森宮莉子は突き進む。 | ナノ
目が離せない【久家拓磨視点】
2人きりの旅行だときっと莉子が断ると思ったから、合宿という名目で泊まりの約束を取り付けたのは夏休み前。
彼女の出した条件は1泊のみということ。
1泊2日しか一緒にいられないが、それでも一歩前進したと思う。
なりふり構わず、泣き落としのような真似をしてまで彼女の了解を得るのはやりすぎだったと今では反省しているが、そこで自分のメンツを優先して遠慮していたら、彼女との距離は絶対に縮まらない。
海という特別なシチュエーションで彼女の心をどこまで開けるか。
あわよくば男女の関係になれたらという下心もあって、俺は柄にもなくはしゃいでいた。
海なのにラッシュガードを脱ごうとしない莉子は、下にスクール水着を着用しているのだと言った。
女子大生のスクール水着。
俺は莉子がそれを着用している姿を想像して動揺した。あからさまなビキニとかよりも、逆に危ない。それは表に出してはいけないものだ。俺が正気じゃいられなくなる。
急に与えられた刺激に悶える俺の姿を笑っていると莉子は勘違いしていたが、それならそれでよかった。
これではスクール水着が性癖な男だと勘違いされてしまうから。
サークル入会して以降しつこく絡んでくる看護学科の女子学生に絡まれて振り解くのに苦労していると、いつの間にか莉子の姿が消えていた。
呆れて一人でどこかへ消えたのかと思ったら、彼女は人だかりの中央で倒れている人間のバイタルチェックをしていた。
溺水したと思しき男性は真っ青通り越して真っ白で、見るからに心肺停止状態だった。そばにいる連れらしき若い男女グループはまさかの出来事に絶望した表情を浮かべていた。
──だけど莉子の目はまだあきらめていなかった。
心肺蘇生法は大学の実習で基礎を叩き込まれた。
実際には専用の人形を使っての実技経験しかないが、莉子は躊躇わずに気道確保し、その唇を知らない男性に重ねていた。
普通に考えたら人工呼吸だ。人の命を救うための行為だ。
だけどそれを目の当たりにした俺は初めに頭が真っ白になって、すぐ後にじりじりとした感情に襲われた。
2回呼吸を吹き込んで反応なしとわかると、莉子はすぐさま胸骨圧迫に移った。
彼女の動きは迅速で正確だった。患者を生き返らせようとするその姿はとても美しく、同じ志を持つ俺の心を打った。
見知らぬ男に人工呼吸する姿に嫉妬したり、莉子の医師の卵としての意識の高さに惚れ直したりと俺の心は忙しかった。
ぼーっと見惚れている俺の姿を見つけた彼女に叱責されるように呼び出されて我に返ったけど。
息を吹き返した溺水者に莉子はほっとした笑顔を浮かべており、ほんの少し泣きそうな顔をしていて、俺はそんな顔をさせるこの患者にまたもや嫉妬に似た感情を抱いた。
正直自分でも患者相手にどうかと思う。俺もまだ未熟者だということなのだろう。
気を取り直して海で遊ぶことにしたが、今回は合宿に参加しているため団体行動だ。遠泳かビーチバレーラリーに分かれることになった。
もれなく莉子も参加したが、彼女は終始無表情でビーチバレーをトスしていた。
あまり楽しくないのだろうかと冷や冷やしていると、ボールを追いかけようとした彼女が砂の中に埋まっていた不法投棄ゴミに足を取られて転倒しかけていた。
慌てて腕を伸ばし、彼女の体を抱き込むと自分の背中を犠牲にして砂の上に倒れこんだ。転倒した衝撃と莉子の重みが一気に来たけれど、莉子にケガなんかさせたくなかったので、そんな痛みや苦しみなんて大したことない。
彼女にケガがなかったことに安心するのも束の間のこと。
今度は人の手によって彼女は砂に叩きつけられていた。
何を隠そう、俺にしつこく付きまとう一学年上の看護学科の女子学生・弓山夏帆によって。
「何するんですか弓山さん!」
慌てて莉子を起き上がらせると、砂を被った彼女はしょっぱい顔で口の中に砂が入ったと呻いていた。
目立ったケガはなさそうだが、安全のためにもここから離れたほうがよさそうだ。俺はこのグループの年長者に視線で合図を送る。言葉がなくてもこの状況ならきっと察してくれるだろう。
弓山さんが嫌な目で莉子を睨みつけていたので、俺はそれから守るために莉子を水場へ誘導した。
全く迷惑な。莉子が怪我でもしたらどうしてくれるんだ。
こっちは再三拒絶の姿勢を見せているのに、自分の思い通りにならなければ、俺の想い人に危害を加える手段に出るのか。
だから女は嫌いなんだ。
──莉子はその中でも例外の特別だけどな。
せっかく合宿に誘ったのに、莉子は全く笑わない。
そりゃあそうだ。親しくない人間と一緒にいるのは緊張するし気を遣うだろう。その上勝手な妬みで突き飛ばされたんだ。楽しいとは思えないだろう。
俺はこの海で莉子に楽しい思い出を作ってほしかった。
一緒に旅行に来たのにつまらない思い出しか作らず、明日には帰ってしまうなんて流石にあんまりすぎる。
だからビーチバレーには戻らず、2人で別行動することを選んだ。
あの場に戻らなくても、男の先輩方は察してくれるはずだ。俺が想い人をこの合宿に誘った理由が、彼女と接近したいからだと理解してくれているに違いない。
莉子は勝手な行動をしていいのかと戸惑っている様子だったが、嫌でも明日以降も彼らと合宿するんだ。
それなら今のうちに莉子との時間を過ごしたい。
海に入ると、ずるりと莉子がずっこけた。
慌てて抱きとめると彼女の柔らかい体の感触が伝わってくる。触れたのが無防備な水着同士じゃなくてよかった。
そうでないと俺はどうにかなっていたかもしれないと彼女のラッシュガードに感謝する。
いつになく抜けたところを見せつける彼女がかわいくて、つい笑みがこぼれた。
「ふふ、莉子は割とドジだな」
「違うよ! 下にわかめみたいのが…」
俺を見上げて反論しようとした莉子は素早く俺から離れた。その時の彼女の頬が少し赤らんでいるように見えたのは気のせいだろうか。
もしかして俺とくっついたことで意識して恥ずかしくなったとかそういう……
異性として、恋愛対象として見て欲しくて努力してきたけど、これは脈ありなんじゃないかと内心こぶしを握った。
その時だった。
「ありがとう、庇ってくれて」
「おい! どこに飛ばしてんだよ!」
ふわっと影が莉子の頭上を通過し飛び去った。
その直後、彼女の背中に少年が体当たりするように突撃してきた。
それをぼんやり見ていた俺は今度ばかりは反応が遅れ、突き飛ばされてこっちに倒れこむ彼女共々海の中に沈没した。
腰が浸かる程度の浅瀬だったのですぐに起き上がると、莉子もすぶぬれになって海水を吐き出していた。
「うわやべ、ごめんなさーい!」
小学生くらいの男児複数人が慌てて逃げていく姿を俺は呆然と見送る。
小学生に引き倒されて、一緒に沈み込むとか格好つかないな。
俺と莉子はしばらく無言で見つめあった。
「ふふ、」
何かツボにはまったのか莉子は小さく笑った。
笑い声をこらえようと笑うその仕草が可愛くてたまらない。無性に彼女を抱きしめたくなった。
その時湧いて出た感情は俺の心をくすぐった。これが愛しさという感情なのだろうか。
「……莉子がいると、いろんなことが起きるな」
そして俺の知らないことをたくさん教えてくれる。
莉子がいなければきっと味わえなかった感情ばかりだ。
「目が離せない」
心配という意味もあるけど、ただ単純に俺が莉子を見つめ続けていたいって意味で。
笑顔の彼女を見られてよかった。
笑顔を引き出したのが自分じゃないのが悔しいが、あの小学生男子には感謝だ。
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