森宮莉子は突き進む。 | ナノ
性をタブーにするべきではありません。
「莉子、ちょっといい?」
部屋でもくもく勉強をしていたら、神妙な顔をしたお母さんが訪ねてきた。
「お願いがあるんだけど……」
深刻な悩みでもあるのだろうかと、固唾をのんで母の言葉を待つ。
そして語られた話に妹の成長を実感し、同時に過去の胸の痛みを思い出してぐむっと息を止めてしまったのである。
夏の盛りである7月。節電に燃える大学の施設内は微妙に暑い。肌がじっとりするのが不愉快であるが、仕方ない。
ピークが過ぎた昼下がり。大学の食堂にはちらほら学生達がいるが、人が周りにいない席を選んだ。他の人には聞かれたくない話だったから。
「それで、相談って?」
内密で相談したいことがある、と言えばわざわざ時間を作ってくれた彼は、自販機で購入したお茶を傍らに傾聴の姿勢を見せた。
「あのさ、避妊具ってどう選んでる?」
「ごほっ」
勇気を出して真面目に問うと、目の前の久家くんはむせていた。
飲み物が器官に入ったのだろうか。
「はっ!?」
「性行為に使用するコンドームは何を基準に選んでいるの?」
一回じゃ理解していただけなかったようなので、直接商品名を告げると、久家くんは顔を真っ赤にして口をパクパクさせていた。
はっ、まさか私が使用すると思われていたりする? そこを誤解されるのは私が嫌だったので慌てて首を横に振って否定した。
「いや、私じゃなくて妹の話なんだけどね、いい感じの男の子とこの夏休みに泊まり込みバイトに行くらしいのよ。私の妹のことだから大丈夫とは思うんだけど、お母さんが心配してて、性教育を頼まれたの」
「それで、その……」
ごにょごにょと言いにくそうにする久家くん。
意外だ。男子って喜々として開けっ広げに性の話をしそうなのに、久家くんは恥じらっている。
でも私は下品な話をしているのではなく、医学生として、妹を持つ姉として真面目に話をしているのでそこのところは誤解しないで欲しい。
「ほら、万が一の場合もあるじゃない? 高校生って血気盛んというか、性に興味ありまくりな年代だし! それで念のために避妊具を持たせて送りだそうと考えているんだけど、久家くんってどんなの使ってるの?」
参考のために聞かせてくれと、スマホメモ待機する。
1年の時、相手の男の暴力で流産した女の子を目にしたことがあるからか、なおさら恐ろしい。ただでさえ経済力のない身分で妊娠なんかしたら妹の未来が潰れてしまう。私は妹が傷つく姿を見たくない。しっかり性教育を施さなくてはならないのだ。
しかし久家くんは目をあちらこちらにキョドらせて、戸惑っている様子だ。
「どんなのって言われても……」
「だってこんな相談できるの久家くんだけなんだもん。逆セクハラと受け止められちゃうかもしれないでしょ! メーカーは? 初心者向けのコンドームってあるの? ネットで調べたけど、サイズってものがあって余計にわからなくなっちゃったんだよ!」
男の人だって女性の下着のサイズとかよくわからないでしょ? それと似たようなものだよ。
私には男性経験がない。そんな私が避妊具についてわかるわけが無いのにお母さんは無茶なお願いをしてきたもんだ。
期待の眼差しで久家くんの返答を待っていると、彼は顔を抑えてため息をついていた。
……いや、深呼吸をしている?
……。
そこで私ははっとした。
もしかして、避妊具を使ったことがないのだろうか。
それとも、元家庭教師の女が用意してたのを使っていただけで自分で買ったことがないとか?
よもや心の傷が疼くとか……?
私は口を手の平で押さえた。
地雷踏んじゃった感じ?
こんなこと聞けるの、久家くんくらいだったのに。
サークル仲間の男子は医学部生じゃないし、本格的な逆セクハラになりそうだったから聞けない。
万事休すか。
──仕方ない、適当に見繕ってから渡そう。
私はゆっくり席を立ち上がった。隣の席に置いていた荷物を手に取る。
「お、おい莉子」
「うん、相談は終わり。じゃあね」
飲み終わったアイスコーヒーのペットボトルをごみ箱に捨てて食堂を出ると、慌てて追いかけてきた久家くんに宣言した。
「今から適当に買いに行ってくる。ドン○のアダルトコーナーは種類が豊富らしいから」
いかがわしいものがたくさん置いてあるらしいけど、私の目当ては妹を守るための避妊具だ。妹のためならお姉ちゃんは魔境にだって乗り込んで見せる……!
「待て待て! 一人で行くんじゃない。俺も着いていってやるから」
いやいや、人に見られたら誤解を招くじゃないか。
大学生だし大人だし、咎められることは無いだろうけど、私との変な噂になるかもしれないからやめた方がいい。
「大丈夫だよ、わからなかったら店員さんに聞くし」
「ダメだ。俺が着いていく」
遠慮したけど、久家くんは頑固だった。
そんなわけで久家くんが運転する車でディスカウントストア、ド○キへ連れていってもらった。高級車でドン○。ほんの少し罰当たりな気分になる。
お店に入るとまっすぐアダルトコーナーに出向く。私の後ろを久家くんが慌ててついて来る気配がしたけど、狭い店内だ。他のお客さんとのすれ違いがスムーズに行かず、彼を置いていく形でピンクな暖簾をくぐった。
そこは不思議なスペースでした。
「わぁーすごい、初めて入ったこのエリア。こんななってるんだー」
18歳未満立ち入り禁止エリア。私は無縁だろうと思っていた場所なのに、現在そこに立っている。非日常な体験をしているような気分である。
なんだろうこれ、と目に付いた箱を手に取ると、久家くんに取り上げられた。
「こら、変なものに触るんじゃない」
変なものってなんだ。
私が疑問を表情に乗せて彼を見上げると、久家くんはすっと目を反らして逃げた。
「莉子のお目当てはあっち」
そう言って彼が指差した先にはいろんなサイズの小さな箱が並ぶ陳列棚。私はそこに吸い寄せられるようにふらふら近寄る。
ネットでざっと見たけど、実物を見てもよくわからない。箱に書かれた説明書きを読んだり、商品ごとの特徴を確認したり。私は無言で吟味した。
その隣で久家くんがそわそわして落ち着かなそうにしていたので、居心地悪いなら外に出ていていいよと言っても私の側から離れなかった。私がここで問題行動を犯すとでも思われているのだろうか。
「なるほど」
一通り確認して、私はいくつか絞った候補の中で一番女の子が手に取りやすそうな箱を持ち上げた。パンケーキを食べているファンシー熊のパッケージである。
「これどうかな? 女の子が持っていても恥ずかしくなさそうじゃない!?」
いろんな工夫が施されたものもあるけど、私が購入する目的は妹の体を守るため。露骨なものを渡して妹に拒絶されたら性教育を施す意味が無くなる。なのでここでは敢えて可愛くて所有しても恥ずかしくないものを選ぶ。
久家くんは目をキョドキョドさせながら、「い、いいんじゃないか」
と賛成してくれた。
ならばこれで決まりだ。私は踵を返して堂々とレジにそれを持って行った。
「莉子は、恥ずかしいという感情を持ち合わせていないのか?」
ド○キから退店して、車に乗り込んだ後に久家くんにそんなことを言われた。
恥ずかしい……? 避妊具を購入することが?
「なんで? 妹の身体を守るための買い物だもの。恥ずかしいことなんかないよ」
恥ずかしがって性のことをタブーにするから、未成年の妊娠とか問題が出てくるんじゃないか。私たち医学生が恥ずかしがってちゃダメだろう。
そもそも性行為なんて所詮繁殖行為だと考えてしまえば恥ずかしいとかそんな……
私はハッとした。
「さては私の妹でいやらしい想像したんだな! 莉子さんは許さんぞ!」
てっきり女家庭教師が性癖なのかと思いきや、女子高生も性癖なのか! 油断ならないな!
私が身構えると、久家くんがぎゅんと勢いよくこちらに顔を向けた。
「何故そっちに考えが行き着く? 会ったことのない莉子の妹で想像なんかできるわけがないだろう」
「なんだと! 美玖はかわいいんだぞ! 賢くて頑張り屋で……」
否定されたらされたでなんかもやつく。さっきの発言と矛盾するが、妹の可愛さをプレゼンした。
私の妹に会えば魅力がすぐにわかるはずだ! そう訴えると、久家くんは困ったように微笑んだ。
「だろうな、見なくても莉子の妹ってだけで可愛いのは想像できる」
……イケメンの笑顔を一身に浴びて一瞬思考停止しかけたが、私はすぐにリカバリした。
「……美玖にはいい感じの男の子がいるから紹介はしてやれないよ」
「そんなこと一言も言ってないだろう」
久家くんはむっとしかめっ面に様変わりしてしまった。
そのまま無言で車を運転し、ご丁寧に我が家まで送り届けてくれたのである。
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