リナリアの幻想 | ナノ
あなたは私が守る
薬の効能が切れて、性別が戻るまで医務室暮らしをすることになったルーカスは、伸びた髪をばっさり切り落とし、服は自前の服を無理やり折り曲げて着用していた。性転換したことで膨らんだ胸は布を巻いて押さえつけているようだ。
「ルーカス、胸をそんな風に平らに押し潰したりしたら形が悪くなるわ」
私がオロオロしながら指摘すると、ルーカスは憮然としていた。
「僕は男だからそんなのどうでも良いんだよ」
「ルーカスがそれでいいならいいけど……あとね、服を持ってきの。これ、まだ袖を通していないのよ」
袋から取り出した新品のワンピースを見せると、ルーカスはまるで苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて、フイッと顔を背けた。
「それは君にしか似合わないよ」
「そんなことないわ! あなたはとてもきれいよ! きっと私よりも似合うはず!」
だから胸を張って欲しいと告げるも、ルーカスはむっすりするだけ。
あれから早くも2週間経過したけど、いまだに女性の身体になった自分に慣れていないようである。
以前と同じように、変わらず学校生活を送るルーカスだが、周りはそうは行かなかった。
一日の授業が終わり、教材を片付けていたルーカスの手元にどこからか手紙が飛んできた。私は罠の臭いを嗅ぎ取って素早くルーカスの元へ近寄る。
「ルーカス! それ貸して!」
「あ、ちょっと」
私のようにホイホイ手紙でおびき寄せられた挙げ句、罠に引っかかると思ったのだ。今のルーカスはか弱い女の子。私が守らねば!
誰だ、誰がルーカスに用があるんだ! 手紙の差出人の名前を確認すると男性の名前が書かれていた。
「……他の学年の人かしら」
「リナリア」
「ちょっと待って、危険物かもしれない。私が開けるわ」
ピッと封を切ると封筒の中には便箋が数枚入っていた。
私の時は一枚の便箋にシンプルに呼び出し文句が書かれていたのに、この手紙は手紙がインクで真っ黒になるほどぎっちり文字が詰まっている。
「……ん?」
手紙の中をざっと見渡した私は疑問の声を漏らした。変な単語を見つけたからだ。人様の手紙を読むのはマナー違反とはわかっていたけど、私は頭から読み込んだ。
『前から気になってたけど、男同士だったので遠慮してた。女の子なら問題ないから、交際してくれませんか?』
……という意味合いの手紙だった。所々ルーカスの容姿を賛美する単語が並んでいて、一生懸命書いたんだろうなというのが伺える。
私は口をパッカリ開いたまま呆然としていた。えぇ、なん……どういう……
その手紙をルーカスは黙って奪い取り、真顔で燃やす。手のひらに発生させた炎で手紙は一瞬のうちに消し炭へと変わる。
危ない、火事になっちゃうよ。
「……僕をからかっているんだ。たちの悪い悪戯だよ」
吐き捨てたルーカスは嫌悪の表情を浮かべていた。
そういう手紙を受けとるのは初めてではないそうだ。性転換してしまった後から、立て続けに呼び出しの手紙を受け取ってきたのだとか。でも全部無視してきたのだと言う。
わ、私の知らない場所でそんなことが……!
私が守ると宣言したのに、全然役に立ってないじゃないの! ルーカスは私のせいで女の子になってしまったというのに!!
私がショックでわなわな震えているのをどう捕らえたのか、ルーカスは「君のことを怒っているわけじゃないよ」と告げた。
いや、怒っていいと思う。私のことをもっと罵っても許されると思うのにそれをしないルーカスはちょっと優しすぎると思うんだ。
「よぉ。女男、女の生活はどうだ? 目覚めたりしてないか?」
放課後の自主練のために実技塔へ移動開始していると、隣のクラスの意地悪男子に絡まれた。標的は隣にいる女の子のルーカスである。
その人たちは1年生まで私を標的に意地悪なことをしていたけど、成績で負けたことでおとなしくなったはずだった。今ではクラスも別々になり関わることも減ったというのに、わざわざ通せんぼしてルーカスをからかうような発言をしてきたではないか。
その発言にルーカスは「ご心配どうも」と言葉少なめに返していた。そっけないそんな態度になにを思ったのか、意地悪男子の一人がばっと手を伸ばしてきた。
その手はルーカスの胸部をむんずと鷲掴みしていた。
私は目の前で行われた辱めに衝撃を受けて固まってしまう。
い、一体なにをして……
「なんだよ、貧乳かと思ったら布を巻き付けているのかよ。苦しくねーのかよ」
「……不快だ、触らないでくれないか」
ニヤニヤと下卑た笑顔を浮かべる男子と、不機嫌最低値突破しそうなルーカスの間の空気が一気に張り詰めた気がする。いや、多分気のせいじゃなく現実にルーカスは怒りで魔力を放出しているんだと思う。こちらにまでぱちぱちと静電気のように伝わってきて皮膚に軽い痛みが走る。
それなのに、喧嘩を売っている男子は怯むことなく、べたべたとルーカスの体に触れている。その不埒な手は徐々に下へおりて、体の中心に触れた。
「ホントにないんだな」
「やめろ、離せよっ!」
挙げ句の果てに触れてはいけない場所にまで触れており、私は二重にも三重にも衝撃だった。なんてことだ。
ルーカスがその手から逃れようとしているが、力が敵わないのだろう、無駄な抵抗になっていた。それに気づいた彼はここで初めて恐怖をにじませた表情を浮かべていた。
それを目の当たりにした私は我に返る。
これはいけない。
元は同じ男の子同士だとしても、今のルーカスは女の子。これは婦女暴行の現場である。
今すぐに男子を引きはがさなくては大変なことになると思った私はつかつかと両者の元に近づき、ルーカスに不埒な手で触れる男子の顔面を力いっぱい拳で殴りつけた。
「ぐほっ」
拳と頬骨がぶつかってごちっと痛い音が響く。殴られた男子はマヌケな顔をしていた。婦女暴行の現場を楽しんでいた仲間たちもそうだ。私が暴力に走るとは思わなかったらしい。
私だってやるときはやる。
暴力じゃ解決しないことは知っているが、大切な友達が傷つけられて何もしないほど私は臆病者じゃない!
「最低だわ! 美少女になったルーカスにちょっかいかけて気を引こうとしてるんでしょう! 馬鹿じゃないの、そんな男が好かれるわけ無いでしょう!」
渾身の力でルーカスを引きはがすと、ギュッと腕の中に閉じ込めた。
今のルーカスは入学当初のように私よりも小柄になっている。抱きしめたら腕の中に納まる大きさで華奢な女の子だ。その体は小刻みに震えており。顔色は悪い。
怖かっただろう。でももう大丈夫。私があなたを守るから。
「てめっブルームよくも!」
「黙りなさい、この婦女暴行犯! あなたの悪事は殴られるに値する行動よ! 私は絶対に許さないし、またルーカスを傷つけると言うならもういっちょ殴るわよ!」
どうやら私はイルゼに感化しているみたいだ。目の前には自分よりも体の大きな男子が並んでいるが、全然怖くなかった。
ルーカスには今まで散々守ってもらった。こんな時くらい私が助けてあげなきゃダメじゃないの!
私は戦える! 自分が傷ついたとしても、ルーカスだけは守って見せる!
拳を握って戦う意思を向けると、殴られたことが頭に来ている男子が「この落ちこぼれがぁっ!」と怒鳴り付けながら突進してきた。握った拳をこちらに振り下ろそうとしている。
だけど今の私はそんな悪口に傷つかない。
だって私は落ちこぼれじゃないもの。
私は弱いものを傷つけようとしないもの。そんな卑怯者じゃないもの。
男子の突進から逃れて、腕の中のルーカスを後ろ側に押しやる。
ここは土の元素達に力を貸してもらおう。
「我に従う土の元素達よ!」
植物で奴らの足を止めて先生を呼ぼう。そして懲らしめてもらうんだ! 殴ったことで私が罰則を受けることになっても構わない。
私にだって引けない場面があるんだ!