森宮莉子は突き進む。 | ナノ
森宮莉子は振り向いた。【完】
久家くんは小さく咳払いすると、さっきよりも大きくはっきりした声で言った。
「ずっと莉子のことが好きだった。俺は莉子の特別になりたい。彼氏になりたいんだ」
「……」
言われた言葉はちゃんと聞こえた。
だけど私は何も返せなかった。
私の幻聴じゃなかった……だと。
「言っておくが賭けとか冗談じゃないから。本気で言っている。……結婚を前提に俺と付き合ってほしい」
以前にも久家くんに交際を持ちかけられるような言葉を言われたことがある。
私はそれを賭け告白だと誤解して冷たく拒絶したけど……もしかして、あれは本気だったのだろうか。
「……なんで?」
私の声は震えていた。
「久家くん、今はそういうの邪魔だって言ってたじゃない」
私の問いに彼は怪訝な表情を浮かべていた。
何のことだ? と顔に書いてある。
「あの子……小畑さんに連絡先を聞かれてそう言って断っていたでしょ」
「あー…それがいつのことかわからないけど、あれは断り文句なだけ。好意のない相手と関わる気はない」
好きな人がいると言ったら、莉子に攻撃が行きそうだったし……と久家くんは言うが、その気遣いは無駄だったようだね。
本当に、私のことが好きなの? 信じていいの?
「もしかして俺の気持ちが信じられないか?」
久家くんの不安そうな声に私は首を横に振る。
思い返せば久家くんはいつだって私を優先にして気遣ってくれた。
私が親友だからと思っていたけどそうではなくて、私のことが特別だから大切にしてくれていたんだ。
それなのに気づかなかった……気づこうとしなかった私は本当に大馬鹿者だ。
久家くんを利用していると非難されてもそりゃあ仕方ないよね。
私は臆病すぎて、傷付かないように可能性から目をそらし続けていたんだ。
「……でも私と交際するってなると支障があるじゃない。私は特待生だし、久家くんだって留年したくないでしょう」
私には絶対に叶えたい夢がある。
今までその為だけに突っ走ってきた。
青春も友情も恋愛も無視して、ひたすらにがむしゃらに。
今更それを捨てられない。もう引き返せないんだ。
久家くんだって恋愛に現を抜かせないでしょう。
だから私は……
「今だって久家くんのことを意識してるし、家でも思い出したりして。私こういうの初めてだからさ、わかんないんだ」
あぁなんだかもう泣きそうだ。
両思いだとわかっているのに、私の夢がそれを阻もうとする状況が苦しくて頭の中がぐちゃぐちゃだ。
「久家くんと小畑さんが一緒にいる姿を見るたびに私、嫌な気持ちになっていたの。彼女でもないくせに自分勝手に嫉妬してたんだよ! ……久家くんが後夜祭の時あの子を振ったって察知した時だってうれしくてたまらなくて……私、性格悪いでしょ?」
これまで味わうことのなかった初めての感情を久家くんにぶちまけた。
私という人間は身勝手で独りよがりで自分が一番かわいい人間なんだ。夢のために久家くんとは付き合えないと思っているくせに、久家くんに近づく女に嫉妬している。
私は決して器用な人間じゃない。久家くんの恋人になったら、これまで通りには行かない気がして怖くてたまらないんだ。
「はははっ」
「!?」
苦しい心の内を打ち明けたのに久家くんは笑った。
私はそれがショックで愕然とした。何故笑う。
久家くんは私を抱き寄せると、ふふふと嬉しそうに笑っていた。
「嫉妬してくれて俺はうれしい。それだけ俺の事好きになってくれたって事だろ?」
「笑い事じゃないの! 付き合ったら、久家くんの恋人になったら私きっと久家くんに夢中になって、独占欲出してわがまま言ってしまうかもしれない!」
そうなったらきっと勉強どころじゃなくなって、私は成績を落とす。
「それに成績落としちゃうかもしれないでしょ。私、特待生だもん……ようやくここまで来たんだよ!? ずっと余所見せずに頑張ってきたの!」
特待生としてトップを維持するというプレッシャーはとてつもないものだ。
特待生枠を外れたら莫大な学費を自腹で支払う必要があるんだから。
もちろん奨学金を借りて通う学生もいるが、それとは違う圧力が私を襲う。
だから久家くんとは付き合えない、とか細い声で言うと、私を抱きしめる腕が強まって苦しくなった。
「……子どものころから目指してきた莉子の夢は──医師になるという覚悟は、俺ひとりの存在で簡単にブレるものなのか?」
久家くんの低い声に私はびくっと肩を揺らした。
「俺にはそうは思えない」
彼の声には迷いはなかった。
私は特待生のまま卒業するだろうという確信を感じさせる声だった。
私はうんともすんとも言わずに固まっていた。
ただ、目から勝手に流れ落ちる涙が止まらず、彼の着ているコートを濡らしていた。
「莉子はいつだって一生懸命だったろ。夢も恋愛もあきらめない姿を見せてくれよ」
「だって、怖い」
久家くんは以前にも恋をしたことがあるだろう。そして裏切られて傷ついた。
怖くないのか。私はものすごく怖い。
私は幼い子供の様にぐずった。22歳にもなって情けないが、初めての恋に臆病になっているんだ。
「怖くない。莉子がどう思おうと、もう手加減しない」
「むっ」
久家くんは有無を言わせず私の唇を奪った。
外気に冷やされた唇はすぐにお互いの熱で熱くなった。
優しく重ねられた唇が、角度を変えて交わされる。
……なんだろう、初めてされた気がしないのは。
涙で濡れた頬を拭うように久家くんの指が頬を撫でる。
私はイルミネーションの光で照らされた久家くんの顔をじっと見つめた。
「……久家くんを優先にはできないよ? 俺と勉強どっちが大事なんだ! とか言わないでよ?」
それでもいいの? と確認すると、彼はくく、と喉を軽く鳴らして笑っていた
「わかってる。俺だって同じだ。学業最優先でなくては……それは今までと何も変わらないだろう?」
拭ってもらった涙がまた溢れ出た。
私の涙腺は壊れてしまったようである。妙に情緒が不安定だ。
「久家くん、好きだよ。私の初恋なんだよ」
こんなに苦しい気持ちになったのは初めてなんだよ。
久家くんは責任を取らなきゃいけないんだから。
「最初で最後の相手になってやる」
「気障…」
私がちくりと指摘すると、久家くんは苦笑いしていた。
そして私の頬やおでこ、鼻先に沢山キスしてくれた。
唇に落とされたキス。
唇同士が離れないよう、私は彼の首に腕を回した。
恋は苦しいばかりと思っていた
だけど久家くんとキスをした瞬間、味わったことのない幸福感に包み込まれた。
恋をしなきゃ知らなかった感情。
久家くんのおかげで知ることができたんだよ。
◇◆◇
CBT試験結果は10日くらいで成績表が配布された。
私の成績表では正答率99%と表記されていた。
そして受験者のうち、順位は……
「順位が1位! やったぁ!」
私は飛び上がって喜んだ。
努力が実った結果だ!
それにしても残りの1%はどこで間違ったんだろう。
「おめでとう。流石だな」
「ありがと。そっちはどうだった?」
拓磨くんは成績表を私に見せてくれた。彼の正答率は90%で11位だった。
なかなか優秀な結果である。
「平均は80%だし、共用試験で90%以上とった学生で国家試験落ちる人ってなかなか居ないらしいから、拓磨くんは優秀だよ!」
「独学でトップになった人間に言われてもな…」
褒めたのに皮肉を言われた。
かわいくないな。
「なんだよー勇気づけてあげたのに」
彼の脇腹に手を差し込んでこちょこちょしてやる。
すると無言で仕返しされた。
「あひゃひゃひゃ! やめ……」
やめろ、そのくすぐり攻撃は私に効く。
「そこのカップルいちゃつくなー……はぁ、9割は行きたかったのになぁ」
私と拓磨くんの行動をチクリと注意した真歌は成績表を見て沈んでいた。
彼女は正答率83%だったらしい。
「真歌は十分凄いわよ。バイトとの両立をしながらその成績だもの。私あなたを尊敬しているのよ」
「えへ、そうかなぁ」
「そうよ。私ももっと頑張らなきゃ」
そういう琴乃も81%という平均に近い正答率だったそうだ。合格ラインは大体65%。それから見たらみんな優秀である。
自分だけじゃなく、身近な人が合格ラインを越えてほっとした。
不合格の人間は再試がある。この試験に合格しなくては、これから始まる臨床実習への参加ができない。
就職試験でこの結果を参考にする病院もあるそうなので、いい結果を残せてよかった。
「やっぱり莉子は天才型だな」
大学構内を肩を並べて歩きながら、彼がそんなことを言うので私はとんでもないと首を横に振った。
「そんなことないよ。ただのがり勉だって」
「CBTは問題集と過去問のみで乗り切っていたろ? 周りは予備校やネット講座を受けていたのに……それだけで乗り切った莉子はかなりの少数派だぞ」
「先輩方に色々融通してもらったからねぇ」
CBTはとにかく過去問を解くのが重要だと聞いていたので、繰り返し繰り返し解いた。
その努力が成果になっただけで、天才なんて大げさなんだよ。
ふと、拓磨くんが私の耳にかかった髪を軽く払った。
耳たぶには先日彼から贈られたピアス型のイヤリングがついている。
付き合い始めて3日目に贈られたものだ。本人は2,500円で買ったと言っているが、実際のところはわからない。実はゼロが多いんじゃないかなと疑ってはいるが、クリスマスプレゼントだと思って素直に受け取った。
彼は私がこれをつけているのを見るのが好きみたいでたまにこうしてくる。
耳たぶをふにふにと指で撫でられて、私は頭を大きく傾けた。
「もう、くすぐったいよ」
私がくすぐったがりって知っているのにいつもそんなことしてくるんだから。
割とスキンシップ好きなんだね、君って。
「……莉子の脳を解剖してじっくり観察してみたい」
突然の猟奇的な告白に、私の笑顔が固まった。
「……やだ、脳みそまで愛されてるの私ったら」
「何らかの理由で莉子が俺よりも先に亡くなったら、じっくり全身解剖してから綺麗にはく製にして傍に置いておきたいくらいには」
真顔で言われた。
冗談ではないらしい。怖い怖い。
「凄い口説き文句だね。強烈だわ……」
ちょっと引きながらも胸がときめいているのは否定できなかった。
これが惚れた弱みとでもいうのか……ドキッとしてしまう私も大概である。
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