森宮莉子は突き進む。 | ナノ
カトラリーは両脇に並べられている外側から使いましょう。
「莉子、冬休みは何するんだ?」
図書館へ移動している最中、隣にいた久家くんに問いかけられた私は「ん? 家庭教師のバイトだよ?」と返した。
「冬休みは家庭教師バイトで予定みっちりなんだよねー。ありがたいことに指名頂いててさー。受験目前だからみんな必死みたい」
長期休暇の時だけちょろっとお小遣い稼ぎで家庭教師のバイトをしているが、がっつりやらなきゃいけなくなってしまったのだ。短期間だしお金のためだと思えば割り切れるけどさ。
「ていうことはクリスマスもバイトか?」
「そだね、イブもクリスマスも午前から夜まで。お宅3件回るから大忙しなんだ」
正直掛け持ちは大変なので訪問先は絞りたかったけど、先方が私の能力を買ってくれててそこをなんとかと拝み倒されてしまったのだ。特別手当もつけてくれるとのことだからやるしかないよねー。
「久家くんは合宿かな?」
「合宿は年明けにあるけど……」
私がバイト漬けだと聞いて、なんだか元気がなくなってしまった久家くん。
なんでそこで落ち込むのかと考えていた私だったが、クリスマスという単語でとある可能性に気づく。
「まさか……クリぼっちがさみしいのか?」
だからその寂しさを私と遊ぶことで癒そうとしたとか……
……そもそも本命の好きな子はどうした。私と遊んでいる場合じゃないだろう。
「別にそういうわけじゃ……会えたらなと思っただけだ」
本人は否定するが、会いたいってことはやっぱり一人がさみしいんじゃないか。
実家に帰れば? とは思ったけど、ご家族が仕事でいない可能性もあるし、大学生男子としてはクリスマスに家族と過ごすのが少し気恥ずかしいのかもしれない。
「えぇと、30日や31日なら時間空けられるけど?」
会うだけなら別にクリスマスにこだわらなくてもいいだろう。
時間が空けられそうな日を提案してみたが、久家くんはふるふると力なく首を横に振っていた。
「いや……年末は俺が用事あるんだ」
「家の用事?」
「……まぁ、そんなものだ」
その時の久家くんはなんだか憂鬱そうな顔をしていた。
まぁ彼は大きな病院の跡継ぎ息子だし、いろいろと大変なんだろうとその時は深堀せずにひとりで納得した。
図書館で勉強中、何度も彼がため息をついているのがすごく気になったけど。
◇◆◇
怒涛の家庭教師バイトラッシュを終えて、やっと一息つけた年末。
自室で自分の勉強をしていると、傍らに置いてあったスマホがピコンと通知音を鳴らした。
画面を覗き込めば、そこには高校の時の後輩の名前が表示されている。
なんだろう、珍しいなと内容を確認すると、お食事のお誘いだった。
場所は知る人ぞ知る高級ホテルのレストラン。
ドレスコードはあるけど、自分の服を貸すので問題なし。そして費用は後輩の交際相手持ちだから、自前のパンプスさえあれば手ぶらで来てくれて構わないと書かれており、私は一度は断った。
しかし押しの強い後輩に押されて、カップルのデートに割り込むという何とも空気の読めない行為をすることになってしまったのである。
約束の日は後輩の下宿先であるマンションにお邪魔し、クローゼットの中からいろんな服を取り出しては合わされる事数回。服が決まった後はお化粧とヘアメイクまで彼女にお任せしっぱなしだった。
背が高くスタイルのいい彼女の服が自分に合うとは思わなかったけど、ワンピースだったので問題なかった。クリーム色のIラインドレスを身にまとった私は普段よりも大人っぽく、綺麗に見えた。
私でもこんな風に変わるのか。化粧の力ってすごい。
「莉子さん、お迎えが来たから行きましょう?」
「……しつこいようだけど本当にいいの?」
今回お誘いしてくれたさや香ちゃんは、本来彼氏と二人きりでロマンチックなデートをするはずなのに、何を思ったのか彼女はそこに私をねじ込む真似をした。
何度も聞いたよ。彼氏は何と言っているのかとか、悪いよとか、お邪魔じゃないのかって。
だけど彼女は決まってこう言う。
「いいのよ。今日はクリスマスの穴埋めだから。それに私が莉子さんとデートしたい気分だったの」
モデル級の美女ににっこりと笑って口説かれてしまった。
少し動揺したけど、それを表に出す真似はしない。
つまり、彼氏に対する仕返しで、負担を増やしてやろうという魂胆らしい。
食事のみと言えど、高級レストランのコース料理だ。お高いこと間違いなしであろう。
「前々からクリスマスの予定を立てて約束していたのに、それを破った彼が悪いのよ」
「…私がいることで余計にこじれても知らないよ……」
彼女の力で大変身した私だったが、そばにいるのが現役モデルの美女なので、少し肩身の狭い思いをしながら階下に降りると、ロビーに一台のタクシーが停まっていた。
そこから降りてきたのはスーツ姿の男性。隙のなさそうで近寄りがたい雰囲気を醸し出している。これまたイケメンである。
「遅いぞさや香」
「女性の支度は時間がかかるのよ」
美女の彼氏はやっぱり美男と決まっているのだろうか。
私が何度目かの後悔をしていると、男性のほうがこちらをちらりとみてきたので、私は深々とお辞儀した。
「こんばんは初めまして。森宮莉子と申します。本日はお二人のデートのお邪魔させていただきます」
「違うわよ莉子さん、今日は私と莉子さんのデートで、彼は付き添いだから!」
ご馳走になるのでせめて失礼のないようにと挨拶したのにさや香ちゃんが台無しにしていく。
当てこすりの様に言われた彼氏さんの表情がピクリと動いた。
「まだへそを曲げているのか。いい加減可愛くないぞ」
「…可愛くなくて結構よ!」
彼氏さんの指摘にむっとしたさや香ちゃんがふて腐れてそっぽ向く。
ほぉら、私がいたら絶対に素直になれずにこんな風にこじれると思った。
このまま私だけ離脱しようかと思ったけど、さや香ちゃんの彼氏さんである岩辺さんがタクシーに乗れと誘導するものだから私は険悪ムードなカップルに包囲されて気まずい時間を過ごしていた。
いいよな、タクシーの運転手さんは完全に他人事のように知らんぷりできるんだもの。
客を目的地まで運んで降ろせば自由の身だ。羨ましいなぁ!
有名ホテルのレストランでは、フルコース料理を出された。さりげ無くふたりの動作を見ながら気を付けて食べる。
さや香ちゃんがいいところのお嬢さんというのは知っているけど、おそらく岩辺さんもそれなりの生まれな人だと思われる。立ち振る舞いがね、なんとなく育ちの良い久家くんや琴乃を思い出させるのよ。
あれ、なんで私この人たちと食事してんだろうね……
「莉子ちゃん、お口に合うかな?」
「はい、とてもおいしいです」
岩辺さんから気遣われて、にこりと愛想笑いを返す。
これは嘘じゃないぞ。流石高級ホテルのお料理だ。普段なら絶対に食べられないから、よく味わって頂きますとも。
「莉子さんは残さず召し上がるのね。食べ方がキレイだわ」
すかさずさや香ちゃんが話しかけてくる。ごちそうになる立場だから残すのは失礼に当たるだろうと……え、残すのがマナーだったりする? 中国料理でもあるまいに?
自分の皿と彼女の皿を見比べると、彼女は全て食べずに残していた。
もしかして嫌いなものだった? 口に合わなかったの?
「さや香ちゃんは……?」
「年明けすぐに撮影があるから……本当は食べたいのだけどね」
さや香ちゃんの言葉に私は「そうなんだー」と返す。
なるほど、体型維持のためか。モデルさんは大変だね。
ごめんね、そうとは知らずに目の前でもりもり食べて。
「食事制限があるなら、別に埋め合わせは必要なかったんじゃないのか? ねぇ、莉子ちゃんもそう思わない?」
「えぇ……」
困ります。私に同意を求めないでください。
私が言い淀んでいるど、丸いテーブル斜め前に座るさや香ちゃんがタンッとワイングラスをテーブルに置いた。
……あれ、今イッキ飲みしなかった?
「クリスマスだったらまだ日が空くから調節可能だったの!」
消化しきれていない不満を吐き出したさや香ちゃんはギロリと岩辺さんを睨みつけていた。
これはあんまり良くない流れな気がする。
「外せない仕事だったんだから仕方ないだろ」
感情を出さずに淡々と返す岩辺さんはどことなく冷たく見えたが、おそらくこれはさや香ちゃんが感情的になっているから、自分までそれにつられぬようコントロールしているのだと思われる。
「アキくんはいつもそう! 私のことどうでもいいんでしょ!」
「そんなことない」
さや香ちゃんがテンプレな文句を吐き捨てると、岩辺さんが否定する。
なんだか岩辺さんの立場わかるかも。
医学部でもすれ違いで恋人と別れたと話す学生がたまにいる。学生同士でもあるんだから、大学生と社会人なら余計にすれ違うよね。責任が全く違うもの。
彼氏と過ごしたいさや香ちゃんの乙女心を考えると可哀相とも思えるけど、緊急を要する仕事だったなら責められない。
「じゃあなんでクリスマスの日私を一人にしたの!?」
その訴えに岩辺さんは眉を顰めて渋い顔をしていた。
難しいよね。私の立場に置き換えたら医学部の大事な講義と、男の子とのデート約束を天秤に測ること同然だし…しかも私に彼氏がいない時点で説得力がないという。
「莉子さんもひどいと思うでしょ!?」
「えぇ、生まれてこの方彼氏いない私にそれ聞くぅ?」
あえて回答は控えさせてもらった。
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