森宮莉子は突き進む。 | ナノ
死角からの襲撃に注意しましょう。
心肺蘇生活動を終えたあとはそれなりに疲労感を感じた。
けど、不思議とすっきりした気持ちでいっぱいだった。
人ひとりを救えた。その満足感で満たされていたのだが、隣にいる久家くんはさっきからむっすりして機嫌が悪い。
よくよく話を聞けば、異性相手に私が人工呼吸を行ったことをどうのこうのと言っていた。
「人の命を救うための処置なのに、そんなこと言ってられないじゃん。それとも久家くんが人工呼吸をしたかったの?」
それに対して久家くんは口ごもっていた。目が泳いでいると言うことは図星なのか?
女に嫌気がさして男に興味が出てきたとでも言うのだろうか。
久家くんの嗜好がどうであっても私は構わないんだけど……人命救助の場だからね?
「事態は一刻を争っていたんだよ。こういう状況で下心を出すのはやめなさい」
と軽く注意すれば、久家くんは反省した様子で項垂れていた。
気を取り直して、運動サークルの海合宿のイベントに参加することにした。
日程ごとにスケジュールを組んでいるそうなのだが、今日の予定は遠泳グループと、ビーチバレーラリーグループに分かれての活動。
私は遠泳に自信がないので、ビーチバレーに参加することにする。
直射日光で熱された砂浜は相変わらず暑いけど、飛び入り参加したからにはこのくらい合わせるべきだろう。
流石は運動部所属というだけあって運動神経のいい人が多かった。
普段筋トレ程度しかしない私はこの中で一番トスが下手かもしれない。他の人たちを白けさせぬよう、真面目にビーチバレーボールをトスすることに集中した。
きゃっきゃと楽しそうにトスする人たちと比較して私は真顔だったに違いない。ボールを落とすまいというプレッシャーを抱えて楽しむ余裕すらなかった。
ポーンと飛んでくるボールをトスする。
バレーボールと違って柔らかいので手を痛めることはそうそうない。
「あっごめーん!」
軽いのでよく飛ぶ。
高くあげられたボールを追って私は後退した。人の少ない場所で余裕を持ってスペースを取ったので、障害物なんて何もないと思っていた。そのせいで油断していた私は砂に埋まっていた異物を踏みつけてしまったのだ。
そこで私は足首をぐにっとぐねらせてバランスを崩す。
「わっ…!」
口元から小さな悲鳴が漏れる。
身構える余裕もなかった。そのまま砂の上に倒れこむんだと覚悟したその時、熱い腕が私の体を抱き込んだ。
「ぐっ…!」
どしゃっと砂の上に倒れこむ衝撃ののち、私の下から低いうめき声が聞こえてきた。
まさかと思って目を開くと、久家くんを下敷きにしてしまっているではないか。
眉間にしわを寄せた久家くんがつぶっていた目を開くと、ばっちり目が合う。
周りから音が消えてしまったような感覚だった。
久家くんって目も綺麗なんだなぁと少し見惚れてしまったのはここだけの話。
「ご、ごめん。ケガはない?」
しかしこのまま密着しているのもいろいろと問題がある。私はそそくさと彼の上からどいた。久家くんは半裸だから余計に密着するのが気まずい。
バクバクと心臓が暴れだすことに疑問を覚えながらゆっくり立ち上がろうとしたら、別方向から突き飛ばされた。
死角から何者かに突き飛ばされた私は身構える暇もなく、そのまま砂の上にずしゃあとダイブした。
熱い砂に顔面を埋めて倒れこんだ私は何が起きたのか理解できず、そのまま突っ伏していた。
「莉子!?」
久家くんの慌てた声が聞こえる。
「ちょ、夏帆先輩、何してるんですか!?」
他の女の子が悲鳴のような声を上げている。
カホ? どっかで聞き覚えのある名前だな……あぁ、エレベーター前で聞いた恋愛事情だったかな……なぜその人が私を突き飛ばすの……?
「何するんですか弓山さん! 莉子、大丈夫か。痛いところはないか?」
顔面からダイブして顔だけでなく頭にも砂を被った私を久家くんが抱き起してくれた。
犯人は弓山……あ、カホさんて看護学科の美人さんの名前だったのね。
「ぅ…」
私はしゃべろうとして口の中の不快感に顔をしかめる。口の中じゃりじゃり……
「口のなかに砂が……」
飲み込まないよう下を向いていると、肩を抱き寄せられてそのまま立ち上がらされた。
「向こうに水道があったから、うがいをした方がいい」
「私ひとりで行けるから、どうぞ部活動を続けて」
この隙にどっかでサボりもとい、時間つぶそうと目論んでいたが、久家くんは私の肩を押してその場から離れるように促してきた。
いいのだろうかと、運動部メンバーにちらりと視線を送ると、突き飛ばしてきた弓山さんからめっちゃ睨まれてしまった。
ここは私が睨むところじゃないだろうか。
水場は少し離れた場所にあった。
海水浴客専用の有料シャワーブースの傍らに水道が設置されていたので、私は顔をバシャバシャ洗ったのちに念入りにうがいした。
前髪に砂が入り込んでいるような感触がして不快だったので、結んでいた髪を解いて指で梳くと、パラパラと砂が落ちてくる。
「今晩のシャンプー大変かも」
「海に入って流すか?」
ラッシュガードの中にも砂が入り込んでいそうでなんかむずむずするなぁと唸っていると、久家くんが海に入るかと提案してきた。
「え? ビーチバレーは? 合宿なのに活動しなくていいの?」
そもそも途中で抜けてきたのに。
「大丈夫。莉子のほうが優先だから」
私はとっさに言葉を返せなかった。
なんというか、その言葉に特別な意味が含まれているように聞こえて、あわや痛い思い込みをしてしまいそうだったから強制シャットダウンする。
優先って。
確かに私はゲストとしてやってきたから、それなりの扱いをしなくてはと思っちゃうのかもしれないけど、ここは久家くんの所属サークルだ。先輩も大勢いるし、医学部特有の上下関係もあるだろうからそれを犠牲にする真似しなくていいのに。
「せっかく海に来たんだ。入らなきゃ損だろう」
ほら、と久家くんは私の手を引っ張って海に向かって歩いていく。
ビーチバレーをしていたメンバーのことを忘れてしまったかのように。
まずくないか、戻ってこないことを心配させないか、と前を歩く彼に尋ねてみたが、久家くんは至って落ち着いていた。
「大丈夫。先輩たちも察してくれるだろうから」
「そ、そう?」
それならいいけど。
もしかして場所を変えて冷静になった私が泣いてしまったため慰めているとかそういう誤解をされてたりしないよね?
弓山さんの行いは正直むかつくし、謝罪しろよと怒りがじわじわ湧いてきているが、泣くほど感情があらぶっているわけじゃない。誤解されてないといいけど。
どんどん海に近づいていくにつれて、乾いていた砂が湿ったものに代わった。
そこに足を踏み入れるとずむっと足跡を作る。先を行く久家くんの足跡は私よりも大きいのがわかった。
ひんやりした砂が気持ちいい。寄せては返っていく波に足が浸かる。さっき顔を洗ったけど水道から出てきた水はもはやお湯だったので、海水が余計に冷たく感じた。
海に入ったのなんて何年ぶりだろう。小学生以来かもしれない。
「うんっ!?」
普通に海水をかき分けて歩いていたつもりだった私は海の中でも何か踏んでずりっとコケた。
今度は海水ダイブかと思ったら、久家くんの長い腕が私の体を抱きとめた。
い、一度ならず二度も助けられてしまった。かたじけない。
「ふふ、莉子は割とドジだな」
「違うよ! 下にわかめみたいなのが…」
ドジだと言われてむっとした私は顔を上げて否定しようとして言葉を止めた。
久家くんとの距離がいつもよりも近かったからだ。近い。くっつきすぎだ。
私はすぐさまパッと離れた。
「ありがとう、庇ってくれて」
「おい! どこに飛ばしてんだよ!」
動揺を悟られぬよう、庇ってくれたことについてお礼を言いかけていた私は背後から思わぬ襲撃を受けた。
ドスンと背中に体当たりしてきた何か。踏ん張ることもできず、私はそのまま前のめりに倒れた。
そして目の前にいる久家くんを巻き込んで共に海にダイブしたのだ。
ばしゃぁぁんと水しぶきを上げて海中に沈みこむ私たち。
浅瀬だったのですぐに浮上すると、口の中に入った海水を吐き出した。
しょっぱ! 二度も襲撃を受けて砂が入ったり海水が入ったりと今日は厄日か。
「うわやべ、ごめんなさーい!」
今度の刺客は小学生男子だった。
海でふざけて遊んでいた彼らは叱られると思ったのか、素早く逃げて行った。
私と久家くんはその逃げ足の速さを見送り、お互いの顔を見合わせた。
頭の先からつま先まで文字通りずぶぬれだ。
それがなんだかおかしくて、私はふふっと笑い声を漏らした。
普通に考えたらそこまで面白いわけでもないけど、堪えきれずにくふくふと笑っていると、海水に濡れた頬を節くれだった指がそっと撫でてきた。
「莉子がいると、いろんなことが起きるな」
その言い方はまるで自分が疫病神みたいな言われ方をしているような気がして面白くなかった。
「目が離せない」
それを言われた私こそ、その瞬間の彼から目をそらせなかった。
──水も滴るいい男とはこのことか
久家くん、恐ろしい男。
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