リナリアの幻想 | ナノ
パートナーのお誘いとドレスの贈りもの
護衛に囲まれた息苦しい休暇が終わり、学校が始まった。
しかし今回はいつもとは違う始業式だ。最終学年の6年生に進級したからだ。
始業式の後に行われた入学式では初々しい新1年生を見て、私も入学したばかりのころはあんなに小さかったのかなと感慨に耽った。これからの学校生活に胸を膨らませているであろう彼らをみてると、これまでの学校生活を思い出してしんみりしてしまう。
魔法魔術学校で過ごすのは今年で最後。
来年にはここにはいないのだと実感すると、身の引き締まる思いになった。
クラスの大半は就職だ。ルーカスのような大学校進学希望は彼一人しかいない。
他には、就職せずに卒業してすぐ結婚するのだという女の子もいた。
一方の私はといえば、長期休暇中は例の不審者問題があって身動きが取りにくくてなにもできなかった。
いい加減決めなくてはならないので、わざわざ家までスカウトしに来てくれた専門機関の採用試験に応募することにした。採用試験では筆記と面接が行われるそうだ。現在は面接の模擬練習と筆記対策をしているところだ。
ルーカスは皆とは違う試験を受けるために、他の人とは異なる勉強をする姿を見かけるようになった。
魔法魔術省へ就職希望の人達も、面接試験のために外出許可を取って試験や面接に向かう人がぽつぽつでてきて授業中の空席が目立つようになった。一次試験の数日後には悲喜こもごもの反応が教室中で響き渡り、一次通過した人は二次試験へ、落ちた人は他の職種の空きに挑戦していた。
みんなそれぞれの進路に向けて前に進んでいる。私もみんなに置いて行かれないようにしなくては。
就職試験はどうしても学校外に出なくてはならない。だけどまだまだ未解決の行方不明事件の脅威は消えていない。なので私は自衛の手段を考えていた。
意識を集中させて、周りの元素達に呼びかける。
「我に従う元素達よ、我が姿を霧の影に隠し給え」
私が呪文を言葉に乗せると、ふわっと周りから霧が集まってきて私の身体を覆い隠した。
連続誘拐犯がどれだけの手練れかがわからないので、戦闘するのは危険だと判断した。いざとなったら存在感を消して逃げるしかないと思うのだ。
「すっかり君の得意魔法になったね」
私一人しかいないはずの実技場に彼の声が響いたので振り返ると、ルーカスがいた。
私は幻影術で姿形を隠したまま、ニッと笑った。ルーカスが指導してくれた魔法だもの。得意になって当然だ。
「でしょ? 今度就職試験で外に出るから、変な人に絡まれたらこれで逃げようと思って」
「そうだったね、くれぐれも気をつけて」
ルーカスが私のことを心配して不安そうにしていたので、私は姿が見えないのをいいことに彼に近づいた。彼の美麗な顔を至近距離から眺めてうっとりする。
役得だと思ってニヤニヤしていると、彼が「そうだ」と何かを思い出したように口を開いた。
「リナリア、試験後に行われる創立記念パーティだけど」
「え? あぁ、今年で学校が出来て300年だっていうあれ?」
「!」
私の声が思ったよりも近くから聞こえたからかルーカスがぎくっとしていた。
このままではルーカスは大きな独り言を言っている人になってしまうので、私は一歩後ろに下がって術を解いておいた。
それはそうとルーカスの話だ。
この学校の創立300周年を記念して、長期休暇前に学校全体でパーティが開かれるのだ。交流パーティの時みたいにダンスタイムが設けられるそうで、また特別塔の人たちは盛装してくるんだろうなと予想している。
「リナリア、僕のパートナーになってくれないかな?」
「えっ?」
突然のお誘いに私はマヌケな声を出した。
そう、今回もダンスタイムがあるのでパートナーを作ろうとする流れが出てきても当然なのだ。もちろん、パートナー無しでも問題ない。
パーティのお知らせを見たとき、私もルーカスと踊ることを想像して、お誘いをかけようかと思ったけど……いろんな女の子に誘われているルーカスを見てしまって、誘うのを遠慮していたのだ。
ルーカスはもともとダンスが好きなわけじゃないと言っていたし、試験勉強で忙しそうな彼を煩わせることになるかもしれないと思って……
私の反応が思ったのとは違ったらしく、ルーカスは固まっていた。
なんだか気まずくなってしまい、私は視線をあちこちにさ迷わせていた。
「まさかあなたに誘われると思ってなくて、他の人の誘いに乗ってしまったの……」
いろいろお誘いしてくれた男の子の中で、ルーカスの瞳の色と近い瞳を持った男の子のお誘いに乗ることにしたのだ。選び方が不純過ぎて相手には失礼かもしれないけど、パーティの間くらい夢を見たかったというか。
「断りなよ」
何と言ってルーカスに謝罪をすればいいのか……こんなことなら他の人の誘いに乗らなきゃよかった。
心苦しく思いながらお断りをしようとしたら、ルーカスが無表情でつぶやいた。
「ん…?」
「どうせ相手は普段話さない奴なんだろ。何されるかわからないじゃないか。どこのクラスの誰?」
無表情に見えるけど、ものすごく怒っている風な雰囲気を感じるんだけど気のせいかな……?
「同じ学年じゃないの、5年生の男の子……」
私は戸惑った。いつになく不機嫌なルーカスを前にしたら、パートナーに誘ってきた相手の名前を簡単に漏らしてしまった。
ルーカスは私の手を引くとずかずかと歩きはじめ、そのまま男子寮の門の前まで連れてきた。そして男子寮にいたその5年生の子を中から呼びだし、代わりにお断りしてしまったのだ。
「彼女は君のパートナーにはなれない。悪いけど諦めてくれ」
「え? あぁ、はい……」
私はいたたまれなかった。
なんか私が自分じゃお断りできなくて男友達に代弁してもらった情けない人間みたいじゃないの……
「ごめんなさい……」
「いえ、いいんです。俺もあわよくばって軽い気持ちだったんで……ヒィッ」
申し訳なくて5年生の子に謝罪していると、彼がか細い悲鳴をあげた。何だろうと顔をあげると、ルーカスが目を細めて彼のことを睨んでいたのだ。
「ちょっとルーカス! 怖がっているでしょう!」
「……君は本当に無防備だね」
吐き捨てられた言葉にカチンときた私がルーカスとちょっとした口喧嘩をしたのは余談である。
◇◆◇
なにはともあれ、私はルーカスのパートナーとして創立記念パーティーに参加することが決定した。
最初は戸惑いの気持ちが大きかったけど、時間を置くとその気持ちが消えて歓喜に舞い上がった。
これは夢じゃないだろうかとワクワクドキドキを重ねながら眠る日々を送り、その間に就職試験とか学校の試験を受けたけどなにをしたかあんまり覚えていない。つまりそれほど舞い上がっていたとも言う。
今回のパーティでは以前一回だけ着用したドレスを再利用という形で着用しようかと考えていたけど、流行から外れてしまっているので悪目立ちするかもと困っているところに、クライネルト家で雇われているというメイドさんが女子寮まで押しかけてきた。
私がぎょっとして寮母さんを見ると、「許可を取っていらしているから大丈夫ですよ」と微笑んでいた。
そうじゃないの、なんでルーカスの家のメイドさんが私の元へ来るのかって話。ルーカスは女子寮にはいませんよ? と念の為確認すると、「リナリア・ブルーム様のご衣装の確認に参りました」と返された。
パーティのような特別な行事の時は審査を受けてクリアした限られた使用人が学校敷地内へ出入りできる決まりらしい。今回はパーティのパートナーである私のためにその手続きをしたのだという。
……ルーカス、衣装ってなんのことなの。何も聞いてないよ。
気遣ったニーナが部屋を出て行った後に始まったのは試着の嵐である。新しいドレスや靴を試着して……気づいたことがある。
サイズが……ぴったりなのだ。
「お直しは必要なさそうですね」
「ドレスの担当をしたデザイナーがお母様にリナリア様の体のサイズを問い合わせたそうです」
メイドさんの言葉に私は目を丸くして固まる。
そこまでしたの……? それもルーカスの指示なの?
「本当はドレス合わせも兼ねて対面で採寸したかったそうですけど、リナリア様は例の連続未解決事件の関係で外出できなかったから仕方なくとのことです」
「デザインは多数の候補の中から坊ちゃまが選びました」
今の流行とは外れているデザインかと思えば、お隣エスメラルダ王国で流行中のラインらしい。私もどっちかと言えばこの型のほうが好きだ。お姫様になった気分になれるから。
「よくお似合いです。きっと坊ちゃまも見惚れること間違いなしです」
そうかな? そうだといいな。
私はくるりと回ってドレスを翻してみた。
ドキドキする。彼にキレイって褒められたいな。今からパーティが楽しみで仕方がない。