に集中できなかったって言うのが理由の一つだけど、あの女の子と久家くんの姿を見ると、嫌な気分になるからこれ以上一緒にいたくない。
家の付き合いと関係する人だから、いつものようにあしらえないのだろうけど、久家くんの弱腰な態度も見ていてイライラしてしまって、私はそれに対してツンケンとした態度を取ってしまう。
そんな自分が理解できないし、止めたいけど、冷静に接そうとしたら尚更冷たい対応になってしまうのだ。
鼻がツーンとする。外が寒いせいかな。
…家に帰ったら温かいもの飲んで、仕切り直そ。
◇◆◇
「久家くんにつきまとってる子、婚約者って噂だけど本当?」
「さぁ。本人に聞いたら?」
真歌に質問された私は、読んでいる本から目を逸らさず返した。
ひそひそと小さな声で「機嫌悪い?」と琴乃に尋ねてる真歌の声が聞こえてきて、余計にもやもやする。
なんで私に聞くんだ。直接本人に聞けばいいのに。
虫の居所が悪かった私は、講義がすべて終わるなり、図書館に寄らずにまっすぐ帰宅することにした。
だって今日も久家くんは澤井さんを引っ提げてくるでしょ。勉強どころじゃなくなるからしばらくは図書館通いを自粛することにしたのだ。
大学の正門を出て、いつも利用している駅まで徒歩で移動しようと一歩足を踏み出すと、黒塗りの高級車がスーッと視界に入り込んだ。
青信号中の横断歩道上に停まられたので邪魔だなぁと思いつつ、避けて通ろうとしたら、ウィーンと後部座席のウィンドウが開いた。
「君が森宮莉子さんだね?」
開いたウィンドウから覗いた男性。威圧的な声で確認された私は身の危険を感じて後ろに下がった。
誰だ、この人。
「君に話がある。乗りなさい」
「知らない人についていってはいけませんと両親に習ったので、お断りします」
怪しさ満点なのに車に乗りなさいと命じられた。しかし私は断固拒絶した。
のこのこ知らない人間の車になんて乗ったら誘拐されて内臓でも売り飛ばされるんじゃなかろうか。
「拓磨くんのことだと言ってもか?」
「……まずは名乗るのが礼儀じゃないですか」
不審者ムーブをいつまで続けるつもりだ。
ここまで来たら誰の関係者なのか予測ついてきたけども。
「澤井清治と言えばわかるかな?」
「……久家くんのお見合い相手の関係者がなぜ私のことをご存じで?」
澤井さんの父親である代議士さんがなぜ一介の医学生の前に現れるのやら。
驚きよりも呆れのほうが先にやってくる。大方、久家くんと親しい女子学生だから何らかの牽制をしに来たんだろうけど……過保護過ぎない? だってこの人の娘もう大学生じゃん。
「ここで話すのはなんだから移動しよう」
だから乗りなさいと言う澤井代議士の言葉に私は首を横に振る。
「お話を聞くことを条件に私に場所を指定させてください。あそこのカフェ。あそこであればお話に付き合って差し上げます」
私が指差したのは交差点向こうにあるチェーン店のコーヒーショップだ。シンプルと安さが売りで、大学生の憩いの場でもある。
「なっ」
「駐車場もありますからちょうどいいでしょう?」
私が指定したことに澤井代議士は反発しかけていたけど、私の態度が頑なだとわかると、しぶしぶ了承した。
突然やってきて礼を欠く行為を行っているのはそっちなんだ。場所指定くらいこっちにさせてほしい。
徒歩で指定したカフェに到着すると、先に到着していた澤井代議士は既に店内にいた。
学生で賑わう空間に居心地が悪そうである。
カウンターで飲み物を注文してから、彼の座る席に向かうと「失礼します」と告げて対面の席に座った。机の上に自分のスマホを置いて。
「では、そちらのご用件をどうぞ」
私の堂々とした態度が気に入らないのか、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる澤井代議士。
政治家様がそんな感情を露にしてやっていけるのだろうか。
「……拓磨くんとうちの娘の縁談が進んでいる」
「そのようですね」
「うちの娘は繊細な子なんだ。聞くに君はあの子を傷つけるような態度を取ったそうだね」
その発言に私は飲みかけたコーヒーを戻しそうになった。
傷つく……? どのへんが?
したたかに牽制してきたけど。傷ついている素振りなんて全くなかったし。
しかも迷惑を被っているのはこちらのほうなんですが。
「医学部に通っていることをひけらかしているようだが、所詮女だろう。口の回る女は可愛くない」
それを言ったら、あなたのお嬢さんも大概ですけど。
勉強している人が周りにいるのに迷惑考えないで騒ぐ上に、めちゃくちゃおしゃべりだし。
そもそも女性は男性よりもコミュニケーション能力に長けているからおしゃべり上手な人間が多いんだよ。女に口で勝てないって男性も多いのに何を言っているんだか。
「聞くになんの後ろ盾のない家庭出身だそうじゃないか。歴史ある久家家の子息の相手としてふさわしくない。身の程知らずと思わないのか」
……?
ぶちぶちディスられているなーと聞き流す方向に行こうかとしたけど、ダメだった。
なぜそこで久家くんのお相手の話になる? まさか、私が久家くんの彼女だと誤解されているパターン……?
「史奈のように華もなければ、愛嬌もない。飾り気のないつまらない女が私の娘に敵うと思っているのか」
そりゃあ、私は自他共に認める地味女だよ。勉強しか取り柄のないつまらない人間だと思う。
洋服は安価でカジュアルなものを着まわしているし、プチプラコスメしか利用しない。髪は染めてないし、ネイルだってしない。
だって私の最優先課題は学業だから。
私が目指すものとこの人の娘が目指すものは全くの別物。私とは別の人間なんだから違って当然じゃないの。そもそも澤井娘と戦ってすらないし、競うつもりもない。
「医師に華や愛嬌など必要ありません。医師に必要なのは知識と技能、患者さんと向き合う心です」
黙ってスルーしてやろうと思ったけど、黙っていられなかった。
華と愛嬌だけで怪我や病気に苦しむ人を救えるか? 華と愛嬌付き美女ドクターなら例外だけどさ。
そもそもあなたの娘さん、どこにも愛嬌なんてないよ。
「私を悪く言えば、縁談がうまく進むと思いました? 残念でした。私と久家くんはただの同期です」
恋人でも何でもないから、私を排除してもどうにもなりませんよ、と私が笑って見せると澤井代議士の浅黒い肌にさっと紅が差した。
私の名前と顔を調べたわりに、その辺は情報があいまいみたいだね。
久家くんの事っていうからもっと重大な話があるのかなと思っていたけど、しょうもない内容だった。時間の無駄だったな。
「それよりあなたの娘さん、自分の学業を疎かにしていますよ。まずはそちらを窘めるべきなのではありませんか?」
娘の縁談をうまくまとめたいのかもしれんが、それより娘のサボりのほうを諫めたほうがいいと思うな。
出席率が足りなかったら単位をくれない科目もあることだし。留年して苦しむのは澤井娘だから別に私が気にする事ではないと思うけどね。
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