森宮莉子は突き進む。 | ナノ
ストーマケアは指導者監視の元で行いましょう。
実習期間中はだいたいのスケジュールが決まっていて、それに合わせて実習生も動く。検査や手術以外に、入院患者さんがいる病棟回診にも同行させてもらった。
病室が並ぶ入院病棟では、看護学科の学生が必死に与えられた任務をこなす姿を見かけた。看護学生が出来ることは主にシーツ交換、おむつ交換、入浴介助などだ。
実習参加中の看護学生が難しいことをするときは必ず指導者が側についているはずなのだが……
「大丈夫ですか、痛いですか?」
「大丈夫だよ。ごめんね、学生さんにこんなことさせて」
どこからかそんな声が聞こえて来て、患者らしき男性と若い女性の声だったもんだから失礼だけど覗かせてもらった。
独特の臭いが漂ってきたので、おむつ患者さんのケアかと思ったのだけど、そうじゃなかった。
お腹からピョッコリ覗き込んだ真っ赤な消化器の一部……人工肛門であるストーマ患者さんのケアをしている看護学生の姿を見たとき、私は異変を感じた。
……指導者がどこにもいない。
回診の途中だとはわかっていたけど、私は慌ててその病室に飛び込んだ。
「待って待って、あなたの指導の人は? 指導者の目のないところでしちゃダメだよ。患者さんに何かあったらどうするの、危ないよ」
臓器をケアするそれは、指導者監視の元ですべき事。シーツ交換とは訳が違うんだ。流石にまずいだろう。
「忙しいからひとりでやれって言われて……」
看護実習生は私の指摘に気まずそうにして、悲しそうに目をそらして言った。
「いや、だけど」
「指導の人に言いにくいの。私たちは忙しい合間に教えて貰ってる身だから迷惑かけっぱなしだもの……」
沈んだ表情で言われた言葉に私は二の句が告げなくなった。
もしかしてこの子は指導者にイビられてるのかな……って察してしまったから。
実習では無視する人、きつい人が出てくると聞いていたし、そういう人も見かけたけど、指導放棄する人までいるとは……!
バレたらまずいってことくらいわかるだろうに、教えてもらっている立場である学生を利用してこき使っているように見えて、自分がされたんじゃないのになんだか気分が悪くなる。
「森宮さんどうしたの? なにかあった?」
「先生、この看護実習生の子、指導の人に放置されてるみたいです」
「……仕方ないね、先生が見ててあげるから、そのまま続けてごらん」
私の不在に気づいた指導医の先生が見かねて看護学生のストーマケアを監視する事態に陥った。
先生は知った顔をしているので、実習中に起きるこういうことは少なくないみたいだ。
こりゃあかん。赤の他人のことだけどあかんわぁ。
そう判断した私は休憩時間になってすぐに、医学科の教員を通じて看護学科の教員とここの看護師であるお母さんにこのことをチクった。
実はうちのお母さん、この病院の看護師の中でもそこそこ古株なのだ。
そのついでに態度の悪い安藤さんのこともチクっておいた。
翌日も気合い入れて実習に参加していると、偶然昨日の看護学生とすれ違った。
「終わりました!」
「じゃあ次はカテーテル装着している403号室の……」
彼女は指導者に指示をされると、元気良く「はいっ」と返事をしていた。昨日までの暗い表情はどこに行ったんだろう。
しかも一緒にいるの、安藤さんの指導担当だった看護師さんだし。彼女は面倒見がいいようで、看護学生は厳しくとも愛のある指導してくれる看護師への憧れに目を輝かせていた。
「ちょっと! 森宮ってあんたなんでしょ!」
「……いかにも」
通報後、すぐに対処してもらえたんだね、よかったねとほっこりしていた私の視界を遮ったのは例の安藤さんだった。
「母親がここで働いてるからってチクって子供みたいなことしないでよ!」
どうやら私がチクったことが筒抜けだったらしい。
名前を言われたか、噂になったのかはしらんが、医療の世界は狭いからどこからか漏れてしまったのだろう。
「不真面目なあなたが悪いんでしょ」
「あんたとは持ち場が違うじゃない! あたしのなにを知ってるっていうのよ!」
そういう問題じゃないよ。
あなたの行動が今後に与える影響を考えた上で私は報告したまで。
「ここは命がかかってる現場でしょ。あなたはそれがわかってないみたいだったから、お灸を据えてもらおうと思って」
「はぁあ!? そんなことくらい知ってるし! あたしが看護学科だからってバカにしてるの!?」
誰がそんなこと言いましたか。
看護学科とかそんなこと今は関係ないんだよ。
「あなたの怠惰な行動一つで患者さんにもしものことがあったら? あなたは指導者に多大な迷惑をかけていた自覚を持つべき」
大学生といえど、もうとっくに成人している身分なんだからいい加減子供みたいな振る舞いは止さないか。
「学生を指導している看護師さんは仕事の合間を縫って指導してるのに不真面目な態度するあなたが全面的に悪い」
「うるさいな、あんたには……」
「ねぇ、あなたはなんでここにいるの?」
やる気がないのに、なんで実習受けているの?
あなたは本当に看護師になりたいの?
私はそれが不思議でたまらない。
看護師は楽に稼げると思った? 私はそうは思わない。看護師の母親を見て育ったから責任重大で大変な仕事であると考えている。
なにを考えて看護学科に進学したのかは知らないけど、向上心がないまま居座ってもあなたのためにはならない。
私の質問に安藤さんは目を大きく見開いて固まっていた。
シンプルな質問だったけど、彼女の心に響いたらしい。
後任のスパルタ系ベテラン看護師のしごきを受けておとなしく真面目にノートをまとめる安藤さんの姿を休憩所で見かけた。彼女も担当が変わったらしい。やっぱり指導担当は合う合わないがあるよね。
目が合うと睨まれたけど、基本的に関わりがないので、嫌われても痛くも痒くもなかった。
◇◆◇
「実習期間中は手厚いご指導ありがとうございました! 学んだことをしっかり今後に生かしていきたいと考えております!」
元イビられ看護学生さんは実習最終日、後任の指導看護師さんに泣いてお礼を言ってた。
ここまで素直に慕われて悪い気はしないのだろう。先日まで鬼の形相だった看護師さんは仏の笑顔で看護学生の肩を優しく叩いていた。
「あなたはいい看護師になれる。頑張って」
「はいぃ、わたし、ここに就職できるよう頑張りますぅ」
なんと、彼女はこの病院に就職希望なのか。他の看護師にイビられた過去があるのにポジティブだな。
──そうか、看護学科は4年制だから、すでに就職を見据えているのか。私たち医学科の学生はまだ3年生って感覚だったけど、彼女たちにとってはもう3年って感じなのだろうなぁ。
「お忙しいお時間の中ご指導いただき、本当にありがとうございました。今回の実習ではたくさん勉強させていただきました」
いろんな人にお世話になったが、一番お世話になったのは指導医の先生だ。改めて個人的にお礼を言うと、気のいい消化器科の先生はニカッと笑った。
「森宮さんがうちの科に就職するの待ってるからね!」
その言葉に私は浮かべていた笑顔を固まらせてしまった。
「いや、私総合診療科希望なので……」
実習期間中に希望の科をそれぞれ発表したと思うんだけど。あれ、もしかして忘れちゃったのかな?
「森宮さん、絶対にうちの科向いてると思うんだよねー。頭の回転早いし、覚えが早くて熱心だし、要領もいい」
「光栄です」
なるほど、私に期待してくれているのね。だから自分の科に来てほしい的な事を言い出したのか。
「まだまだ修業は続くだろうけど、頑張ってね」
「はい」
実習はけっこうハードだったけど、かなり実入りの多い期間だった。
医師としてのあり方、地域医療について大いに学べたと思う。
実習最終日翌日には、大学の講義室で今回の実習参加者全員が集合して、実習報告会が行われた。
医学科所属の同級生たちの前でひとり五分間のプレゼンをするのだ。
私はそこでサークルでの経験が生かされた。我ながらうまいまとめ方で発表できたと思う。
教授にお褒めのお言葉をいただき、鼻高々だった。
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