森宮莉子は突き進む。 | ナノ
苦しさは彼の心の痛み
ホストクラブで起こった一連の事件の目撃者としての証言と、撮影した動画を警察へ証拠として提出するなど協力することになった私だが、その流れで色々分かったことがある。
弓山さんの同僚である結愛さんが無理やりサインさせられようとしていた書類は、つけ払い返済のために風俗店で勤務するという雇用契約書だった。
ちなみにそれは本人の意思を無視して恐喝で書かせたものな上、内容が違法なことだらけだったので完全に無効である。無理やり書かせているシーンは証拠としてしっかり動画におさめているもんね。
組織ぐるみの犯行であるとわかったこの事件を警察関係者が更に深堀りして調べていたら、他にも被害者が出てきた。
結果、全国ニュースになるくらいのちょっとした事件になってしまった。
ホストクラブとその風俗店は横のつながりがあり、ツケが支払えない女性客をこれまでも風俗店へ流してきたそうだ。女性客を風俗に落とせばマージンがもらえるというシステムのため、ホスト達は嬉々として“商品”になりそうな女性客を風俗送りにしてきた。
それを拒否した客に対しては、家族や会社まで追い詰めて、最終的に法外利息の借金を返済させられるか、死を選ばせるような事もあったとかなんとか。
この様子だと、このホストクラブでは勝手に高いお酒を頼んだり、酩酊した客の請求書の嵩増しとかもしていそうな感じである。
本来であればそれらのツケは法律上無効なのだが、知らない人は、ツケを払わなきゃと焦って追いつめられていくのだろう。
特にここは色恋を売り買いする業界だ。
盲目になった女性の恋心を利用していいようにしてきたのであろう。今回の結愛さんもそのターゲットにされたというわけだ。
結愛さんは弓山さんの「ホスト通いをやめろ」という説得を最初は鬱陶しがっていたそうだけど、最終的に友人の言葉を信じてくれたので本当に良かった。
私は目撃者なだけで、別にニュースに名前が載ったとかそういうわけじゃないんだけど、どこかで噂が流れ、関係者であるとバレた。
結果、大学の事務局に呼び出しを受けてしまった。
「ニュースになっているホストクラブの事件に森宮さん、あなたが関わっているという噂が流れています。関係者であるというのは本当ですか?」
疑問形のかたちをしているが、確信を持った聞き方である。
私がホストクラブで遊んでいるのだと誤解しているんだろうな。一度入店したのは事実だけど巻き込まれただけで全然楽しくなかったよ。
「……看護学科卒業生の弓山夏帆さんの同僚の方がホスト通いに夢中になっており、それを弓山さんが何とかしてやめさせようと躍起になっているところに巻き込まれたのは事実です」
きっぱり否定するのは心象が悪いだろう。
なので肯定しつつも自己弁護は外さない。
難しい顔で話を聞いていた職員さんはこめかみをぐりぐりと揉みほぐし、ふーぅ、と細く息を吐き出した。
「……ホストに関するトラブルはうちの大学でも時折問題になっています。女子学生が興味本位で踏み込み、ホストの戯言に溺れて、ホスト代を稼ぐために夜の世界へ身を投げて、そのうち大学にも来なくなり人知れず退学する……嘆かわしいことです」
大学生というのはしっかりしているようでまだまだ不安定だ。成人して自由を手に入れた学生が道を踏み外すことは珍しくない。
大学側も学生たちに注意喚起をして守ろうとしているけど、学生たちは聞く耳を持たず、自ら堕ちていく。
「あなたが困っている人を救ったこと、そして警察を頼ったことは褒めるべき行動です。……しかし、成人しているとはいえ、いかがわしい不健全なお店に近づくのはよくないことです。特にあなたは女性なのですから」
「……巻き込まれた事とは言えど、私も軽率でした。大変申し訳ございません」
「医学部特待生として、品位を持って行動するように」
「はい……」
私は成人だし、夜遊び自体は合法だから責められるいわれはないのになぁ……私が違法なことをしていたわけじゃないのに……また品位ですか……
もやもやするものを感じるが、大学側も私を心配して指導していることなので反論はしないでおこう。
「失礼します」
しずしずと部屋を出ると、私は思いっきり息を吐き出した。
疲れた。
それもこれも弓山さんのせいだ……
「おい森宮、お前ホスト遊びしてたらしいな。久家じゃ物足りないのか?」
疲労感を引きずりながら歩いていると、ニヤニヤ笑った男子学生に揶揄された。
その声の持ち主は後輩となった元同級生。私が2年の時に拓磨くんへ悪質な賭けを持ち掛けた性悪男である。
あの時は誤解もあって大変なことになった。拓磨くんが誤解を解こうとしなければ、私たちは今頃付き合っていないだろうな。
全く、この人も暇人なことだ。
私をからかってストレス発散したいのだろうが、そんなことをしている暇なんかないだろうに。
「そんなことより今年は進級できるのかなー? 後輩くん」
2年生を単位不足で1回留年し、今年度は3学年に進級できたけど、次の試験で単位を取得できなければまた留年になるであろう元同級生。現在は後輩である。
私の嫌味に彼はグッと口ごもっていた。
喧嘩を売ってきたのはそっちだ。さらに追い打ちをかけてやる。
「あ、良かったら対策ノート、コピーさせてあげようか? 一部5万円で。お買い得でしょ?」
「うるせっ! そのネタいつまで引っ張るつもりだよッ可愛くねえ女!」
先輩が折角気を利かせてあげようとしているのに、それを突っぱねるなんて可愛くない後輩だこと。
5万円で私を弄ぶ賭けを持ち掛けていた男が偉そうなことを言うな。
「──莉子」
名前を呼ばれると同時に二の腕を掴まれた。
「ついてこい」
「……はい」
拓磨くんが無表情で命じてきた。
これはお説教の予感だぞ。
「おい久家……」
何かを言いかけた元同級生もとい後輩だったが、拓磨くんの醸し出す怒りオーラに黙り込んでいた。命拾いしたな。
私はそのまま彼に引っ張られてどこかへと連行された。
人気があまりない廊下を進んでいき、非常時用に残された公衆電話が置かれてある奥まったスペースまで辿り着くと、先ほどまで私に背中を向けていた彼がくるりと振り返った。
「言い訳したいことはあるか?」
感情的に怒鳴るとかじゃない。
怒りを抑えた声音で確認されたのだけど、彼の怒り具合がわかってしまって私は肩をすくめた。
「弓山さんに引っ張られた、って言い訳しても許してくれないでしょう? ……約束を破ったことを怒っているんだよね?」
「……」
何を言おうと彼の怒りは収まらないだろう。
ただでさえ前回は大目に見ると許してくれたのに、日を置かずにこれなんだもの。
彼は怒って当然だし、私は責められて当然だ。
「ごめんね」
それならば私は謝るしかない。
何を言われても全部受け止めよう。
「……莉子が酷い目に遭っていたらと想像すると、恐ろしかった」
ぽつりと呟かれたのは私を責める言葉ではなく、私を心配する言葉だった。
下に向けていた視線を上げる。表情は怒っていなかった。だけど眼鏡越しの瞳は暗く沈んでいた。
「俺が嫉妬だけでこんなに怒ってると思ったか?」
拓磨くんはおもむろに私の両手を掴むと壁に縫い付けた。
「俺の手を振り解けるか?」
言われたので試してみる。
壁に押さえつけられた身体を引き剥がして抵抗を試みたが、すぐに彼の力に押し負けて壁に背中を付けてしまう。なるほど、無理だ。
「引きずり込まれてなにかされていたらどうするつもりだった?」
彼の顔が近づき、息がかかる距離になる。
「莉子はただでさえ酒に弱いのに。どうするつもりだったんだ」
彼の不安や心配が伝わってきて心が痛んだ。
確かに私まで犯罪行為に巻き込まれた可能性もある。
下心は一切なかったとしても、彼からしてみたら立派な裏切り行為だったに違いない。
「……心配させてごめんね」
なんて詫びればいいのかわからない。
拓磨くんの腰に腕を回して抱きついて謝罪すると、彼の腕が私の背中に回ってきて苦しいほど抱きしめ返された。
いつもより加減されていないハグだったので呻き声が漏れそうだったけど何とかこらえる。
この苦しさは彼の心の痛みだ。
罰として甘んじて受け入れよう。
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