森宮莉子は突き進む。 | ナノ
身の潔白を証明します。
「森宮先輩、話があります!」
大学構内を歩いていると、通せんぼするように足止めされた。
普段であればあきらめ悪く私の彼氏に声を掛けているというのに、珍しく私をご指名だ。
とはいえ、彼女……小畑さんのお話なんてろくなことじゃないのはわかっているので、私はげんなりしながら「なに?」と聞いた。
「店から出てくるのを見ましたよ! ホスト遊びしていたんでしょ! 久家先輩がいるのに最低!」
ビシィと指を差された。人を指さしたらいけないって教わらなかった? お行儀が悪いよ。
ホストと言えば、弓山さんに巻き込まれた件か。夜のお店が賑わうあの繁華街で私の姿を見たということはこの子も……
「……あなたもあの辺で遊んでたの?」
「違いますよ! 飲み会の帰りに通っただけです!」
あなたと一緒にしないでください! と軽蔑の眼差しを向けられた。
確かにホストクラブにはいたけど、こっちにも事情があるし、ホストと男女の関係に陥ったわけでもないのに、赤の他人に汚らわしい女扱いされるのは納得いかない。
「……莉子どういうことだ」
隣にいた拓磨くんの耳にもしっかり入ったところで私は観念した。
小畑さんの瞳がきらりと輝いた瞬間を私は見逃さない。
この女、これを狙って声を掛けたな……
「家庭教師のバイト帰りにホストクラブ前で弓山さんと遭遇して、中についてきてほしいって引きずり込まれたの」
でも本当にやましい事はないよ、と言い訳をしていると、小畑さんが「久家先輩騙されないで!」と口を挟んできた。
私は彼女をあえて無視すると、自分のスマホのロックを解除した上で彼に差し出した。
「疑うなら私のスマホを隅々まで見てくれていいよ。なんなら弓山さんに連絡してみたらいいよ」
身の潔白を証明するべく、個人情報の塊であるスマホを差し出す。
彼はじっと私の顔を見つめた。私の言葉に嘘がないかを表情で探っているのだろう。
付き合い始めてひと月程度なのに浮気容疑を掛けられるなんて。いや、逆の立場になって考えたら、私も疑ってしまうかな……?
「疑われて当然のことをしたと思う。本当にごめん。だけどホストと連絡先交換もしてないし……」
「あっ、この間店に来てくれた由紀ちゃん! 歯科衛生士って言ってたのに、学生だったの!?」
拓磨くんが無言なものだから、私は自己弁論を始めた。
しかし、そこにまた第三者の声が割って入ってきた。
聞き覚えのあるキーワードに私はぎょっとした。
そこにいたのは大学生男子。
あの晩の様にスーツを着ていないし、ホスト風の髪形もしてないけど、覚えている。
私の接客していたホストくんじゃないですかー。
年が近いだろうなと思っていたら、うちの大学の学生でしたかー。
「先日はどうも。あの日は同僚がホストにはまってしまったから、助けたいって連れの人が躍起になってて、その付添いで入店しただけなので。身分詐称していました」
もう二度とあの店に行くつもりはないので正直に暴露すると、ホストくんは納得したようにうなずいていた。
「なるほどー。乗り気じゃなかったのは、ホスト狂いのお客さんの跡を追いかけていたからかー」
「そういうこと」
「そういえば、お連れさん、ライトさんの席ばかり見つめていたよね。そこのお客様が同僚さんだったのかな?」
多分そう。私は面識がない相手だけど。
ホストくんは後ろ手に頭を掻きながら苦笑いを浮かべていた。
「ライトさんはうちのNO.1だからなー。ツケが支払えず風俗に身を沈めたお客はたくさん見てきたよ。まぁ、ライトさんがあの手この手を使って沈めたんだけどね。店からマージンもらえるし嬉々としてやってるよ」
仮にも客の前でそんなこと言っていいのか。
ていうかやっぱりホストって風俗店とつながってんだな……。
キャバクラのお姉さんたちもお仕事上男を騙すことはあるだろうけど、そこまではしないだろうに……いや、方向性の問題だろうか。
「……そのライトってホストが接客してたお客さんのツケ代金の合計額とか、あなた知っているの?」
「3か月前から通っているし、毎回ボトル入れているからそこそこ膨れ上がってるんじゃない? 看護師って言ってたけど、支払えなくてサラ金に手を付けるのも時間の問題かもね」
あくまで他人事のように話すホストくん。
自分が搾取する側の人間だからだろうか。あの世界になじみすぎて何とも思わなくなってしまったんだろうか。
「ていうか睨まれてるけど大丈夫?」
しばし考え込んでいると、ホストくんに指摘されて、拓磨くんとおまけの小畑さんの存在を思い出した。
拓磨くんは腕を組んで怖い顔でこっちを睨んでいる。怖い怖い。
「浮気の疑いを掛けられてるんだよ。君からも何か言ってくれない?」
「大丈夫ですよ、由紀さんは接触をことごとくスルーしてましたから! なんなら飲み物に手を付けない徹底ぶりで!」
それはね、お茶を頼んでいるのに酒をすすめてくるから身の危険を感じたんだ。
届いたお茶にお酒が仕込まれてないとは限らないから飲まないようにしていたのさ。
「……今回は大目に見てやる。そういう店に二度と行くな」
「はい」
「そもそも帰り道にそういう店の前を通るな。ガラの悪い人間も多いんだから」
「だって近道だし、明るいから歩きやすいんだよ」
「莉子」
「ごめんなさい」
彼のお怒りという圧に負けた。
相当お怒りだ。そこに浮気心や決定的な浮気の事実がなかったとしても許せないことのようだ。
「久家先輩、こんな人とは別れたほうがいいですよ! きっとこんなのただの言い訳で……」
「部外者が口を挟むな。これは俺と莉子の問題だ」
彼からの拒絶に小畑さんは青ざめて沈黙していた。
私にだけでなく、小畑さんにもお怒りみたいだ。
私のホストクラブ来店が一番のお怒りポイントだけど、私たちの仲を壊そうとしている彼女の行動もイラつきポイントなのかもしれない。
そこからずっと彼は機嫌が悪くて、帰りの車の中でも無言だった。
こんなに機嫌の悪い彼は入学式の初対面以来かな。
自分に非があるので、自分の家まで送り届けてもらったタイミングで「ホントにごめんね」ともう一度謝罪しておいた。
「んっ!」
そしたら助手席に押し付けられてキスされた。顔を押さえつけられて、一方的に奪われた。
熱い舌で激しく口内をかき乱され、息を吐く暇もない乱暴なキス。
彼らしくなく乱暴なそれなのに、私はなぜだか嬉しかった。
濡れた音を立てて離れた唇。私は彼の両頬を手のひらで包み込んで自分から口づけした。
「……反省してないな」
離れた唇が切なくてもっとキスを求めたら、額を指で突かれてお預けされてしまった。
──とはいえ、このままではスッキリしない。
自分の部屋でしばし私はうーんと考え込み、自分のノートパソコンを操作する。
ホスト問題について、なにか法律的に解決できないだろうか。
法律は弱い者の味方ではない。知っている者の味方だ。
知らない人はいつまでも泣き寝入りする羽目になるのだ。
仲良くない弓山さんの同僚さんは赤の他人もいいところだけど、ここまで来たら、出来る範囲で何かしたい。
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