森宮莉子は突き進む。 | ナノ
お薬は水、または白湯で服用してください。
医師は薬を処方するので、薬に精通していると思われがちだけど、実際の薬のプロは薬剤師だ。
もちろん、医師も担当科で使用する薬に関してしっかり勉強をする。
だけど医師も万能ではない。薬には飲み合わせの問題もあり、うっかりということもあるのだ。
医療過誤を事前に止めてくれる彼らのおかげで、患者さんは守られていると言っても過言ではない。
医学生の私も普通の人よりも薬の知識はあるつもりである。薬学科の学生には負けるかもだけどね。
「おまたせしました、おまかせ焼き鳥8種盛2人前でーす!」
店員さんに運ばれて目の前に現れた焼き鳥の盛り合わせ。
塩が振られたものとタレがつやつや輝くものがずらりと並んでいた。
私はその中からつくねを取ろうとして目の前の同行者にちらりと視線を向けた。
がやがやとにぎやかな店内ではお酒の入った人たちの盛り上がる声が聞こえる。なのだが、相手はウーロン茶の入ったグラスを傾けている。そして私の手元にはコーラ。
私たちは居酒屋に来ておきながらソフトドリンクで乾杯していた。
ちょっと前に食事の約束をしていたこともあり、私のリクエストで彼が庶民向けのお店を探してくれたので今回の誘いに乗ったけど、今二人きりで食事するのは私が少々気まずかったりする。
先日の後夜祭の裏で盗み聞きしてしまった久家くんの好きな人のことがひっかかっているのだ。
久家くんの好きな人って誰だろう?
そもそも──久家くんと特別親しい女性っていたっけ? 少なくとも私は知らない。
私は対面の席でグラスを傾ける彼をじっと観察した。
よく見なくとも整った顔立ちをしている。なんで私こんなイケメンと焼き鳥囲んでるんだろう。
この顔で告白すれば即OK貰えそうだけど、今のところ恋の進捗状況はどうなっているのだろうか。
「なんだ? 俺の顔に何かついているか?」
「眼鏡がついている」
返答すると、それがおかしかったのか久家くんは一人で笑っていた。
今の面白かった? 真面目に返したつもりで笑わせる意図はなかったんだけど。
そもそも久家くんよ、私と食事なんか来る暇なんかあるのか。
「久家くんさぁ、私と一緒にいてもいいの?」
「どういう意味だ?」
私の問いに久家くんは怪訝な表情を浮かべた。
ちょっと遠回しすぎたかな。
「もっと他に食事に行きたい人がいるんじゃないかなぁって…」
「別に? 友人やサークルの人間とは定期的に飲み会行っているし」
そっちじゃない、意中の女性と行かないのかって話だ。
久家くんが好きになるくらいの女性だぞ? ちんたらしていて他の男にかっさらわれても知らんぞ?
読めない……。
彼が一体何を考えているのかが読めないぞ。
あ、もしかして私に相談があってこの場を設けたのかもしれない……恋愛の相談相手としては選択ミスだと思うけど。
「じゃあ私に相談したいこととかないの?」
「相談? ……プレシジョン研究の事で今度深堀りして話し合ってみたいことがある」
「学習意欲が高くてよろしい!」
「?」
うん、学生として正しい姿勢だよ。学業に熱中するそういう姿勢、私は大好きだ。
だけど私が求めている答えはそっちじゃないの。
好きな人ができたとか、そういう相談をしてほしかった。
誰が好きなの、と聞いてしまいそうな口につくねを突っ込んで話せないようにする。
だめだ。
なんか聞いてしまうのはまずい気がする。彼の好きな人のことを想像すると、ものすっごい胸がむかむかする。
応援したいのに聞きたくないってこれ如何に。
もぐもぐとつくねを咀嚼して一気にコーラを飲みこむ。
しゅわぁっと鼻の奥を炭酸が突き抜けてしみる。
「……酔ってるのか?」
「ジュースで酔えるわけ無いでしょうが!」
久家くんがお酒禁止っていうからソフトドリンク飲んでるけどさ、それならなぜ居酒屋に連れてきたと聞きたい。
テーブルに肘をついて頬杖をついてみる。
「ていうか久家くん、なんで車で来たの。お酒飲まなくてつまらなくない?」
私がお手頃なお店がいいと言ったから居酒屋を選択したんだろうけど、お酒飲める人が飲まずにいるのってつまんないんじゃないの?
そう思って聞いたら、久家くんは「運転できなかったら莉子を送れないだろう」と困った風に笑っていた。
……終電までには帰るつもりだったから、別に送り迎えしなくてよかったのに。
ていうか好きな子がいるのに他の女を車に乗せてもいいの? それとも今日から後部座席に乗るべき?
ぐるぐるひとりで考えていたら頭痛くなってきた。
普段こういう色恋ごとに関わることがないから余計に……
「ちょっと化粧直してくる……」
一旦席を離れてクールダウンすることにした。
◇◆◇
用を済ませて洗面台で手を洗っていると、奥の個室から女性が出てきた。
相手の顔を鏡越しに認めた瞬間、つい声が漏れる。
「あ」
「……」
私を見て敵対心を露にした相手は綺麗な顔を歪めつつ、隣の空いた手洗い場で手を洗っていた。
き、気まずい。
これまでの事もあるけど、先日の告白シーンを盗み聞きした立場としては複雑な感情に襲われる。
とはいえ、私は悪いこと何もしていないので彼女に愛想をふるまう気はないし、わざわざ話しかける気もない。態度から悪意が伝わってくるけど、それにいちいち突っ込む気にもなれなかった。
彼女は洗面台で手を洗ったら無言で化粧直しを始めたので、私はそろーっとその場から離脱した。
まさか同じ店に居合わせるとは。キャンパス内でもそうそう遭遇することなかったのに。
……なんか、クールダウンするつもりが、更に落ち着かなくなったな。
席へ戻ると、久家くんがメニュー表を眺めていた。新たになんか頼むんだろうか。
……彼女は、久家くんと私が居酒屋に来ていることを知ったら突っかかってくるだろうか。それともきっぱり振られたことでもう何も言ってこないだろうか。
わからん……恋すらしたことない私にはこういう時どう気を利かせたらいいのかわからん……!
気を利かせたらそれが悪い展開になってしまう可能性もあるし、触れないでおこう。告白盗み聞きしたことがバレたら軽蔑されそうだし。
このお店に彼女……弓山さんも飲みに来ていることを久家くんに話しても仕方がないし、2人が顔を合わせないことを祈るしかあるまい。
「莉子、飲み物どうする? 同じものにするか?」
「あ、次はジンジャーエールにする」
久家くんに言われて思い出す。そういえばさっきコーラ全部飲み切っちゃったんだ。
空っぽのグラスを店員さんが取りやすいように席の端に移動させていると、パキッと音がした。
「?」
なんだろう、この聞き覚えのある音。
「おいおい、酒で薬飲むなよー」
「だって食後に飲めって言われたからさー」
後ろだ。
後ろのテーブル席に座る会社員の手元には薬のPTPシートが。連れの人が止めているのに、そのサラリーマンはお酒で薬を飲んでしまっていた。
お酒で薬を飲んだら胃が荒れたり、効果が増強または減弱することがある。
ものによっては胃や腸の出血を引き起こして吐血や下血を引き起こすので、絶対に水かお湯で飲むべきなのに。
医学部生として口出ししたいけどあの人はもう飲んじゃってるし、手遅れか……。今飲んだものを吐けとは言えないし。
眉間にしわを寄せていると、前から視線を感じ取ったので前を見る。
すると久家くんが生暖かい視線を送ってきていた。
「な、なに?」
「いや、莉子の考えていることが丸わかりで面白いなぁって」
私の心丸見えってか。なんか恥ずかしいな。
「だって、飲酒しながらの服薬はまずいじゃない」
私がぶちぶち文句を言っていると、久家くんはフフフと笑っていた。
「お待たせしましたジンジャーエールです」
「あ、すみませんお向かいの壁側に座っている方にお水を持って行ってあげてください」
「はぁ……?」
私の飲み物を運んできた店員さんに久家くんがサラリーマンにお冷を持って行ってくれと頼んだ。
それには店員さんはぽかんとしていた。
「お酒で薬を飲むと色々まずいですよって伝えておいてください」
「はい、わかりました…」
すかさず私も伝言を頼む。
店員さんは最後まで不思議そうな顔をしていたけど、そのあとすぐに例のサラリーマンに水を届けてくれた。
「え!? 誰がそんなこと言ったの?」
「お向かいの席のお客様からです」
店員さんに伝言を伝えられた男性がこっちを見たので私は愛想笑いをして会釈しておいた。
悪いことは言わない。酒で薬を飲むのはやめなさい。
これ、未来の医師からの忠告だから。
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