リナリアの幻想 | ナノ
過去・封じていた魔力【ウルスラ視点】
あれは、魔法魔術学校を卒業してすぐの頃だった。
突然家に押しかけてきた男たちに拘束、拉致されて、見知らぬ屋敷に連れてこられたと思ったら、初めて対面する男から性的暴行を受けた。
もちろん私も散々抵抗した。魔封じをされても、諦めずに逃げようとした。
しかしそれが反抗的であるとされ、躾と称して折檻された。
この屋敷にいたのは貴族出身の魔なしであるがゆえに、いないものとして育てられた狂った男。
この男は魔力を欲していた。
私の中にある魔力を受け継いだ赤子がほしいのだと、だから孕めと何度も私を犯した。
私は拒んだ。だけど力で封じられて何度も男の精を受け入れさせられた。
好きでもない男を受け入れるのは、気持ち悪くて屈辱で、情けなくて悔しかった。
快感なんかあるはずもなく、ただただ苦痛なだけ。
叫んでも誰も助けてはくれない。
泣いても救いはないと理解してからは涙も出なくなった。
今が何日か、どのくらい閉じ込められたのか日付感覚が危うくなった頃、懐妊の兆しが見えた。
私は望んでいない子を身に宿したことが恐ろしかった。生まれたらこの子は間違いなく利用されてしまう。
それを考えたら怖くて仕方がなかった。
だけど、孤児である私には家族がいなかったので、自分と血の繋がった子が生まれるのだと思うと、不思議な感情が芽生えてきた。
なんとしてでもこの子を守ってみせようと。
──しかし、その子が生まれてくることはなかった。
子が流れてしまった私は、それまでギリギリまで保っていた精神が一気に衰弱してしまった。
そんな私をあの男はもう使い物にならないと判断したのだろう。用無しだと告げてきた。
やっと私を解放してくれるのかと思ったのだが……違った。
『いやぁあああ!!』
どこからか新たな生贄を仕入れた男は、用無しとなった私を屋敷の男たちへ下げ渡した。
男に大金で雇われているそいつらは、世間ではならず者と呼ばれるワケアリの男たちばかりだった。
私は複数の男たちの玩具にされた。
醜く、臭くて汚い男たちは残虐なことが大好きだった。ただ犯すだけでない。拷問まがいのことをされた。
口には出せない、おぞましい事を沢山された。
流産したあとにまともに手当をされなかった私の身体はぼろぼろになり、子どもを産めない身体にされた。
私が苦痛で叫ぶその姿を楽しそうに眺める人物がいた。それはあろうことか教師だった男だ。
魔法魔術学校に在学中、よく気にかけてくれる先生ではあったが、それは私を次の生贄にするためだった。
優秀な女子生徒を見つけては、定期的にこの男に情報を流していたのだと知らされた私は呆然とした。
元恩師に怒ってもおかしくないのに、私の感情は動かなかった。
もうその頃には壊れていたのだろう。
最後には私は重篤な感染症を患った。
そして男たちは瀕死の私を前にして汚い、と言った。
私をこんなにも汚したのはあいつらなのに。
汚いのはあいつらなのに……
ボロボロのズタ袋に詰められて、転送魔法陣でどこか遠くへ飛ばされて、私は処分されたのだ。
足がつかないよう、奴等の名前や顔、監禁場所の記憶を改ざんされた上で。
──あとは死を待つだけ。
絶望の最中で、このまま死んでも構わないと思った。
だけど私は市民の発見で一命をとりとめ、魔法庁職員に保護された。
手厚い医療を受けたその後は身寄りがない私の事を聞きつけた大巫女様のご厚意を頂き、彼女の庇護を受けて身を縮めて暮らした。
毎日毎日同じ淡々とした生活だった。
私の人生に色はない。
生きていても意味はない。
だけど自ら命を捨てる勇気もない。
──なぜ私は生きているんだろう?
私はあの日一度死んだ。
そして記憶の一部と一緒に魔力を失ったのだ。
憎らしいとか悲しいとかそういう感情がぽっかり抜け落ちた感覚だった。
奴等の名前や顔を思い出せないように魔術で改ざんされても、されたことは忘れられなかった。
どうせならすべての記憶を消してくれたらいいのに、悪夢が終わったあともその記憶は私を苦しめた。
どんなに憎んでも、私の力はちっぽけすぎて復讐なんかできない。
顔の見えない犯人に復讐をするために探し出したとしても、再び捕まって同じ目に遭わされたらと考えると、恐怖が大きすぎて行動に移そうとも思えなかった。
だから怒りや憎しみを諦めてしまったほうが楽なのだ。
そんな空っぽな毎日を送っていた私の前に彼女が現れた。
大きなお腹を抱えて途方に暮れた女の子を放っておけなくて、お腹の子を失くした自分の子と重ね合わせて見ていた。
はじめは、産んであげられなかったあの子の代わりに、この子の赤ちゃんは無事に生まれてほしいからと自分の心を慰めるために彼女を匿った。
だけど私はいつの日か、彼らに心癒されるようになった。
疑似家族となったリナリアとフェリクスは私の欲しかった幸せを分け与えてくれたのだ。
生まれたての頼りないフェリクスだけど、小さな体で毎日必死に頑張って生きている。
リナリアも母親として社会人として立派に生きている。頑張っている彼女を見ていると眩しくて仕方ない。
灰色だった私の毎日は、ふたりのお陰で鮮やかに色付いたのだ。
彼らを見ていたら、私も頑張らなきゃという気持ちにさせられた。
魔力を使えるようになれば、きっと私ももっと広い世界に出られる。
前を見てようやく前進できるのだと勇気が湧いてきた矢先のことだった。
彼女があの男に囚われている姿を見たとき、断片的だった記憶が色鮮やかに蘇り、体の奥底で濃く蓄積されていた魔力が暴発した。
あいつが、私を殺したんだ。
私の身体を嬲って壊して、心さえ殺して、ゴミみたいに捨てた。
憎い、許せない、殺してやりたい。
──殺してやる。
脳が焼ききれそうな痛くて苦しい記憶たちは私に怒りという感情を再び与えてくれた。
私の魔力は私の潜在意識とともにあの男たちに向かって一直線に放たれたのだ。
リナリアだけは、あんな思いをさせてはいけない。
あの子には大切な子どもがいる。やっと幸せをつかめるところなのに。
私と同じような目にあってはいけないのに。
彼女を逃がそうと必死だったけど、ここ数年は魔力抑制状態でまともに魔力を使いこなせてなかった私は、あの狡猾な教師には勝てなかった。
闇の元素による魔術を放たれた私の意識は遠のき、気づいたときにはリナリアが行方不明になってしまったあとだった。