森宮莉子は突き進む。 | ナノ
人はそう簡単には変わらない。
昼下がりの大学食堂は割と空いている。
空いている席でパソコンやテキストを開いて勉強している学生の姿もちらほら見受けられる。
私も自習目的でよく利用するが、今はスマホ以外なにも机に乗せていない。
少し緊張しながら席に座っている私の前に、チョコレートソースのかかったパフェがトレイごと置かれた。
「お礼がこんなものでごめんね」
「いえ、こちらこそごちそうになります」
奢ってもらうんだから文句は言いませんとも。
あのホストクラブ事件で助けてくれたお礼にと、わざわざ大学まで足を運んできた結愛さんに学食でパフェをご馳走してもらうことになったのだ。
「改めまして、この節は本当にありがとう」
「どういたしまして」
無関係の私を巻き込んだ弓山さんは謝罪の一つも言わないのにすごい違いである。友人同士なのにこの差よ。
あの人はもう少し謙虚さを身に着けたほうがいい。
「その上弁護士さんまで紹介してくれて。本当に助かってるの」
未だに事件の後始末が終わっていないそうだが、自分じゃどうにも出来なさそうだったから弁護士に依頼して、今は丸投げしている状態らしい。
拓磨くんのお家の人に紹介してもらった弁護士さんを頼って別の人に紹介する。なんか手柄横取りみたいな気分になるが、それもあって堂々と紹介できる面もある。
あの弁護士事務所には凶悪事件や暴力団に関する事件を取り扱った経験のあるベテラン弁護士や、腕に覚えのある武闘派弁護士もいるから今回のことも多分大丈夫。
過去に何度もお世話になったけど、頼りになる人ばかりだったよ。
「……まだホストクラブに行きたいとか考えてますか?」
依存状態の確認がてら単刀直入に聞いてみると、結愛さんは目を丸くし、そして苦笑いを浮かべていた。
「痛い目を見たからもう行かないわ……今度は無事に戻れなくなるかもしれないし」
高い勉強代だと思って、きっぱり縁を切ると言ってのけた。
それならいいけど……また誘惑に負けたりしないだろうか。看護師はストレスの多い職業上位だし、癒されたくなった時にふらっと立ち寄ったりしないだろうか。
「ホストじゃなくて、もっと別の出会いの場を探してみるね」
「……社会人サークルや街コンには婚活詐欺やネットワークビジネスとかも蔓延してますから気をつけてくださいね」
友達でもなんでもない相手だけど、なんだか心配だ。
それなのに結愛さんは可笑しそうに「私ってそんなに騙されそうに見える?」と笑っていた。
笑い事じゃないんだが。
悪い人間はどこにでもいる。笑顔で近づいて平気で奪って傷つけてくるとも言うじゃないか。
「そういえば森宮さんってあの久家くんと付き合ってるんでしょう?」
…話を切り替えたな。
その質問に、もしかしてこの人も拓磨くんを……と疑いかけたが、その表情には興味の色はあっても、嫉妬の気配はなかった。
「は、」
「私、あなたのこと認めてませんからっ」
はい、そうです。と答えようとしたらそれを妨害するように口を挟んてきた人物がいた。
対面した席に座る結愛さんは、驚きのあまりホットカフェラテのボトルを持ち上げた体勢で固まっている。
「……彼女がびっくりしてるじゃないの。いきなり割り込んてきて大声出さないでくれないかな、小畑さん」
直に耳に来たから、今の。キーンとしたから。
どこからともなく出現した(同じ大学だから仕方ないけど)小畑さんから吐き捨てられたセリフに私は渋い顔をしてしまう。
どこから目線の発言なんだそれ。
すると彼女は何を思ったのか、フフンと自慢げに笑った。
「冬休みの合宿中は私ずっと久家先輩のそばにいたんですから!」
ドヤ顔で親密アピールされた。
この子は私がいないことをいいことに、サークル合宿中も拓磨くんに付きまとっていたそうだ。
わざわざ教えてくださるということは恐らく略奪上等なんだろう。
いい度胸だ。
拓磨くんは私を不安にさせぬよう、合宿旅行中も頻繁に連絡してくれた。
雪不足でスキーができずに、温泉と旅行先にある観光名所を回ったそうだけど…。
そうよね。私がいない分、好き勝手できただろうね。
なんせ小畑さんはお父さん繋がりのお陰で幾分優しくしてもらえるもんね。
知り合いの娘だから無下にはできないという理由で。
──正直面白くはない。
ただ、彼とこの子は同じサークルだから関わりを断つのも難しいところがある。私も四六時中監視する余裕はないので、拓磨くんを信じるしかあるまい。
「ていうか横恋慕しているあなたに認めてもらわなくても、私たちの交際は確かなものなんですけどね」
冬休みの間にお互いの実家に出向いて、結婚を前提とした交際を始めたことを報告した。両家からあたたかく受け入れてもらえたのだ。
私達の交際は親達(一部絹枝さん含む)に認められている。
それを赤の他人に否定されたところで、ねぇ?
「彼は私を選んだ。結婚前提の交際を親にも認められた。それで話は終わりじゃないの?」
「っ…! いつまでも余裕ぶっていたら泣きを見るんですからね!」
余裕ぶってるように見えるかな?
そんなことないんだけど。
でも彼女の言うことにも納得できる部分もある。
恋愛感情は長くて3年しか保たないと言われている。そこからはお互いの努力。恋から愛に形を変えて行かなくては、継続は難しいだろう。
「肝に銘じておくよ」
「せいぜい油断してたらいいんです!」
小畑さんは涙ぐんで走り去っていった。
私の言い方がちょっとキツかっただろうか。間違ったことは言ってないとは思うんだけど。
同じ人に2度振られ、あしらわれても諦めないあのメンタルの強さ。医者としては向いているかもしれないな。
「なにあれ」
自販機まで飲み物を買いに行って戻ってきた弓山さんは呆れを隠さず、逃走する小畑さんの背中を見送っていた。
その言葉に私も同じ言葉を返したい。
本当になにあれ。
「第2の弓山さんです」
わかりやすく説明したつもりなのだが、彼女からギロリと睨まれてしまった。
「私はあんなんじゃなかった」
「いやいや、同じこと言ってましたやん。合宿中ずっと一緒にいたくだりとかおんなじ牽制…」
「言ってない!」
えぇ、この人、自分の記憶改ざんしてるよ……
一連の流れを傍観していた結愛さんは苦笑いするのみだった。
「あっ拓磨くん久しぶりー」
私にはツンツンした態度しか見せないくせに、拓磨くんがいるとわかるなり声色から表情までガラリと変化させた。
私との態度の差ぁ。さっきまで地声だったじゃない。何その声。どっから出してるの。
人はそう簡単に変わらないのだなぁと、弓山さんを見ていたら思う。
はて、拓磨くんは弓山さんのお友達と会うと前もって話していたから、心配して様子を見に来てくれたんだろうか?
ここに彼女がいるとは思っていなかったのか、弓山さんの存在に気づいた拓磨くんは脊髄反射みたいに身構えていた。
まるで山の中でクマに遭遇した登山者みたいな……。
弓山さんはその反応を深く気に留めることなく、キャッキャとテンション高く拓磨くんに「久しぶりー」と親しげに話しかけている。腕や肩をべたべた触る始末である。
彼は動揺を誤魔化すように咳払いすると、弓山さんのスキンシップから逃れながらキッとした目を向けた。
「…もう解決したことに言うのはあれですけど、莉子を巻き込まないでください」
彼がそう一言物申すと、弓山さんは肩をすくめていた。
そして首を傾げ、ニコッと魅力的に笑うのだ。
「ちょっと意地悪のつもりだったの。ごめんね?」
軽い。反省してる態度ではないぞこれは……その態度は相手の神経を逆撫でするだけでは……
「彼女になにかあったらどう責任をとるおつもりですか。また巻きこんだりしたら、いくら女性でも容赦しませんからね」
彼が強めに圧をかけるも、弓山さんは怖がる様子もなく……
「……本当にこの子に惚れ込んでるのね。あれから1年以上経過したんだから冷めているのを期待していたのに。面白くないの」
「面白くなくて結構です」
弓山さんは彼を怒らせたいのだろうか。
拓磨くんが怒りを我慢しすぎて引きつった顔をしているぞ。
「拓磨くん久々に会えたんだから、今日飲みに行かない? あ、森宮もついでに来ていいよ」
弓山さん、ほんとそういう所では。
ついでってなんだ。
「行きません。莉子は酒が飲めないので今後も誘わないでください。それと用が済んだならもう帰ってください」
シッシッと虫でも払うかのように弓山さんは食堂から追い出されようとしていた。
「拓磨くん冷たい。私と君の仲じゃないの」と誤解を招くようなことを言っている辺り、あわよくば私たちの間を引き裂こうと考えてるんじゃないだろうか。
アイスが溶けかけたパフェをスプーンですくい、口に入れる。
チョコレートソースのかかったアイスと生クリームが口の中で溶けた。
あの調子じゃまた何かあったとき絡まれそうなので、今度から見かけてもダッシュで逃げよう。そうしよう。
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