リナリアの幻想 | ナノ

火だるまになった私

 新学期が始まり、最初の実技授業があった。
 前の先生が退職して、しばらく空白だった実技担当教諭の席には新しい先生が就いた。役人のキューネルさんがいい先生が就いたと言っていたけど、まだその人の授業を受けたことがないのでよくわからない。

「はじめまして、私はエーゲルと申します。これからよろしくお願いしますね」

 実技場に集められた1年生を見渡したその先生は20代後半くらいで、芥子色の髪と同系色の瞳を持った男性だった。平々凡々とした顔立ちで、これといった目立つ特徴がないのであまり印象に残らなそうな人である。

「皆さんの顔を覚えるために出欠を取ります。呼ばれた方は手を上げて返事をしてください」

 出欠を取ることで始まったその日の授業の課題は、【色んな元素を自在に扱えるようになること】だ。
 魔力がある人間はそれぞれ得意な分野がある。私の場合、土になる。しかしそれだけが扱えても意味がない。様々な魔法魔術を扱えるようになるためには、それ以外の元素たちを扱えるようにならなくてはならない。

 なので今回は土の元素以外に呼びかけてみることにする。
 属性の関係上、相性の悪いものもあるが、やってみないことには何も始まらない。

「我に従うすべての元素たちよ! 我に力を与え給え!!」

 私の呪文の後に出現したのは植物たちだった。ゾゾォッと地面から勢いよく出現したそれらは見覚えがある植物とないものがあった。薬学の先生が喜びそうな不気味な植物ばかりである。

「えっ!? また変なの生えた!」
「土の元素たちはもう迷いなく君へ力を貸してくれるようになったんだ、よかったね」
「いいの? これ」

 近くでバチバチと小さな雷を発生させていたルーカスが私に「よかったね」と声をかけてきたけど、全然よくはないだろう。今日の授業は自分の得意元素以外を扱うのが題目なのに。

「おや、珍しい植物を生やしましたね」
「わざとじゃないんです」

 先生に突っ込まれたので脊髄反射で弁解すると、エーゲル先生は目をぱちくりしたあとに小さく微笑んだ。

「先生は別に怒ってはいませんよ。1年生ならよくあることです。先生も1年の時は魔力が安定せずにいろいろやらかしましたから」

 何度も挑戦して何度も失敗していいんですよ、と言い残した先生は他の生徒の進捗状況を確認しに行った。
 怒られなかったことに私はほっとする。前任の実技の先生のことを思い出してしまってつい身構えてしまったけど、あの先生とは違うんだよなと胸を撫で下ろした。

 気を取り直してもう一度挑戦しようとした私だったが、腰にものすごい熱を感じ取って呪文を唱えるのをやめた。

「あっ……!」

 振り返るとそこは焦土と化していた。
 私の背後には先ほど生やした謎の植物群がぞろっと並んでいたはずなのに、それらはことごとく炎に撒かれて炭と化した。プスプスと音を立てて崩れていくそれらを見た私は呆然とした。一体、何が起きたのかって。
 そんな私を目掛けて、ゴウッと更に火が襲いかかる。
 咄嗟に腕で顔面をガードしたが、炎に晒された肌がぴりぴり痛んだ。

 何故急に炎が襲い掛かってきたのかといえば、ニヤニヤしながらこっちに手を向けているクラスメイトの女子が原因だ。彼女が火の元素を扱って仕掛けてきたのだ。
 その子は私のことをあまり良く思ってないグループのひとり。私を落ちこぼれだと馬鹿にしてくる男子たちと同調して悪口を言って来る子。
 先生の目を盗んで私に嫌がらせしているんだ……!

「やめて! 熱い!」

 彼女から火を吹っ掛けられた私を守ろうと、周りに植物がにょきにょき生えて炎から庇おうとするが、火の力には勝てずに消し炭へと変わってしまう。
 やめてくれと訴えても彼女は聞きやしない。

「きゃあああ!」

 炎が全身に燃え移り、私は火だるまになってしまう。火から逃れようと走るが、そんなの無駄だ。私自体が燃えているから。
 熱い、痛い、苦しい!
 どうしてこんなことをするの。私は殺されるほど憎まれたことをした覚えはないのに……!

「我に従う水の元素たちよ! 鎮火せよ!」

 死を覚悟したその時、天からバケツをひっくり返したような水が降ってきた。一気に鎮火した身体から水蒸気が上がる。私はその場にどしゃりと倒れ込んでしまった。

「大丈夫……ではないな。しっかりしろ、すぐに医務室で治療してもらおう」

 目が霞んで見えにくいけど、声でわかる。ルーカスが魔法で助けてくれたんだ。傍らにしゃがみ込んだルーカスが私の身体の上にふぁさと着ていたジャケットを掛けてくれた。

「……ぁ」
「いい、声を出すな、喉をやられてるんだ」

 お礼を言おうとしたけど、ルーカスに止められた。
 私は声を出したくても出せなかった。先ほど火だるまになったときに喉をやってしまったようなのだ。

「リナリア!」

 虫の息状態の私を心配したイルゼが呼びかけて来るけど、私には声を出す力もない。泣く元気すらないみたいだ。
 あぁきっと私はひどい惨状なんだろう。だって指一本動かせないのだもの。

「ブルームさん! なんてひどい……」

 離れた場所で別の生徒の指導をしていたエーゲル先生が悼ましそうにつぶやいた。

「医務室に連れていきましょう。医務室の先生に症状を診てもらってから火傷を治してもらおう。もう少し辛抱して」

 先生に励まされたが、私はなにも言えないし、頷けなかった。
 私は見るも無惨なほど、ひどい火傷を負っているはずだ。このまま死ぬかもしれないし、生きていたとしても大きな火傷痕が残るかもしれない。これから一体どうしたらいいのだろうか……

「あんたなに笑ってんのよ! リナリアは大怪我してるのよ! どこが面白いっていうの!?」
「きゃっ」

 意識を何とか保っている状態でぼんやりしていると、イルゼの怒声が響き渡った。

「あんたがリナリアに火の魔法を吹っかけてたんでしょ!」
「い、言い掛かりは」
「言い逃れはさせない! あんたも同じく火だるまにしてあげようか!?」

 火の元素属性であるイルゼは火の魔法が大の得意だ。彼女が本気をだせば、いくら1年生であろうと血を見る結果が待ち構えているに違いない。
 私は動かない口を必死に動かす。だけど掠れた声が喉奥から漏れ聞こえるだけ。彼女には届いていない。
 イルゼ、だめ。また私を守ろうとしたことで謹慎処分になってしまう。

「──やめなさい、イルゼ・ヘルマン。私闘は許しませんよ」
「先生!? なぜですか!?」

 イルゼに制止を掛けたのは先生だった。
 先生に止められたイルゼは不満を隠さない態度を見せたが、私は内心ほっとしていた。友達思いのイルゼの気持ちはうれしいけど、彼女の立場が悪くなるのは望んでいない。
 目も鼻も口も身体も自由が効かないからだろうか。やけに耳がよく聞こえる。どこからか小馬鹿にする笑い声が聞こえてきて嫌な気持ちになった。人が半殺しになっている状況がそんなに楽しいのだろうか。

「何がおかしいのです。フィリーネ・ライアー」

 その笑い声は先生の耳にも届いたようだ。
 さきほどまでは優しい声音で穏やかに話していた先生は、怒りを押さえ込んだ低く冷たい声を出していた。
 名指しで呼ばれたクラスメイトが「えっ」と慌てた様子が声だけで伝わってきた。まさか怒られないと思っていたのだろうか。

「謹慎と反省文、1ヶ月の魔法使用の禁止に加えて、清掃活動と、書き取りと、先生方の雑用、どの罰則がいいか選ばせてあげましょう」
「はっ!? いや、私わざとじゃ……」
「どの口が言ってるのよ! この人殺し!」
「ヘルマン、口を慎みなさい」

 あれだけのことをしておいてわざとじゃないと訴えるクラスメイトには呆れを通り越して感心してしまう。反省の色が全く見えない。
 それに噛み付いたイルゼは勝手に私を死んだもの扱いしていて、私はちょっと傷つく。まだ辛うじて生きています。

「君は人を傷つける行いをしたんだ。わざとで済む問題を通り越している。君はわざとブルームさんを攻撃しましたね?」
「先生、元素たちが言うことを聞かなかったんです! 暴走した結果ブルームさんを傷つけたことは認めますけど、わざとだなんて」

 自己保身に走るくらいなら最初からやらなければいいのによくわからない人である。

「ごまかしても無駄です。元素の力を借りれば真実は明らかになります。君は寮に戻って謹慎しなさい。追って沙汰を知らせます」

 だけど先生はごまかされない。良かった。彼女の言い分を信じたらどうしようかと思ったから。そんなんなったら私、火だるま損じゃない。
 先生はライアーさんに謹慎するように言い渡すと、私に浮遊魔法を掛けてそのまま移動を開始した。


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