これ以上ないほど愛しています
拷問で散々痛めつけられた身体は完全回復した。
もう完治した、大丈夫だと言っているんだけど、靴磨きの仕事を取り上げられて、至れり尽くせりな生活を送らされている。
手下もとい使用人なのに、同じ使用人からこんなにも丁重にお世話されてもいいのだろうかと疑問に思いつつ、準備されたきれいなドレスを着せられた私は黒薔薇のプリンス様の執務室に呼ばれていた。
「体調はどうだ」
「もうすっかり! その説は本当にご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした…!」
「いい、楽にしていろ」
膝をついて土下座しようとしたら止められてしまった。
仕事もせずに毎日ダラダラ過ごさせていただいて本当に申し訳ない。もしかして療養期間中のお給料の減額の話だろうか。もしくは迷惑かけたペナルティとして解雇とか……それは、それだけはご勘弁を…!
「…私は……クビでしょうか…」
「? 誰がそんなことを言った?」
泣きそうな声で確認すると、彼は眉を顰めてまるで意味がわからないといった顔をした。ホッ、解雇の話じゃなかったようだ。私はひとり胸を撫で下ろす。
先程までお仕事を片付けていたっぽいプリンス様は持っていたペンをペン立てに戻すと、ゆっくり椅子から立ち上がった。プリンス様はまだ王子という身分であるがもうすでに国政を行っている。そこそこお忙しい御方なのだが、難なくこなしてしまうところは流石と言えよう。
疲れているプリンス様も素敵…と呑気に見惚れていい状況じゃないのはわかっているんだけど、やっぱり私の推しは素敵だ。
「…お前を拉致して拷問した集団のことだが、あれらは国を倒そうと悪巧みをして、第2の私を作りあげようとしているとの情報が入ってきた」
彼が静かに告げた言葉に私は目を軽く見開いた。
──第2のプリンス様……それは、瘴気を吐き出す呪いを持った人間ということだろうか。
「お前もどこからか聞いていると思う。私の産みの母が掛けたこの呪いのことを。それを唆したのがお前を拉致したダチュラ伯爵だ」
──アイツらは国家転覆を狙っている。
黒薔薇のプリンス様の口から飛び出してきた単語に私はぎくりとする。
そう、彼は国家転覆を狙う第三勢力に対抗するために戦って、愛する女を庇って命を落とすのだ。それだけでも恐ろしいと言うのに、第2のプリンス様…つまり、【愛を理解できない呪い】をかけられた人間が誕生するってこと。今はまだそうなってないかもしれないとしても、近い将来この世界を混沌に陥れる人間が現れる……
アニメでも語られていたが、黒薔薇のプリンス様は常人離れした魔力と精神力を持っているから我をなくすことなく、ここまでこれたが、一般人がその呪いを掛けられるとまず自分から発される瘴気によって精神を蝕まれるだろうと言われている。そんな人間が生み出されたりしたらその人は間違いなく呪いに取り込まれて暴走して、さらなる悲劇を生み出すかもしれない。
「大変なことじゃないですか!」
それは一刻の猶予もない。そのダチュラとやらを早く捕まえるべきだ! 私が拳を握りしめると、黒薔薇のプリンス様はすっとこちらに歩いてきた。動きに全く隙がない。洗練されたその所作は何度見ても惚れ惚れしてしまう。
薔薇に似た香水のいい香りが漂ってきてほわぁ…と幸せを感じていると、彼の手がすっと私の頬に伸びてきた。
「そのため私はユリウス、そしてプリンセスコスモと手を組んでダチュラ一派を殲滅することになった」
「ならば私を同行させてください!」
それすなわち、プリンス様の運命の分かれ目の決戦じゃないか! 私の役目を果たすべく、自分も参戦させてくれと願い出ると、彼は黒曜石の美しい瞳でじっと私を観察するように見つめてくる。
感情を感じ取れない漆黒の瞳に熱がこめられているような気がして私はどきりとする。
「……お前は、本当に変わった女だ。呪われた王子だと遠巻きにされる私に臆することなく、まっすぐな瞳をして私に近寄ってきて」
そう言って彼は自分の胸を手のひらで押さえて、息苦しそうに表情を歪める。
「プリンス様、お加減が悪いんですか?」
もしかしたら最近色々ありすぎて身体に変調をきたしているのかもしれない。寝るにはまだ少し早いけど、今日は早めに休んだほうがいいのでは。
私は彼を寝室に誘導しようと彼の体を支えるために腕を伸ばしたのだが、その手を掴まれて体ごと引き寄せられた。
「苦しい」
「さ、匙を呼びましょう!」
大変だ、プリンス様が異変を訴えている! すぐにお医者様を! と飛び出そうとしたが、私の手を掴んで離してくれないので私は医者を呼びに行けない。
「なぜなんだ? お前を見ると胸が苦しいんだ…だけどわからない」
わ、私が原因ですか! それは、見ていてムカムカするとかそういう意味合い…? もしそうなら私は立ち直れそうにないんですが。
「この気持ちがわからない……だけどお前がいないと胸に穴が空いたようで……」
「プリンス様…」
見ていると腹が立つけど、いないと寂しい的な…私にもそれはわかりません。
黒薔薇のプリンス様も自分の中に湧き上がった得体のしれない感情に戸惑っているようだ。その感情が知りたいのに、理解できないそのもどかしさに苛立たしさを覚えているようにも見える。
「ミュゲ」
ぐいっと腰を抱き寄せられた私は至近距離から黒薔薇のプリンス様の美しいお顔を見上げる形になった。ミケランジェロも筆を折るほどの芸術品のような美貌のプリンス様がこんな近くにいる。
あぁぁ近い。なにこれ幸せ。
「お前のすべてがほしい。だから私のものになれ」
その言葉に私は目を丸くする。
“私のものになれ”だって……?
そんな、そんな事言われても…
「私は最初から身も心もすべて貴方様に捧げております」
ここに来た時点で私はあなたのしもべ。
私の命はあなたに預けたも同然なのだ。すでに捧げているものなのに改めてよこせと言われても今更なんだけどな。
「そうか…」
彼は私の返事に納得した様子だった。今のは彼の満足ゆく返事だったようだ。私の忠誠心を試すためのカマかけだろうか。一緒に戦闘に出て裏切らないか試されていたのかな?
彼の表情はやっぱり無感動だ。どんなことを考えているのだろうと想像していると、私の身体がふわりと浮いた。
「…あの?」
私を抱き上げたプリンス様はどこかに向かって歩き始めた。私の呼びかけには無視である。
彼は私を抱きかかえたまま執務室を出て廊下に出ると、すれ違った使用人に「しばらく部屋には誰も近づけさせるな」と命じていた。私がプリンス様と頭を下げた使用人を見比べて困惑している間に、とある部屋へと連れ込まれた。
そこは黒薔薇のプリンス様のお部屋。
当然のこと今は私と彼しか存在しない。なんだか異様な空気を感じて彼の顔を覗き込む。すると至近距離に彼の美しい顔が迫っていた。
ちょ、そんな接近サービスされたら心臓が止まってしまいます…!
「あの、プリンス様、…んっ」
口を開く私の唇を塞ぐかのように奪ったプリンス様は何も言わずに私を真っ黒なシーツのベッドに押し倒してきた。いきなりの急展開に目を丸くして固まっている間に服を剥ぎ取られ、あれよあれよのままに私はプリンス様に抱かれていた。
よくわからないけど……これは慰み者になったのかな? ラッキーと言えばいいのか、所詮コスモの代わりだと嘆けばいいのか…
誤解がないように言えば、私は大切に優しく抱いていただいた。こんなこと望める立場じゃないのに、お情けがいただけて嬉しくて嬉しくて泣いていたら、プリンス様は私の涙を拭ってくれた。そして私の唇に幾度となくキスを落として、体の隅々まで愛してくださった。
こんなに触れていただけるなんて夢にも思わなかった。私は幸せで幸せでたまらなかった。
──黒薔薇のプリンス様、私はあなたを愛しています。
命を救うために肉壁になってもいいし、あなたの呪いが解けるならプリンセスコスモとの縁を結んでもいい。
あなたのためならなんだってしてやります。それが私の愛なのです。
たとえそれが自己犠牲的なものだとしても。私はあなたを愛さずにはいられない。
「あなたをお慕いしております、黒薔薇のプリンス様…これ以上ないほどあなたを愛しております」
私に覆いかぶさった彼に愛の告白をすると、プリンス様はピタリと動きを止めた。目を見開き、戸惑い、困惑し、苦悶する。そして…ぐっと歯を噛みしめると、私を貫いた。
「いっ……!!」
与えられた痛みに私は新たな涙を流す。彼の背中に手を回し、彼の衝動を一身に受け止めた。
…その痛みすら愛おしかった。コスモの代わりだとしても彼に求められて嬉しい。
私の全てはあなたのもの。私はなんだってあなたに差し出せる。
黒薔薇のプリンス様、あなたをずっとお慕いしておりました。
どうしようもないほどあなたを愛しているのです。