森宮莉子は突き進む。 | ナノ
君は私のお父さんか。
「あの……っ!?」
「──お断りします」
呆れ半分にお断りしようとしたら、私の背後から何者かが抱き着いてきた。
そして勝手にお断りされた。それには目の前の先輩が渋い表情を浮かべている。
突然のことに驚き、硬直していた私はとっさに声が出なかった。
誰だ、神聖なるキャンパス内で痴漢行為を働くのは!
私がじたばた暴れると、私を抱えている人間が「暴れるな」と注意してきた。
この声はもしかしなくても久家くんか!?
なにすんだいきなり。痴漢みたいな真似して! 友達でもやっていいことと悪いことがあるんだぞ!
「なんだよ……いらないとか言いながら、しっかり彼氏いるんじゃん」
「いや、私には彼氏というものは存在しませんが」
後ろにいるのはただの友人です。彼氏は本当にいないんです。
先輩から裏切り者を見るような目を向けられた。すかさず否定したけど、なんか勝手に失望されてる。
私は先輩を失望させること何かしましたかね?
「莉子、もういいから行くぞ」
「ちょっと、なんなの!」
よくないよ。
なぜ君が私の代わりにお断りしているのか。そもそも君ほんの15分前まで研究室にいたよね、こんな場所で何しているの。
私は白衣姿のままの久家くんに腕を引っ張られてそこから引き離される。
先ほどまで一緒に歩いていた先輩は、こちら側に背を向けて立ち去っていった。
あぁ、同じ研究室の人なのに明日から気まずくなっちゃうな。
腕を引っ張られてどこへ連れていかれるのかと思っていたら、医学部キャンパス内のカフェテリアへ連れてこられた。時間が時間なので人気も少なく、隅のカウンター席でイヤホンをして勉強している人やスマホを見て息抜きをしている人がちらほらいるだけである。
訳が分からないまま、ここまで引っ張ってきた白い背中をじろりと睨み上げる。
「久家くん、研究を途中でほったらかしにするのはよくない。研究室に戻りなさい」
私が注意すると、久家くんは不満そうな顔をしていた。
「もうひと段落着いた。そしたら同じ研究室の人に莉子が来てたことを教えられたから追いかけてきたんだ。……研究室に来たならなんで声かけてくれなかったんだ」
「真剣に取り組んでいたから、邪魔したくなかったんだよ」
私だったらあの状況で、全く関係ないことで中断させられたくないもの。
用があったわけじゃないから伝言も頼まなかったでしょ。
そう言うと、久家くんはあんまり納得してなさそうだった。
いや、一生懸命研究しているところにたいした用でもないのに割って入っていくとかどれだけ空気が読めない人間なんだと眉を顰められる案件だよ。私はそんなに無作法な人間じゃないからね?
「もう帰るのか? それならこれから食事に行かないか?」
私服姿の私を見て、帰宅段階なのだと察した久家くんからのお食事の誘いに私は眉を動かした。
「まさか……また久家宅に連れてくつもり? もう無駄だよ。お見合いを断る口実にはならないと思うけど」
前回ネタ晴らししたから、私じゃ役に立てないし、他の代役を立てても、今更嘘くさいと思うよ。
そういえばお見合いはいつするんだろう。
どんな女性と会うんだろうか。……久家くんの深刻な女性不信を癒してくれる女性なのだろうか。
他人事なのに少し気になる。
「お見合いに関してはもう諦めた。一度会って断ることにしたから」
久家くんのさらっとした回答に私は何とも言えない気分になる。
相手の女性が一気にかわいそうになった。
「断ること前提なの」
「俺はその気がないのに向こうがしつこいんだ。一旦は断ったけれど、向こうの父親がうちの病院に寄付してることもあって、雑にも扱えないしで」
代議士という立場の人間なこともあって無下に扱えないのだという。
金か、金なのか……結局金なのか。
「お金の匂いしかしないお見合いだね。時代錯誤というか」
「全くだ」
今の時代でもそういうことってあるんだね。
そりゃそうか。順当にいけば、久家くんはお父さんの跡を継いで大きな病院の院長になるんだもんね。自分の娘を未来の院長夫人にさせたいという権力者の気持ちは……解らないけど、分かる。
「それより今晩、だめか?」
どうやら彼にとってお見合いよりも目先の食事のことが重要なようだ。
「さてはボッチ飯がさみしいんだなぁ? だけどごめんね、家で食事作ってもらっているからまた今度ね。前もって誘ってくれると嬉しい」
「じゃあ明日は」
「明日は研究室の人たちと飲みに行くから無理」
その直後、さっきまで一緒にご飯行こ? と懇願していた久家くんの目の色が変わった。
「酒は飲むな。いいか、絶対にだ。それと帰るときに連絡しろ。車で迎えに行くから」
「……。はいはいお酒は飲まないよ。なんか私お酒飲むと記憶飛ぶみたいだし。それに子どもじゃないんだから一人で帰れますー」
……まさか私ってものすごく酒癖が悪いんだろうか。それなのに酔っていた時のことを覚えていないという質の悪さだからこんなにも厳命されているんだろうか。
久家くんに再三迷惑かけているからこんな圧を掛けられているんだろうかと不安になってくる。
でも酒さえ飲まなきゃいいんでしょ。それなら大丈夫じゃん。
そもそも迎えに行くとか大げさである。お父さんでもあるまいし。
「久家くん、家のお父さんよりお父さんみたいじゃん」
「俺が莉子の父親なら、飲み会になんか絶対に参加させない」
「うわ、束縛親父は娘に嫌われるよ」
「束縛親父……?」
久家くんは親父呼ばわりに傷ついたみたい。
成人した大学生女子の行動をそこまでがちがちに縛るとか、久家くんの未来の娘は苦労するだろうなと、生まれてもいない彼の娘に同情してしまう。息子ならここまでならないのかな。知らんけど。
あいにく私は久家くんの娘じゃないので、言うことを聞いてあげる義理はない。
私にだって付き合いってものがあるんだ。ご承知おきいただきたい。
「それより、明後日以降なら時間作れるから、安くて美味しいお店、探しておいてね」
私がそう言うと、久家くんはハッとして自分の腰辺りをぱたぱたしていた。
ぼそっと「研究室に置きっぱなしだ」とぼやいていたので、大方スマホでも探していたのだろうか。
「莉子、送っていくからここで待っていて」
返事をする前に私をカフェテリアに残して、久家くんは着替えてくると更衣室のある方向へ足早に消えていった。
毎回車で送ってくれて本当に律儀な人である。
電車で帰れるから大丈夫なのに、過保護だなぁ。本当にうちのお父さん以上にお父さんである。
それにしてもボッチ飯がさみしいなんて久家くんにもかわいいところがあるなぁ。
研究所に仲良くなった人とかいないのだろうか。帰りにご飯食べに行ったりとかしないのかな。
同じ学年やサークル内にも友達や親しい先輩がいるのに私を誘うあたり、私はかなり信頼されている気がする。
なんかちょっと優越感である。
◇◆◇
昨日の今日だったので、研究室の先輩と会うのは気まずいと思っていたが、あの先輩があからさまに態度を変えたり、嫌がらせや悪口を言うことはしなかった。
あくまで何もなかった風に接する。
あぁいう誘いを無下にした場合、相手を罵倒したりしてキレてくる人間がいると知っていたので、先輩の大人の対応に私はほっとしていた。もしかしたら軽い気持ちだったからかもしれないけど。
「いいか、絶対に酒は飲むなよ。それと帰るときは連絡しろ。迎えに行くから」
「パパしつこい」
「誰がパパだ」
わざわざ私が配属された研究室までやってきて念押ししてきた久家くん。私がふざけて娘風に反抗すると真顔になった。
よほど私が飲酒することを恐れているらしい。そんなに私は酒癖が悪いのか。不安になるじゃないか。
研究室の人たちの前で失態を見せるのは勘弁だった。酒を飲まなきゃそれで済む。
そう思っていたのだが。
飲み会は内輪メンバーのみの参加だった。短い期間だけど共に力を合わせて研究してきた仲間たちだったので、和やかに穏やかなお食事会といった形で時間は進んでいった。
「すみません! 先ほど提供したウーロン茶はウーロンハイでした!」
変な味がするなぁと思いながらちびちび飲んでいたウーロン茶。
お店側が誤って提供したと知らされた後にはもう遅かった。
お酒だと意識すると、なんだかお腹の奥からカッと熱くなってきた。これ、アルコールだったんだ…。
飲んじゃった物は今更どうすることもできない。そして酔いは私を容赦なく襲ってきた。
「大丈夫れす、帰れますよ」
ウーロン茶と焼酎と割ったウーロンハイは一気に来た。
まだまだ理性が残っているうちに帰ったほうがいいと判断した私は、カバンからスマホを取り出した。
「森宮さん、本当に大丈夫?」
「このアプリでタクシー呼べるんれす」
例の先輩が心配そうに声を掛けてきた。
大丈夫だとスマホ画面を見せると、彼は私のスマホを手に取って言った。
「ちょっと借りるね、俺が呼んであげる」
アプリで手配するのに、彼はなぜかスマホを耳に近づけていた。
あれ、アプリならボタン一つなのに電話でタクシー呼ぶのね…と観察していると、先輩がぴくっと反応した。タクシー会社につながったのだろうか。
「早く迎えに来てやれよ。タクシーくん。じゃないと俺が連れて帰るぞ」
……。
なんだかとっても偉そうな配車要請だな。
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