森宮莉子は突き進む。 | ナノ
大学構内での飲酒は全面禁止です。
バリスタスタイルの久家くんは別の女の人に笑顔(※接客スマイル)を向けている。
私がここにいることすら気づいてないんだろうな…
本当は久家くんと話したかったけど、こんな混雑じゃ話す暇もないだろうし、出直そう。
気持ちしょんぼりめで飲み物渡し口で出来上がりを待つ。
ホットカフェモカを注文したけど、本当に久家くんにツケを回していいんだろうか。後で怒られたりしないかな……
空を見上げると、雲一つない青空。
時折吹き付ける風は冷たいが、太陽の日差しのおかげで心地よい暖かさを感じる。
あと数時間で文化祭も終わりか……今日中に久家くんと話すことができるだろうか……
──バシャッ
「きゃあ!」
「酒はねぇのかよ!!」
感傷に浸っていた私だったが、女性の悲鳴と、男の怒鳴り声でびくっと我に返る。
騒動の中心には注目が集まっており、私もそちらへ視線を向けると、そこでは顔を真っ赤にした男性が空の紙コップを、対峙する女性の頭上で逆さにしている姿があった。
悲鳴を上げた女性──小畑さんは頭上から水を滴らせて、呆然としている。
……えっ、どういう状況?
「やめてください! なんてことをするんですか!」
私を含め、周りの人間全員が呆然としていると、彼女と同じ運動サークルのメンバーであるバリスタスタイルの男子学生が小畑さんを庇っていた。
「俺は酒をよこせって言ったんだよ!!」
止めた男子学生に掴みかかり、酒をせびるその姿は見ていられない。
どうやら酔っぱらいの相手をしてこうなったらしい。
ちなみに大学内での飲酒は禁止だ。こういうイベントごとがあってもアルコールの提供は厳禁。酔客によるトラブル、20歳未満の学生の飲酒を防止するためのルールだ。お酒が飲みたいなら外で飲んできたらいいのに。
お酒を飲むと記憶をなくす系の私は目の前の光景を見て同族嫌悪みたいな気持ちになった。
唾が飛ぶ勢いで酒酒と騒いでいる酔っぱらいは完全に我を無くしている。
暴力行為に発展するのも時間の問題かもしれない。
これはまずいと思った私は、巡回している警備員を呼びに行こうと踵を返したのだが……騒動の渦中に割り込んだ人物の姿を見て足が止まった。
「乱暴な真似はやめろ!」
「うるせぇ!」
がっ、と殴打音が響いて、それを見ていた女性たちが悲鳴を上げる。胸倉をつかまれていた男子学生を助けようと間に入った久家くんが酔っぱらいに殴られたのだ。
「久家くん!」
殴られた勢いで久家くんの眼鏡が宙を吹っ飛ぶ。
たたらを踏むだけで、転倒はしなかった久家くんだが、殴られた頬を手で押さえて俯いていた。
「久家先輩! やだ大丈夫ですか!?」
そこへ小畑さんが素早く接近し、傷口を確認しようと久家くんの頬に手を伸ばすも、久家くんはそれを手で制していた。
……よくも久家くんを。
私の怒りは酔っぱらいに向いた。
これ以上の暴力は私が許さない!!
私はそこに割り込んで、久家くんたちと酔っぱらいの間に入った。
「酔っぱらっていたって罪が軽くなるわけじゃないよ。大学構内、全面禁酒のはずだ。ルールを守れないなら帰れ!」
冷静さをかなぐり捨てて、酔っぱらいに向かって吠えると、相手が「なんだとぉ!」と反応していた。
なんだとぉじゃないよ! よくも久家くんを殴ってくれたな!?
「莉子、危ないから下がって」
「嫌だ! 久家くんが殴られているのを黙って見ていられないよ!」
後ろから久家くんに肩を掴まれたが、私は退く気は一切ない。
こんなことなら催涙スプレーを持ってきたら良かった! 荷物と一緒にロッカーに預けてきちゃったんだ。
「女だからって容赦はしねぇぞー!」
雑魚が言いそうな脅し文句である。
私は拳を握りしめた。片手にはロングチュロスの感触。
久家くんを守るためにここは戦うしかないのか。
基本的に暴力は反対の立場だ。しかし引けない時もある。
「調子に乗ってんじゃないよ……よくも久家くんを!」
怒りが抑えられない。
ロングチュロスを構えて、私は反撃体勢に出た。
足を踏み出して前に出ると、大きく腕を振りかぶる。ロングチュロスでビシッと酔っぱらいの頬を張ってやった。
呆然とする酔っぱらい。
根元からぼっきり折れたロングチュロスの残骸が地面に落下する。
もったいない事をしてしまった。ごめんなさい。
「……いてぇなこのクソ女!」
ロングチュロスでシバかれたことに腹を立てた酔っぱらいが怒鳴りつけてきた。
喧嘩を売ってきたのはそっちのくせに。
チュロスで殴られたくらいで何を喚いているんだか。
こぶしで殴られた久家くんの頬のほうが絶対に痛いに決まっている。
「莉子、このバカッ!」
殴られることも覚悟の上で仁王立ちしていたのだが、背後から回ってきた腕に軽々と抱き寄せられてしまった私は、久家くんの腕の中にすっぽり収まっていた。
──いま、バカって言った?
「おいやめろ!」
「あの女殴ってやる!」
「酒くっせぇなこいつ!」
久家くんの胸元に顔を押し付けられているので何も見えない。
だけど周りの状況が大きく変わったのは理解できた。
誰かが介入して酔っぱらいを抑え込んでくれたのだ。
顔を動かして久家くんの腕の中からスポッと解放させると、体格のいい男子学生複数人……ラグビーとかやってそうな面々が酔っぱらいを囲んで拘束していた。豊満な筋肉。何という安心感。
「ナメてんじゃねーぞ!」
酒よこせー! と奇声を上げる酒乱。
そこに警備員も集まってきて連行されていく。しかし誰が相手でもお構いなしの酒乱は暴れまくって方々に迷惑をかけているようだった。
それを見送っていた私だったが、ふと大事なことを思い出す。
「久家くん! 怪我は!」
去ってしまった酒乱のことは最早どうでもいい。
今重要なのは久家くんの怪我である。
私は彼の頬を観察した。殴られた直後の頬は赤く色づいている。口角は軽く裂傷しているようだ。開けさせた口の中では殴られた拍子に歯が当たって出血を引き起こしていた。
「病院でよく診てもらおう? もしかしたら脳や目に異常が……歯医者も必要かな、奥歯に異常は感じる?」
「大丈夫だよ」
私が慌てている姿がおかしかったのか、久家くんは小さく笑っていた。
笑い事じゃないよ、私は本気で心配しているのに。
「私が殴られたときは病院に行けって言ったじゃない。ほら一緒に行ってあげるから」
「簡単に手当てするだけで大丈夫だって」
地面に落ちていた久家くんの眼鏡を拾い上げ、それを彼に手渡す。
彼が眼鏡を装着しているその合間に私はドンと何者かに押しどけられた。
「久家先輩! すみません私を庇ったばかりに……手当は私がします!」
小畑さんである。
この女、久家くんの意識が眼鏡に行っている間に気づかれないよう私を押し出しやがった。
そもそも1年生であるあんたがまともに手当てできるとでも思っているのかとイラァ……とする。
大体、久家くんが庇ったのは、酒乱に胸倉を掴まれた男子学生である。小畑さんを直接庇ったのはその人で……小畑さんはお礼を言う相手をちょっと間違えているよね。
彼女は久家くんの腫れた頬にべたべた触れていて、遠慮のかけらもない。それでも医者志望か! 触り方が全然なっていない!
久家くんが痛そうに顔を歪めているじゃないか。
嫉妬したらいいのか、彼女の触診の仕方の雑さに腹を立てればいいのかもうわからない。
「いや、莉子が手当てしてくれるから必要ない」
「……えっ?」
小畑さんの申し出を断った久家くんは、小畑さんの遠慮のない手を避けて、手当の申し出をお断りしていた。
そして後ろの方でもやもやしている私の顔を見て、困ったように表情を曇らせていた。
「どうした莉子、今になって恐怖がぶり返してきたか?」
顔色が悪いと言って、両頬を手で包まれた私はその暖かさに泣きたくなった。
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