森宮莉子は突き進む。 | ナノ
彼の好きな人
勝利の余韻に浸りながら、友人たちが先ほどまでいた場所に戻ると、とある人物が姿を消していた。
「あれ、久家くんは?」
私の雄姿をここで見てくれていると思ったのに。トイレかな?
その場にいた琴乃に聞くと彼女は微妙な顔をしていた。
「……実は、女の人に無理やり引っ張られて行かれたの」
「えっ?」
「本人は『大丈夫だからすぐ戻る』って言ってたんだけど……」
それでいないと。
これは文化祭あるあるな告白イベントか?
でも……今から告白する相手を無理やり引っ張っていく女性って…強引だな。
「……ちょっと探してくる」
心配になった私はクルッと踵を返した。
久家くんの女性恐怖症は完治には至っていないのに。余計に悪化したらどうするんだ。
「あ、若葉キャンパスの方向に向かっていたと思うわ」
琴乃は私を止めるでもなく、久家くんが連れていかれたであろう方向まで示して私を見送る。
それにうなずくことで返すと、私は小走りでグラウンドを駆けた。
外灯だけが頼りの暗い大学構内を歩く。人気がない場所なので私の足音がやけに大きく響いている。
若葉キャンパスの方向と言われただけで詳細な場所まではわからない。なのでしらみつぶしに探すしかあるまい。変な場所に引きずり込まれて襲われていないといいけど……
「どうして!? どうして私じゃダメなの!? こんなに好きなのに……!」
どこからかドラマみたいな告白セリフが聞こえてきちゃって、私は修羅場に足を踏み入れたかもしれないと少し後悔した。
しかもこの声は聞き覚えがあるぞ……
足音を極力立てぬよう抜き足、差し足、忍び足で、感情的な告白をしている人物がいるであろう場所に近づき身をひそめる。
建物に身を隠して顔だけをそっと覗き込ませるとそこには探していた人物が女性と向き合っている姿があった。しかし本人は私側に背を向けており、表情は見えない。
「ねぇ拓磨くん、わかっているでしょう!?」
彼女は泣きすがるような表情で想いをぶつけていた。
「……あなたが好きなのは俺の容姿ですか? それとも医学部生という立場? それとも実家の病院?」
それに久家くんは突き放すような言葉を冷たく吐き捨てていた。
うわぁ、きっつう。
「なんでそんなひどいこと……!」
「俺はあなたに好かれるような行動はしていない。それなのに好きだと言われるのは、別の要因から見てのことだと思う」
久家くんは自分を客観視して、目の前の女性の告白を分析していた。
私は久家くんの高校時代のことは琴乃や本人の口から話された内容しか知らないけど、こんな風に告白されるのは初めてじゃないんだろうなぁって感じた。
まぁでも久家くんの言い分はわかる。
今では仲間意識の芽生えで私に対して冷たく接してくることはなくなったけど、出会った当初のあのひどい態度をずっと取られ続けていたら絶対に好意を持つことはできなかったと思うもの。
彼女……弓山さんはおそらく久家くんから冷たい態度しか取られていないだろうから、それで好きですと言われたら別の部分が好き、もしくは打算で交際に持ち込もうとしているんだろうなぁって考えちゃうよね。
「……確かに、最初はかっこいいからって理由で君に惹かれたわ」
弓山さんは認めた。
久家くんの外見に惚れたと。
でも私はその理由はありだと思う。
美しいものに惹かれるのは自然なことだ。だってその相手との間に生まれた子は美しく生まれる可能性が高い。そうすればその子も配偶者に恵まれ、子を為しやすくなるだろう。
それは生物として繁殖する上での本能であると私は思う。
「でもそれだけじゃないのよ。拓磨くんは冷たく見えて優しいところがたくさんあるの。下心を丸出しの男と違って、何の欲も持たずに親切にしてくれるその態度を好意的に見ている女の子はたくさんいるのよ」
外見から好きになった。だけど内面も好きなのだと弓山さんは言った。
あー、なんかわかるな。
親しくなかった当初、私がトラブルに足を踏み入れた時、彼はそれを止めようとしたり、親身になってくれたもの。女嫌いなのに女性が困っていたら放っておけないそんな紳士的なところがあるんだ。
想像だけど、弓山さんは美人な上に男性に好まれやすい体型もしている。それで散々下心のある男性に嫌な思いをしてきたのではないだろうか。
──そんな中で出会った久家くんは特別に感じたのかも。
彼女の気持ちが理解できた。
久家くんは他の男とは違うって私も思っているから。
「……そんなにあの子が好きなの?」
…あの子?
彼女の言葉に引っかかったけど、私の疑問に答えてくれる人間はこの場に存在しない。
「比べるまでもない。彼女以上に俺の心を掴んで離さない女性は他にいない」
……!?
久家くんが、女性を語っているだと!? ものすっごい惚れこんでいるみたいなものの言い方じゃないか!
私は二重の衝撃を受けた。
「強い心、ぶれない志、人を想う優しさ……あなたにはそれがないんだ」
言われているのは弓山さんなのに、私はなんだかもやもやした。
久家くんて、好きな子いたんだ……
……誰だろ。教えてくれたらいいのに。
子どもみたいにいじけてしまうのは、久家くんと親しいほうだと思っていた自分の独占欲からなるものだろうか。友達を奪われたくない的な。
なんか、仲間はずれされたみたいな心境だ。
泣きじゃくる弓山さんの嗚咽を耳にしながら、私もどんよりした感情に襲われた。
……なんでこんな感情になるんだろう。
女性恐怖症を抱えながらも、彼に好きな女性ができたってことは喜ばしいことなのに。
ゆっくりその場を離れると後夜祭続行中のグラウンドに戻り、琴乃の隣に立った。
「あら? 久家くんは?」
「……見つからなかった」
私は壇上のイベントを見ながら答えた。
琴乃から視線を感じてはいたが、彼女の目を見返すことはしない。彼女は敏いからすぐに気づいてしまいそうだったから。
幸い、琴乃はなにも追及してこなかった。
「莉子、クイズはどうなったんだ?」
戻ってきた久家くんは、何もなかったかのように話しかけてきた。
私は今彼の顔を見たくなかった。なんだかいろんな感情でごちゃごちゃしていて、いつも通りの態度を取れない気がしたから。
「勝ったに決まっているでしょ。見事フリーパスゲットだよ」
「流石だな」
私のぎこちない態度に違和感を覚えなかったのか、久家くんは私を褒めてきた。
褒められたら嬉しいはずなのに、その時の私は複雑だった。
ねぇ、好きな子がいるのに私のそばにいてもいいの?
誤解されるよ?
そんなことを思いつつも、口に出せなかった。
ほかの女の子と付き合うことになったら、こうして話すことは難しくなるから。
彼の女性不信克服を応援していたはずなのに、意中の人とうまくいくことを望まない自分の矛盾した感情に私は自己嫌悪した。
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