森宮莉子は突き進む。 | ナノ
血管の種類は大きく分けて動脈、静脈、細小動脈、毛細血管の4つです。
「あれ、そこにいるのってもしかして森宮さん? 森宮莉子さんだよね?」
文化祭の出し物を冷かしながら久家くんと移動している途中で、同年代らしき女性に声を掛けられた。
「そうですけど……えっと」
「高校の時同じクラスだったんだけど……あはは、覚えてないかな」
すまん。高校時代は周りのことをあんまり意識してなかったので元同級生のことは全然と言っていいほど覚えてないんだ。
辛うじて連絡先交換した友人と呼べる人でさえ4年近く会ってないから顔を見てもぴんと来ないだろうし……特に女の人は化粧やら髪の色で雰囲気が変わるから……。
「ごめんなさい…」
彼女は苦笑いを浮かべていたが、こっちを責めることはなかった。
ごめんなさい。本当に。
「森宮さんは医大だっけ? 医学科は6年制だったよね」
「うん、今度の試験に合格出来たら5年に進級できるよ。次の学期から大学病院での臨床実習に入る予定」
「そっかぁ……頑張ってるんだね、すごいや」
なんだか遠い目で見られたので私は引っかかった。何故そんな目で私を見る。
もしかして彼女は人生設計がうまくいっていないのかな。
「あの……あなたは今…」
「あぁ、私はもう就職も決まって、あとは卒論って所だから全然問題ないんだよ。……だけど、本当にこれでよかったのかなって思っちゃうことがあってね」
それはどういう意味なんだろうと私は首をかしげる。
何か後悔しているのだろうか。
「中学高校での勉強漬けの毎日から解放されて、大学では少しだらけちゃってさ。勉強もそうだけど、もっと色んな事しておけばよかったなーって、卒業目前の今になって後悔してるんだよね」
だからあの頃から怠けず真面目に頑張ってきた森宮さんを見たら眩しくってさぁとからから笑っている元同級生。
私も勉強一色で、世間一般の大学生みたいなキラキラした生活は送れていないと思っているけど、外から見たら眩しい存在らしい。
「森宮さんはまだ大学生活が続くだろうし、後悔のないように過ごしてね」
「うん……」
「陰ながら森宮さんが立派なお医者さんになれるの応援してるね」
「ありがと」
彼女は名乗らなかった。
また忘れられるからいいやって思われているのかもしれない。
「デート中にごめんねっ! じゃあ、またね!」
彼女は元気よく別れの挨拶をすると、手を振って人ごみの中に消えた。
あんな雰囲気の同級生、高校時代にいたような気がするんだけど……気遣いが上手で、修学旅行でボッチ行動している私を心配して声を掛けてくれた……
「……あ、思い出した。相賀さん! 学級委員の相賀さんだ!!」
記憶の渦の中から元同級生の名前を思い出したが時はすでに遅し。
「思い出すのが1分遅かったな」
隣にいる久家くんのツッコミが耳に痛かった。
妹の美玖のクラス普通科3−1の出し物はお化け屋敷だ。
ホラーやグロが苦手な美玖はクラスでの話し合いの際、断固反対したけど、残念ながら賛成多数で可決されたそうで。
グロに関するトラウマを発症しないようお化け屋敷内部が見えないように表で受付担当に配置されたそうだ。
「美玖来たよー!」
受付に立っているだけなのに顔色が悪い美玖に声を掛けると、彼女はにっこり……と元気のない笑顔を私と久家くんに向けた。
相当疲れているようだったので後で温かいもの飲みなさいと小銭を握らせておいた。
チケットを支払って黒いカーテンに覆われた室内に入ると、辺り一面真っ暗で、足元を照らす明り……サイリウムみたいな光源だけが頼りだった。
このお化け屋敷のテーマは古典都市伝説。どの伝説が出現するかは入ってからのお楽しみらしい。
小学校のころ学校の図書館で七不思議とか都市伝説の本読んだなぁそういえばと思い出しながら進行方向に進んでいると、ぬっと何者かが道を塞いだ。
「おっと…」
現われたのは赤いコートのマスク姿の若い女。口元を完全に覆い隠すマスクをしている。
これはもしや……と期待していると、彼女はゆっくりマスクを外し、蛇のように裂けた口元を見せてにやりと笑う。
「アタシ、こんな顔でも綺麗?」
口裂け女だー!
国産第一号と言ってもおかしくない都市伝説の登場に私は胸が躍った。
「しわの線に逆らっている傷口だから……形成手術を施したとしても痕が残るかもしれない」
「……」
しかし彼は違った。久家くんは顎に手をやって真顔で言ったのだ。
お化け屋敷と理解したうえで入ったので彼女のそれが仮装だってわかっているけど、医学生視点での考えが口から飛び出したようである。
たしかに傷跡は大きく痕が残りやすい部位と方向があるため、彼女の口の裂け方だと初期のケロイド期に治療したとしても痕が大きく残る可能性が高い。言われてみればそうかもしれない。
そもそも口裂け女の口を裂いた医者ってどういう腕してるんだろうね。片側を誤って切り裂くなら100歩譲ってまだわかるけど、両方切り裂くって意味わからないんだけど。
都市伝説とはいえ、どうにも違和感がある。
「その口裂けメイクはナイスだよ。頑張って」
久家くんからマジレスされて困惑している口裂け女の横を通り過ぎ、次に行こうとしたら、足首を何者かに掴まれた。
「ねぇ……足ちょうだぁい……」
「うぉぉ!?」
下から聞こえる怨みのこもった声。
それには私も悲鳴を上げた。女性の悲鳴というには野太い悲鳴だったけど。
咄嗟に横を歩いていた久家くんの腕に抱き着いて足元を見ると、這いつくばった血だらけセーラー服の女学生が上半身だけをカーテンの隙間から出して、こちらをじっとり縋るように見上げていた。
床には線路の写真を拡大コピーしたものが貼られている。
──なるほど、これはテケテケだな。
「大丈夫か莉子」
「うん。びっくり系は苦手なんだ」
久家くんのサークルで2年前くらいに催していた大学祭のお化け屋敷を思い出したよ。似たようなことされたもの。
そっと足を持ち上げると足首に巻き付いていた手は簡単にほどける。テケテケ役の子はおとなしくずりずり後退していた。もう足はいらないのか。
テケテケって都市伝説は、雪国で鉄道事故に巻き込まれた女子中学生がモデルらしく、転落事故で上半身と下半身が真っ二つになったが、寒さで血管が固まり死ぬに死ねなくて苦しんで、助けを求めたのに周りに見捨てられたことを恨んだ女子中学生が復讐のために無差別殺戮を始めたって話らしい。
しかし、この都市伝説に私は疑問を持っている。
人間は恒温動物だ。血管が凍ったということは、それは最早死を意味する。
上下真っ二つに轢断された直後に意識があったとしても、腹部を通る重要な大動脈が離断した瞬間から大量出血を引き起こして失血性ショックで気を失い、まもなく死亡する。
実際に女子中学生が不幸にも亡くなった事故があったかもしれないが、それから先は面白おかしく脚色された話なんだろうと私は思う。
「それにしても勇ましい悲鳴だったな」
「すまんね、本気で驚いたらキャーとか可愛い悲鳴は出ないのだよ」
久家くんに悲鳴の野太さをからかわれた私は正気に戻った。彼の腕からそっと手を放して平静を装っていたが、内心ドキドキだった。近くにいたとはいえ、腕に抱き着くとは大胆すぎるだろう自分。
「歩けるか? 怖かったらリタイヤしてもいいけど」
「大丈夫」
「なら行こう」
手を掴まれて、私はドキッとする。
今度は久家くんから手を握られちゃった。さっきは自分から手を繋いだくせに、相手から握られると緊張で動けなくなるってどういうこと。
「どうした? 怖いか?」
私が恐怖で固まっていると思ったのか、久家くんがそっと問いかけてくる。
優しい声で囁かれただけなのに私の胸は満たされた。
恋と呼ばれる現象に見舞われると、脳内でフェニルエチルアミンが分泌されて、ドーパミン濃度が上昇する。
それによって好きな相手のことを想うと幸せで高揚した気分になってポジティブな毎日が送れるようになると言われている
彼が私だけを見てくれているこの瞬間が幸せなのだ。
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