リナリアの幻想 | ナノ

手心を加えた結果

 プロッツェさん宛てに届いた手紙は、シュバルツ王国大神殿の人間が使用している特別な柄が入った封筒と便箋が使用され、大巫女からであるという証明印が押されているのだそうだ。見る人が見たらそれが誰から贈られて来た物かは一目でわかるようだ。

 女神フローラの娘である大巫女様は雲の上の存在だ。敬虔な信仰者であれば、頂いたものをありがたがって祭壇へ飾るくらいの事はするだろう。しかもアレキサンドラ様は市民に寄り添ってくれる慈悲深い大巫女とだけあって、平民からの人気がものすごく高い。おかしな話、王族よりも尊敬されているかもしれないお人だ。
 そんな大巫女様からの贈り物。欲しがる人が出てきてもおかしくなかった。

 部屋に押し寄せてきた6年生の先輩に自分の持っている新品の羽根ペンと交換してくれと頭を下げられているプロッツェさんは断るのが大変そうだった。

「いけません。ひとりの要求に応えたら次から次へと押しかけてきますので」

 しかしはっきりした性格の彼女は丁重にお断りしていた。断られた人たちは全員しょんぼりして引き下がっていった。無理強いしないだけマシかな。大巫女様からの贈り物を雑な扱いしては失礼だもんね。
 加護があったにしても、その羽根ペンで成績が上がるわけじゃないだろうし……

 なるほど、プロッツェさんが「自分は恵まれている」と言っていたのも納得できる。天の上の人に気にかけて貰ってるんだ。確かに恵まれている立場だ。こんなにも心強い味方がいるなら、プロッツェさんを見下して意地悪して来る人たちもおとなしくなるかも、私はそう期待した。


 この国の最高神職者に気にかけてもらっているのだとプロッツェさんが公表して以降、思った通り彼女への嫌がらせは減った。
 減っただけで完全になくなったわけじゃない。逆にそれを彼女の嘘だと言い出す人間も出てきたのだ。多忙を極める大巫女様が一孤児に構っていられるかと、プロッツェさんを嘘つき呼ばわりしてきた。
 それに対してプロッツェさんは「信じないならそれでもいい」とあっさりしたものであった。

 聞こえるように悪口を言われても彼女は平然としていた。聞こえていないわけじゃないだろうが、敢えて無視して無反応を貫いているのだ。
 その姿がこの学校に入学する前の自分と被って見えてなんだか悲しくなった。でもプロッツェさんは何のそのって反応で、新しいノートと羽根ペンを使用して勉強していた。

 プロッツェさんの学用品が汚されたり壊された件はどこからか先生達にも報告が行き、クラス全員が集まった時に注意を受けた。……もしかして、大巫女様がなんらかの形で学校に警告してくれたのだろうか。他でもないプロッツェさんのために。

 今度同じことがあれば報告するように、時間魔法で犯人を特定することも可能だからと先生に念押しされた。
 その言葉に反応したのは、意地悪なクラスメイト達だった。わかりやすくビクついたかと思えば、プロッツェさんを睨みつける。チクられたと思っているのだろうか。それとも、やましいことをしている意識はあるのだろうか。
 そんな視線をすべて受け流したプロッツェさんは涼しげな顔をしていた。

 これで、彼らが静かになればいいな、と呑気に考えていた私は馬鹿だった。
 その日以降、彼らは憂さ晴らしとしてプロッツェさんのそばにいる私とイルゼにも嫌がらせを働くようになったのだ。


 ──バシャンと空から大量の水が降りかかって来たとき私は心臓が止まるかと思った。夏の盛りが終わったばかりの秋。まだまだ日中は暖かいとは言っても水浴びするには寒い。
 ブルッと寒さに震えていた私は呆然とする。雨、じゃないよね。これは水の元素による魔法だ。どうしていきなり水が降って来たんだろうと空を見上げるも、空は憎らしいほどに青い。

「ふ、ざけんじゃないわよ…!」

 この中で真っ先に我を取り戻したのはイルゼだった。
 彼女はずぶ濡れ姿で、とある人物に掴みかかると手を振り上げた。その相手は私のことを嫌っているクラスの女子。ここ最近はプロッツェさんの事も目の敵にしている意地悪グループのひとりだ。

 友達のために怒って、拳を振るうイルゼ。
 この光景には見覚えがありすぎる。あぁ、またイルゼが謹慎になってしまう。

「待ってイルゼ!」
「フガッ!?」

 相手を殴るかと思ったら、違った。
 指を2本立てたイルゼは、相手の鼻の穴に指を突き立てた。ブスリとおもいっきり。
 驚きに目を白黒させている相手の鼻が豚っ鼻になるように引き延ばしていた。

「いつまでこんなくだらない嫌がらせを続けるつもりなのよ!!」
「ぅがぁぁぁ……!」
「なにを言っているのかわかんないわよ! 謝りなさいよ!」

 イルゼは呻く相手に謝罪を要求しているが、多分鼻が痛くて喋れないんだと思う……相手が女子だからイルゼなりに手を抜いたのかも知れないが、ある意味それは公開処刑のような物になっているんじゃないかな……

 ただ、相手もただされるままじゃなかった。手を振り上げてイルゼの頬を平手打ちしてきた。バチンと痛い音が響き渡る。

「なにずんのはこっちの台詞……!」

 鼻フックされた相手はだらだらと鼻血を出したまま、イルゼにつかみ掛かった。女子同士の乱闘が開始しそうだったので、慌てて仲介に入ろうとしたのだが、それを止める手があった。

 誰が妨害してくるんだと私が振り返ると、そこにはルーカスの姿。彼は私を見るなり、「リナリアが間に入っても無駄に怪我するだけだから止めたほうがいいよ」と言った。
 それは流石にあんまりじゃないか。あたかも私が弱いみたいに。言っておくけど私は猫を守るためにいじめっ子達を追い払ったこともあるんだからね。
 
「こらー! そこでなにしているんだ!」
「いますぐ喧嘩をやめなさい! この水はなんなの!?」

 騒ぎを聞き付けた先生達に咎められて、渋々イルゼとクラスメイト女子はボコリ合いをやめた。ふたりとも顔に痣や血を付けてすごい顔になってしまっている。

「なにがあったのか説明しなさい!」
「ヘルマンさんがいきなり私を」
「先生、私たちこの場にいる誰かに突然水をかけられたんです。それでヘルマンさんは怒りを抑えられずについ彼女の鼻に指を突き立ててしまいました」

 被害者ぶるクラスメイトは先に被害を訴えようとしたが、それを畳みかけるようにプロッツェさんが言った。

「時間魔法で探せますか? 水をかけた犯人」

 淡々とした声が、なんだか重苦しく聞こえたのは私の耳の調子が悪いせいかな。
 先生達は顔を見合わせて頷く。先生のひとりが時間魔法を使って、空気中に漂う元素達が見た記憶を再現して可視化してくれた。

 元素達が見せてくれたのは、現在鼻血を出しているクラスメイトがほくそ笑みながら水の魔法をかけて私たちをずぶ濡れにした記憶だ。 
 それを見せられたイルゼは「ほらみたことか」と鼻を鳴らし、クラスメイトはさっきと打って変わって青ざめていた。
 
 なんで学ばないんだろう。イルゼもプロッツェさんは黙ってやられている性格じゃないし、返り討ちに遭うってことくらいわかるだろうに……

「イルゼ・ヘルマン。とにかく暴力に走るのはよくありません」

 とはいえ、暴力に走ったイルゼも褒められたことではなく、先生に注意されていた。でも今回は理不尽に叱られることもなく、暴力はお互い様ということで大目に見てもらえた。
 よかった。またイルゼが謹慎になったらどうしようかと思って不安だったから。

 嫌がらせのために水魔法を使用したクラスメイトはその場で罰掃除を命じられていた。不満そうな顔をしていたので多分反省はしてないと思うけど、これ以上は自分の首を絞めるだけなのでいい加減に嫌がらせはやめてほしいなと願うばかりである。

「我に従う火と風の元素達よ、暖かい風を起こし給え」

 ふわぁっと絶妙な温度の温風が全身を包んだ。何事かと思えば、ルーカスが私たちに濡れた服や髪を乾かす魔法を使ったのだ。
 火と風を合わせた魔法のようで、あっという間に乾かしてしまった。

「なにそれ、便利な魔法」

 すごい。魔法って合わせ技もあるんだ。
 だけど両方の元素達をうまい具合に調整するのが難しそうである。
 私が「今度その魔法教えて」とお願いすると、何故か彼は疲れた様子でため息を吐いていたのであった。


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