リナリアの幻想 | ナノ
あなたの色したガラスペン
光に反射してきらりと輝くそれを見て真っ先に思い出したのは、彼のこと。
懐かしいモナートの海の色をした彼の瞳の色と同じだったから。
「いかがでしょう。変わった文房具が好きな人にはたまらない一品だと思います」
その日ブルーム商会に訪れたのは国から国へと商品を売り歩く流れの商人だった。今日は飛び込みで営業にやって来たらしい。
お母さんに頼まれてお茶を持っていくと、商談スペースでお父さんと商人さんが商品を囲んで話をしていた。テーブルの上にはガラスで出来た細長い棒状のものが沢山並んでおり、色とりどりのそれは遠くから見たら宝石のようにも見えた。
「ガラスで出来たペンか。見事なものだな」
お父さんが商品を手にとって光にかざして観察している。
文房具か。それならなにもうちへ営業に来なくても、直接文具屋さんに営業に行った方がいいんじゃないのかな。うちに卸すと仲介料で結局お客さんが手に取る際には金額が膨らんじゃうと思う。
「東の国の職人が作ったものです。一本一本心を込めて作られております」
「そこそこ値が張るな」
「はい、この商品は作るのが難しいからこそ、希少性を持たせたいのです」
あ、なるほど。沢山の人が使うのではなく、限られた人が使えるようにしたいのね。それで価値が上がれば、作った職人さんや商人に沢山お金が入るから。単純に作るのが難しくて量産が出来ないからかもしれないけど。文具屋だと門前払いされるからうちに来たのかな。
希望販売価格的には高級品として王侯貴族向けのお店に出す形になるのだろうか。それとも知る人ぞ知るこだわりの文房具を取り扱ったお店とか?
「お茶置いておきますね」
彼らの商談の邪魔にならないように小さく声をかけてテーブル隅の方にそっとお茶を置いた。
「リナリア、学校で使えそうなものはあるか?」
そう言ってお父さんが机の上にずらっと並んだ珍しい文具類を見せてきた。
琥珀の中に花が入った文鎮、毛筆という道具、変わった素材の封筒と便箋、鮮やかな絵が描かれた小物入れなどなど……どれも大陸内ではなかなかお目にかかれないものばかりだ。
見せられたどれも素敵なものばかりだったけど、その中でも輸入物の珍しいペンに私は惹かれた。
「……そのペン、群青色のものと、碧色のものが欲しい」
彼の瞳に似たガラスペン。海の底のようなルーカスの色。
ぜひともこれは彼に贈らなくてはいけない。
「色違いで2本買うのか?」
「ひとつはルーカスにプレゼントするの。このペンは彼の色だから」
もちろん自分でお金は出すからと私が言うと、お父さんはなんだかむっとした表情を浮かべていた。
「学校で魔力暴走を起こしたときに彼が私を止めようとして……大怪我をさせてしまったの。そのお詫びに何かプレゼントしようと思っていたから…」
前回の長期休暇に起きた事件以降しばらく私は魔力制御が出来なかった。そのせいでルーカスに怪我をさせてしまったのだと説明すると、お父さんは黙り込んでいた。顔は不満そのものだったけど。
お父さんは妙にルーカスを警戒しているけど……彼が本当にいい人なことを理解してほしい。私の好きな人をお父さんにも好きになってほしいな。
このガラスペンをルーカスに早くプレゼントしたくてたまらなかった。
いっそ配達してもらおうかと思ったけど、直接渡して彼の反応が見たかったのでその衝動を我慢した。
渡したら喜んでくれるだろうか? 彼の喜ぶ顔を想像したら会いたくなって仕方なかった。
◇◆◇
新学期を迎えて学校で彼と再会すると、私は再会の挨拶もそこそこに早速贈り物をした。
ルーカスは「いいと言ったのに」と遠慮しながらも受け取ってくれた。突っ返されなくて良かった。
包装された箱を開けて中身を確認する彼に私は口頭で商品説明をしてあげる。
「東の国から輸入しているペンだそうよ。ブルーム商会に営業に来た商人が紹介してくれたの。使い方は羽ペンと一緒だけど、丁寧に扱えば半永久的に使えるわ。素材がガラスだから割れないように扱ってね」
箱の中身がお目見えすると、ルーカスはそれを見下ろしてしばし見惚れているようだった。
「ほら、この色見て、あなたの瞳の色に似てると思って即決したのよ。こっちは私の瞳の色よ。綺麗でしよ」
自分用に購入したガラスペンを自分の顔の横に持ってきて、瞳の色と並べて見せる。色違いだけど、お揃いを持てることがうれしくて私ははしゃいでいた。
私が浮かれているのが不思議なのか、ルーカスは私の瞳とガラスペンを見比べていた。
「──僕は、そっちのほうがいいな」
まさかの交換希望に私は拍子抜けした。
「碧色がいいの? ……別にいいけど」
群青色も綺麗だと思うんだけどなぁ……私の見立ては間違っていたのだろうか。
まだ未使用だったので、そのままペンを交換した。
贈り物だからね、本人が気に入る方をあげた方がいいだろう。
碧色のガラスペンを受け取ったルーカスはそれをまじまじと観察して、ふっと柔らかく笑っていた。
それが甘く優しい笑顔だったもので、直視した私の心臓はきゅんとときめいた。
あぁ、羨ましい。そんな甘い微笑みを向けられるガラスペンが羨ましい。自分がガラスペンに嫉妬する日が来るなんて。
私はしばし、ルーカスに見惚れていたのである。