リナリアの幻想 | ナノ

後日談・消滅した家名

 長年解決しなかった平民女性魔術師失踪事件の原因は、魔なしである貴族男性の魔力への執着心から始まった。

 魔なしであるがゆえに迫害を受けた貴人による貴人殺害。兄嫁である貴族女性拉致監禁暴行容疑。逆らった使用人の殺害。
 そして裏社会でしか生きられない犯罪組織が関わった組織的な複数の平民女性を拉致監禁暴行、それに殺害や遺棄と数え切れないほど罪状が出てきた。

 生まれたばかりの赤子を殺害するように手下に指示することもあったそうだ。
 理由は魔力がなかったから。
 生まれたての赤子は幼児よりも更に不安定なので、魔力持ちでも検査結果に現れないこともあるのに、事を急いていた男たちは不用品として処分していたと言う。

 なぜハイドフェルト子爵は、魔力を持った子どもに固執していたのか。

 それは彼が読んだ数少ない魔法書に載っていた黒呪術を使って、自分も魔力を得るためにだ。
 魂を入れ替える術を使い、生まれた子どもに成り代わって、魔術師として人生をやり直すつもりだったらしい。
 だからあの男は変なことを言っていたのだ。

 結局は子どもが欲しいのではなく、魔力が欲しかっただけなのだ。

 ここまで来ると魔力に取り憑かれていて哀れにも見えるが、同情はできない。彼のしたことはそれ以上に残酷で非道だったから。

 そんなわけで私の周りも大忙しとなった。
 私は被害者ということもあり、役人さんからの取り調べを受けたり、新聞社の記者が話を聞かせてくれと押しかけてきたりして大変だったが、そこはクライネルト家に救われた。
 彼らが取捨選別してくれたお陰で、負担は最小限に抑えられたからだ。

 これが実家だったら、強行突破されてもみくちゃになっているだろうなと想像できる。固い守りのクライネルト家で静養していてよかったと安心した。

 このことは新聞の一面に大きく取り上げられ、世間の関心を買った。

【強欲な貴族に引き裂かれた愛し合う恋人たち!】

 言うに事欠いてまた私とルーカスのラブロマンス的な話が作られていた。新聞社に苦情を言ったら、その流れで取材を申し込まれそうなので歯を食いしばって我慢した。
 脚色はされているけど、流れは間違っていないので全てを否定出来ないし。

 迷惑なのには変わりないが、子爵が起こした事件を闇に葬るのはどうかと思うので、大体的に取り上げてもらったほうがいいのかもしれない。
 それにはウルスラさんも同意見だった。


 ハイドフェルト子爵並びに手下の男たちは裁判にかけられることになり、私とウルスラさんはその場に立ち会うことになった。 

 ウルスラさんは私よりも更に被害を受けている。子爵たちの顔を見たらまた調子が悪くなるんじゃないかと心配したけど、私の心配もよそにウルスラさんは勇気を出して裁判で堂々と証言した。
 感情が高ぶり、涙を流しながら堂々と恐怖の日々を語る彼女には同情の声が集まった。

 晒し者のようになるのは辛いだろうに、彼女は毅然としていた。
 このまま泣き寝入りしていたら、いつまでも過去と決別できないからと証言台に立つことにしたそうだ。

 そんなウルスラさんを見ていると、本当に変わったなぁと思った。
 いや、もしかしたらこれまでの彼女は抑え込んでいただけで、こちらが本当の彼女なのかもしれない。

 私も彼女の姿に背中を押され、頑張って証言した。傍聴席に記者が混じっているのも理解していた。間違いなく翌朝の新聞一面に飾られることだろう。
 だけど私はなにも恥ずかしいことはしていない。あの男の罪を白日の下に晒すために、被る恥なんて大したことない。

 それで私の大切な人たちが離れていくわけじゃないもの。


 何ヶ月も掛けて行われた裁判は全員一致で被告の有罪。
 関わった者たちは問答無用で処刑されることになった。もちろんハイドフェルト子爵もだ。
 魔なしとして虐げられた過去があるからと優しい判決を下されるかといえばそんなことなかった。


 下された判決は死罪だ。
 彼は最も重い罪状を言い渡され、即日処刑された。貴族が死刑を言い渡されるのはよっぽどのことである。
 しかしそれに反対する声は上がらなかった。

 他の死刑になった者たちが処刑されるのを見せられた後に刑が執行されたという。
 ある意味死への恐怖を味あわせながら苦しめる刑罰でもあるのだろう。

 処刑方法は絞首刑。だいぶ昔の時代なら公開処刑だったけど、今では非公開執行となっている。
 処刑が執行されたと言う情報は速報で新聞が街中に配布された、

 魔なしとして生まれた貴族が、家族から迫害を受け、狂い、恐ろしい事件を起こした一連の事件。
 それは貴族の魔なしへの差別が社会問題として大体的に取り沙汰された瞬間でもあった。
 それに魔力に関係ない一般人も興味を示し、非難の声が大きくなっていった。

 以前から、貴族が孤児院から魔力持ちの子どもを引き取っては無責任に放り出す問題もあり、孤児院を運営する団体から上申が重なったことで、そのことについて本格的に討論するようになった。
 王族貴族だけでなく、魔力持ちの平民が混じった会議では、平民側の不満が噴出してあわや乱闘になりかけたとか。

 王侯貴族の平民魔術師への態度や、貴族の養子になった子息子女への扱いの悪さ、日頃の恨みが蓄積した平民側はここぞとばかりに怒鳴り散らしたらしい。
 この会議内では不敬とかそういう縛りがなかったので鬱憤晴らしには丁度良かったのだろう。

 事態を重く見た国王陛下は平民側の言い分を受け止め、飲み込んだ。

 それからしばらくした後に、魔力持ちの子供に関する養子縁組には厳しい審査を設けることが王国議会で可決された。
 同時に魔なしへの扱いに関して、不当に扱えば貴族であっても罰せられるという条文が設けられた。

 今はまだ法律が制定されたばかりなので、魔力至上主義の貴族たちはそれに反発しているが、罰せられる人が現れたら彼らも態度を改めるであろう。

 彼らのその主義主張のせいで、狂った男が生まれ、罪なき多くの女性が犠牲になったのだ。少しは反省してほしい。

 それが第一歩となって魔なしへの目も和らげばいいと思う。


 旧ハイドフェルト子爵領は、隣領の貴族の分家が跡地を引き継いで、新しい領として運営していくことになった。
 そう広い領地でもないし、領民にはなんの影響もない。領民たちはこの犯罪を知らず、一切加担していないので、なにか罰せられることもない。
 ハイドフェルトという地名が消えて、新たに別のものへ変わっただけで特に大きな変化もない。

 最初は激しい報道合戦が重ねられたこの事件だったが、時間を追うごとにそれはなくなり、人々の興味をなくしていった。

 こうしてハイドフェルト子爵家という存在はこの世から消えてなくなったのである。


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