リナリアの幻想 | ナノ

彼の喜ぶ顔が見たくて

 昇降口前にある掲示板に張り出された掲示物には、【魔法魔術戦闘大会開催のお知らせ】と書かれていた。

 それは学校全体で行われる大会で文字通り戦闘をする。出場資格は5年生以上。そしてトーナメント方式で身分の垣根なく堂々と戦うものとされている。この試合に限っては身分の高い相手に怪我をさせてもお咎め無しとされているのだとか。
 ただし、そんな大会ではあるが細かい規定があり、それを破ったものは失格、そして罰則が与えられることになる。

「黒呪術や後遺症を残すような魔法の使用は禁止……?」

 規定文を読み込んでいた私は首を傾げた。
 黒呪術はわかる。禁止されている術が多いので使用禁止になるのは当然のことだ。この大会は見学も自由となっているので、後輩の良い見本とならなければならない。そこで違法行為をするのは絶対にあってはならないことだから。

 しかし後遺症を残すような魔法の使用とは?
 治癒魔法じゃ治せないくらい相手を叩きのめしたらいけないってことかな。殺人とかになったら大問題だものね。

 私はしばし考え込んだ。
 正直暴力的なことはしたくないけど、この大会の賞品に強く惹かれたのだ。賞品というのは魔法書だ。それも今度発売予定の新刊を先行で手に入るということなのだ。

「ルーカスが好きそう」

 この賞品をルーカスにプレゼントしたくてたまらなくなったのだ。彼なら発売したらすぐに手に入れるだろうけど、先行で私が手に入れて、最初にプレゼントできたらきっと喜んでくれると……彼の喜んだ顔が見たくなったのだ。
 それに思えば私は以前彼からネックレスをプレゼントされたけどそのお返しが出来ずにいるのだ。この間渡したのは怪我をさせた慰謝料のようなものなので、それとは別にお返しがしたかった。



「私、戦闘大会に出場するわ!」

 友人達にそう宣言すると、反応は皆同じだった。

「やめておいた方がいい。リナリアはすぐに怪我をするから」
「そっそんなことない、大丈夫よ!」

 ルーカスには呆れを隠さずに反対された。彼の言葉にそんなことないと反論してみたが、彼は嘆くように首を横に振った。

「そうよ、リナリア。こんな危険な大会に出るのは、余程腕の立つ人しかいないんだからやめたほうがいいわ」
「出ても何の得もしないと思うわ。就職のために箔をつけるのだとしても、あなたは引く手数多だからそんなことしなくても職にありつけるでしょうし」

 イルゼとニーナも同様の意見らしい。
 遠回しにあなたは弱いですと言われているみたいで悲しくなる。応援くらいしてくれてもいいじゃないか。

「も、もう申し込みしたもの! 私、出場するんだから!」

 なんか泣きたい気分になりながら出場の意向を告げると、3人とも「あー」と諦めたような、呆れたような反応をしていて、ますます泣きたくなる。

「今からでも辞退はできるから職員室に……」
「しない! 絶対に出るんだもん!」

 ルーカスが職員室に行って辞退しようと提案してきたけど、私はそれを拒否した。戦う前から辞退とか情けないじゃないの!
 私が絶対に出場するとの意志を曲げないと理解したルーカスは頭痛そうにして深々とため息を吐き出していた。彼の態度に私はムカッ腹を立てて頬を膨らませて怒りを表現した。私の意志を尊重して応援くらいしてくれてもいいのになによ!

「わかった。ならリナリア、約束してくれるかい?」

 ぷりぷり怒っていた私にルーカスは言った。

「相手に敵わない、もう戦えないと思ったらすぐ降参するように」

 私はルーカスの喜ぶ顔が見たかったから頑張ろうと思ったのに! と一人勝手に腹を立てていた私は彼の忠告に対して反発してやろうかと思ったけど、顔を覗き込まれて群青の瞳に射抜かれた瞬間、素直にこくんと頷いていた。
 なんだろう、その抗えない魅力。無意識に魅了術でも使っているのだろうか。さっきまで怒っていたくせに、今の私はルーカスの魅力に囚われてマヌケ面を晒していたのである。


◇◆◇


「宣誓、魔術師としての誇りを忘れず、正々堂々と戦うことを誓います」

 代表選手が壇上に上がって宣誓する。私は堂々としたその背中を見ながら緊張して破裂しそうな胸を押さえた。出場する学生達は誰も彼もが胸を張って自信満々だった。開会式に参加しているその姿からして皆強そうだ。

 とうとうやってきた魔法魔術戦闘大会当日。
 大丈夫、大丈夫だ。今日のためにルーカスが公式で使用できる攻撃・防御魔法をおさらいしてくれたもの。たくさん練習もした。私ならできる、大丈夫。
 
 出場しない生徒たちは後方で開会式を眺めている。その中にルーカス達の姿がある。
 格好悪い姿は見せられない。勝ち進んで見事賞品を手に入れてみせる。そして彼の喜ぶ顔を見るんだ!

 諸注意や禁止事項を説明していた先生がぼそりと何かの呪文を唱えると、今回の大会のトーナメント表が空中に描かれる。
 私はぐっと拳を握り締めて初戦の相手を確認した。そして固まる。

 リナリア・ブルームの隣に、ドロテア・フロイデンタールの名があったからである。


 確かに、平民や貴族、身分関係なく戦う大会だと知っていたが、まさか彼女と試合がかち合うなんて思わなかった。むしろ貴族令嬢なのにこういう血生臭そうな試合に出るのかと驚きすらある。
 もしかしてルーカスに本をプレゼントするためだろうか……私は前に立つドロテアさんを見つめようとして……ものすごく睨まれているのに気づいたのでそっと視線を反らした。

「では、試合前に握手を」

 大会の審判が声をかけてきたので私が右手を差し出すも、ドロテアさんは腕を組んだまま不機嫌そうに顔をしかめていた。

「平民に触れたくありませんわ」
「……」

 そうきたか。
 いや私も別に握手がしたい訳じゃないけど、これ試合前の形式のようなものだから……

「この大会は身分の垣根なく戦うものです。試合が開始されたら貴族の権力は通用出来なくなります。それでも試合をいたしますか?」

 審判が念押しするように確認すると、ドロテアさんは鼻を鳴らして「わかっておりますわ」と頷いていた。
 うーん、初っ端から微妙な感じ。
 できれば彼女とは戦いたくなかった。個人的にいろいろ恨みを持たれてそうだし、怖いんだよこの人。

「よろしい、では両者とも位置について。お互いに礼!」

 魔術師の決闘の作法に乗っ取って礼をする。ドロテアさんも同様だ。

「──始めッ!」

 審判の開始の合図に合わせて私は攻撃呪文を唱えた。

「我に従う土の元素達よ」
「おしゃべり女よ、口縛れよ」
「!?」

 しかし呪文半ばで口縛り術を掛けられてしまった。
 私は急に声を発せられなくなってぎょっとした。もごもごと口元を動かしてみたが、唇がしっかりくっついてしまって話せない。喉奥からはくぐもった声が漏れるだけだった。

「我に従う火の元素達よ、焼き尽くせ」

 彼女の真っ赤な唇から吐き出されたのは火の魔法だ。
 ちょ、火はやめて。火にはトラウマがあるんだ……!
 防御も出来ない私はもはや走って逃げるしか出来ない。ボワッと背後に熱を感じて私は震え上がった。追いつかれたらまずい。火だるま再来になってしまう。
 口縛りの術ってどうやって解くんだっけと混乱しながら彼女の攻撃から逃れる。

「捕縛せよ!」

 ちょこまか逃げる私に業を煮やしたのか、捕縛術が飛んで来る。それもなんとか避けて走って逃げた。
 魔法魔術戦闘大会なのに、魔法を使わせてもらえない。こんなの一方的にイジメられているようなものじゃないの。

 さっきから私の周りを漂う土の元素達が混乱しているのがなんとなく伝わってきた。私が呪文途中で止めたから戸惑っているのだろう。
 攻撃されている私を庇おうとしているけど、命令がないから何をしたらいいのかわからない、そんな感じだろう。
 私もこの状況をどう乗り切ればいいのかわからない。

「我に従う風の元素達よ、切り裂け!」

 逃げ回って息切れを起こしていた私はもう既に疲れていた。
 足が重い。肺が破裂しそう。でも逃げなきゃと足を動かしていた私だったが、とうとう呪文にかかってしまった。
 背後から降りかかる鋭い引き裂き魔法。ゴソッと私を守り覆うように自生した植物たちが一瞬で細切れになった。土の元素たちの防御も虚しく、背中を幾重も斬り付けられた私は悲鳴なく叫んだ。

 痛い!!

 痛みに耐えられなくなり、足をもつれさせて地面に倒れ込んだ。肉をえぐられた痛みに苦悶するが、声を出せないことが余計に苦痛を増やしていた。

 あぁ、友人達の言う通りに止めておけば良かった。
 ルーカスに試合公式の呪文を沢山習ったのに。
 ルーカスに本をプレゼントしたくて出場しただけなのに。

 だめだ、私はこの人には勝てない。
 このままじゃ一方的にいたぶられて終わるだけ。戦うどころか、それ以前に声を奪われて何もできない。戦いようがない。

 倒れ込んだ地面に手をついて身体を起こそうとするが、背中の激痛がそれを邪魔する。痛みで涙があふれてきた。
 私は痛みを呑み込みながら、審判にむけて降参する意志を見せた。

 それを確認した審判が頷き、声高らかに「そこまで! 勝者ドロテア・フロイデンタール!」と片腕をあげてドロテアさんの勝利宣言をした。
 それに貴族塔の生徒達が歓声をあげているのが聞こえてきた。仲間が勝ったことが嬉しいのだろう。こちらは踏んだり蹴ったりなんだが。

 私は終わったことに安堵していた。医務室に行きたくて仕方がなかった。入院が決定しそうだけど、安全な医務室に行けるなら今回は喜んで受け入れよう。
 戦闘大会なんてもう懲り懲りだ。

『Τα στοιχεία του σκότους που με υπακούουν, το κόβουν αυτό…』

 終わった。
 私の大敗でこの試合は終わったはずなのだ。
 なのにドロテアさんは呪文を唱えていた。

 ──古代語だ。
 早口で、彼女がなにを言っているかわからない。


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