森宮莉子は突き進む。 | ナノ
基礎医学の理解を深めましょう。
長い夏休みが終わり、9月下旬に入ってから大学の後期が始まった。
「妹が修学旅行に行ってきたからそのお土産」
久々に大学で会う友人たちに個別包装になっているご当地菓子を手渡した。
旅の思い出のおすそ分けの更におすそ分けである。
「へぇ、妹ちゃんって莉子と同じ高校だよね? 莉子の高校はどこ行ったの?」
「奈良とか大阪」
あんまり派手ではない旅行先だ。場所によっては中学の修学旅行でも行きそうな場所なので、そんな派手なことはなかった。
「私は沖縄だったなー」
お菓子の包装を開けながら真歌が言った。
いいな、沖縄。めちゃくちゃ楽しそう。海が綺麗だったという感想を聞いてうらやましくなる。
「私はフランスだったわ」
ここで格の違いを見せてきたのは琴乃である。
私はいまだに外国へ行ったことがないので、ものすごい格差を感じる。
「琴乃は私立高出身だもんね。あ、じゃあ久家くんもなのか」
そういえばふたりは同じ高校だったもんね。
自分の名前が聞こえたのか、近くの席に座って勉強していた久家くんが顔を上げてこちらを見てきた。
「あ、久家くんにもあげる。妹の修学旅行土産」
開かれたテキストの横にぽんと置くと、久家くんは「ありがとう」とお礼を言って受け取っていた。
「そうね、もっとも私たちは違うクラスだったけど…修学旅行というイベント上、久家くんは大変そうだった印象があるわ」
「廣木さん、余計なことは言わないでくれ」
言われちゃまずいことでもあるのだろうか。久家くんはすかさず琴乃に口封じを仕掛けた。
「なるほど、モテて目立ってたのね」
敏い真歌がしたり顔で推理すると、久家くんが渋い顔をしていた。嫌な思い出でもあるのだろうか。
そして自分の修学旅行を思い出し、とあることを思い出した。
「あーカップル増えるもんねあの時期! 告白ラッシュだったんだ!」
異常な数でカップル増殖したもんなぁ。それで旅行が終わったら別れている人が多数いた。
他人のことにはそこまで興味なかったけど、周りの人が噂するから自然と知っていたというか。
「大学入学式の時からしばらく、久家くん尖っていたから、高校の時もさぞかし女子に冷たい男だったんだろうなぁ」
あの時の様子を思い出せば、当時の高校生久家くんが女子に対してどんな態度を取っていたか想像できる。
私がニヤニヤすると、久家くんは胸が痛いとばかりに心臓のある部分を抑えていた。
どうした、持病の癪か。
「あの時のことは大変申し訳なく思っている…」
「あはは、別に意地悪言っているわけじゃないってー」
手をプラプラ振って、今は何とも思っていないことを伝えたけど、久家くんは自己嫌悪に陥っているようだった。
「莉子は? そういう人いなかったの?」
「え?」
真歌が身を乗り出して私に問うてきた。
まさか、私に恋愛話を強請っているの? 彼氏なんかいたことないのに。
「好きな人や、いいなって思っていた人いないの?」
やけに興味津々だな。真歌らしくない。
目の端でぎゅんと久家くんが首を動かした。こっちを凝視してくるその様子。なぜか固唾をのんでいる風にも見える。
なんだ、君も私の恋愛遍歴が気になるのか。
あいにくだが、私にそういう話を求めても無駄だぞ。
「修学旅行中、おひとり様ツアー敢行していた私に言う?」
さみしいさみしい修学旅行だったよ。
実に孤独だった。だから修学旅行で自分が写る写真は集合写真以外ないんだよな。ひとりで自撮りするのもさみしいし。だから期間中の写真はほぼ風景写真しかない。
「えっひとり?」
「同じグループがカップルばかりだったから、自分から抜けて自由に動き回ってた」
真歌がぎょっとするが、こちらにも訳があったんだ。誰が好き好んでカップル集団と旅行したいと思う?
でも割と楽しかったよ、たまに襲い来る孤独は置いておいて。
私は机に肘をつき、組んだ指の上に顎を乗せてフフ、と笑った。
「鹿せんべいはそれほど美味しくなかったな」
「…鹿せんべいなのに、莉子が食べてはダメでしょう」
琴乃に注意されてしまった。実は鹿せんべいは人間も食べられるんだよ。
鹿から「おま、嘘やろ」と言いたげな信じられないものを見るような目で見られたのは、旅行中の面白い思い出だ。
私の話にドン引きした友人たちは視線を彷徨わせていた。
すまんな、逆に気を使わせてしまったようだ。
「あー、えっと、妹ちゃんは意中の男の子とかいないの?」
真歌は話題をチェンジすることにしたらしい。
私の枯れた高校時代の話を聞いていられなくなったのだろう。
「うんいい感じの男の子はいるよ。モデルばりのイケメンなんよ。あれは妹にべた惚れしてると見たね」
私の妹はとても頑張り屋の魅力的な子だからなぁ。美玖はまだ恋心を自覚はしていないが、少なからず好意はあるだろう。
……お姉ちゃんよりも先に大人になってしまったのはなんだか寂しいけど、妹の幸せが一番。幸せならオッケーだ。
ひとりニヤニヤしていると、真歌が苦笑いしていた
「莉子は周りの人のことには敏感なんだね」
「そんなことないよ。自分のことにも常にアンテナ張りまくりだよ」
自分の頭にアンテナが生えているのを表現するべく、人差し指をふたつ立ててみると「それじゃ鬼だよ」と笑われた。
「うん、学業に関してはね」
「なに? その別の意味含んだ言い方」
周りから飛んでくる生暖かい視線に私は不愉快な気持ちになる。
久家くんを見れば、彼も微妙な顔をしているし。なんだよ、言いたいことがあるなら言えばいいのに。
「そういえば今度の研究室配属のことなんだけど、みんなどこに決まったの?」
もやもやしながらも、友人たちに尋ねると真歌からは「私は免疫ゲノム生物学分野」と返ってきた。
アレルギーや自己免疫疾患に関わる分野だ。今はアレルギーの人が多い上に、原因不明の免疫疾患も沢山あるので、とても重要な分野だと思う。その分野も面白そうだ。
次に琴乃は神経病理学分野らしい。
「可能なら、ALSの症例を担当したいわ」
ALSとは筋萎縮性側索硬化症という、脳神経の異常から筋肉が衰える難病である。本来は脳神経内科で確定診断される病気ではあるが、初期症状から整形外科や内科、耳鼻咽喉科を受診して、誤診されるケースがある。現在は進行を遅らせる対症療法しか治療法はない。
整形外科志望の彼女は将来のためにも、その研究に携わりたいと考えているようである。
担当範囲でなくても、知識さえあれば患者さんを該当の診療科へ的確に引継ぎできるもんね。本来の希望診療科以外の知識も持っておくに越したことはない。
普段机に向かってばかりの私たちだから、研究室配属では教科書では学べないことがたくさんあるに違いないから。
「莉子は一番人気の研究室配属が決まったもんね。ほぼ指名で」
そうそう、研究室にも人気があるのだ。研究内容もだけど、教授とか研究室のメンバーの雰囲気とかで選ぶ人もいるとかなんとか。
私はどこにしようかと悩んでいたところだったんだけど、研究室の教授から声を掛けられて是非にと言われたんだよね。そのあとでそこが人気で倍率の高い研究室だったことを知ったわけだが。
「プレシジョン医療学分野だろう。俺も希望していたが、抽選から漏れた…」
がくりと落ち込む久家くん。よほど入りたかったんだね……。
ここ、ガン治療に大きく関わる分野だもんね。久家くんの希望する診療科は腫瘍内科なので、尚更ここで研究したかったことだろう。
「あれなら私と変わろうか? 別に希望してた所じゃないし、私から教授に言って……」
「やめてくれ。そんなのむなしいだけだ。莉子は直々に指名されたのだからもっと胸を張るべきだぞ」
良かれと思ったけどお断りされてしまった。
いや、でも私本当に他の分野でもいいんだよ。だってどこもかしこも興味深くて楽しそうなんだもの。どこに配属されても熱中する自信があるな。
「でも久家くんの臨床薬理学分野でも文句なしじゃない? 私はそっちも楽しそうだと思う」
もしかしたら研究の成果が出て、新薬の発見をするかもしれないじゃん、と続けると、久家くんは肩をすくめた。
そうはうまくいかないだろうって言いたいのかな?
わからないよ? 医学は不思議の連続だからね。
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