リナリアの幻想 | ナノ
依代探し【?視点】
私の記憶は、暗くてカビ臭い地下室で息を潜めて暮らす幼少期から始まる。
子爵夫妻の次子として生まれた私だったが、魔力がなかった。
貴族と言えば魔術師として生まれるのが当然であると言われている国で、魔なしとして生まれた貴族は恥として存在を消された。
養子としてよそに出されるのはまだマシな方だ。
ひどいと事故に見せかけて殺されるか、私のように臭いものに蓋をするように存在自体を隠されるのだから。
両親や兄は私の存在を煩わしく思っていた。わがままはおろか、質問すら受け付けてくれなかった。話しかければ嫌悪の表情で睨まれ、そして無視される、それが常であった。
情が移って余計なことをされたら敵わないからと、食事を持ってくる使用人も私と会話することを禁じられていた。
自分に魔力さえあれば皆は認めてくれるはず。
きっと自分の中で眠っているはずなんだ。だから発現しない。頑張ればいつか魔法が使えるはずなんだ。そう希望を持っていたけども、なにしても魔力は出現しなかった。
『魔法書? 魔なしのお前が読んでも仕方ないだろう!』
普段は私の存在を無視するくせに、血のつながった兄は気まぐれのようにやってきては八つ当たりとして難癖をつけては暴力を振るってきた。それも私の使えない魔法で私を痛めつけるのだ。
私は必死に耐えた。覚えたての防御呪文を唱えてみたけど無反応だった。
『お前のせいで不貞を疑われたのよ! お前なんか産むんじゃなかった! この悪魔!!』
『生きている価値のない魔なしはさっさと死ね!』
『生かしてもらえるだけありがたいと思え、この恥晒しめ』
頑張って魔法を覚えようとしたが、出来ない。
そんな私を嘲笑い、虐げる親兄弟達。私と彼らの何が違うというのか。
何故だ。元素たちは、私を虐げる家族には力を貸すくせに、本当に困っている自分には力を貸してくれないのか。
努力しても得られないものに縋り続けた私はどんどん自分が狂っていくのを実感していた。
魔力が全ての世界しか知らない私は、とうとう爆発したのだ。
劣悪な環境に身を置いていたが、成長期を迎えると私は身体が大きくなった。力のついた今なら、現状を変えられると判断した。
いつものように食事を届けに来た使用人を殴って気絶させると、閉じ込めて置いて地下牢から飛び出した。
裸足で階段を登り、初めて自分の足で立った地上は変な感じだった。とっぷり夜も暮れた頃なのに、私の目には眩しく映ったのだ。
絨毯の床を歩きながら屋敷を徘徊していると、壁際に飾られた騎士の鎧が槍を持っていた。飾りではあるがその刃先は鋭い。
私はそれを持って、家族を殺して回ることにした。私の計画にアイツらが邪魔だからだ。
時間が遅かったのもちょうどよかった。使用人たちが持ち場を離れていたからだ。
寝室に侵入すると、まず両親を殺した。
父の心臓を一突きすると、その血を浴びた母が悲鳴を上げたので、その口を黙らすために首を絞めた。
いつも感情的に詰ってくる甲高くて耳障りな声はもう出て来ない。母の目から光が消えて事切れたのを確認すると、父親の上に重なるように捨て置いた。
少し離れた場所に兄の寝室があった。
兄は最近嫁を迎えたばかりで、寝室では新妻と睦み合っていた。こちらには全く気付いていないようだったので、背後から槍を突き刺した。
『ぎゃああああ!』
兄妻が血を浴びながら悲鳴を上げた。
兄はといえば、ごぼごぼと血の泡を吹き出しながら事切れた。物言わぬ肉の塊に代わった兄を蹴り飛ばして、ベッドに寝っ転がった女を見下ろす。兄嫁は全裸で数秒前まで男を受け入れていた淫猥な姿を晒していた。
初めて見た女の体に私は欲情した。兄の妻である女だが、兄が死んだ今、自分のものにしてもいいだろうと思って手を出そうとしたのだが、女はそれを拒絶した。
『いやっ! 触らないで人殺し! 魔なしに穢されるくらいなら死んだほうがマシよ!!』
シーツで身体を隠しながら、涙混じりに私を罵倒してきたのだ。
──魔なし。
私を苛み続けたその単語。
許せなかった。
だからその女の首を絞めて黙らせた後に犯した。
女を抱くのもその時が初めてだったが、う快感より先に、苦しむ女の顔を見るのが楽しかった。
『いやぁっ汚い! いやあああ! …ぐぅっ』
女の胎に精を吐き出そうとすると叫んだので、腹を殴ったら相手はえぐえぐと泣き出した。兄や親を呼んで助けを求めているようだったが無駄だ。
全員殺した。そう教えてやると女は大人しくなったので、私は思う存分女の身体を味わった。
この女は殺さない。
飼い慣らして、魔力のある子どもを産んでもらう。
世の中には禁術というものがあるそうだ。
代償を支払うことで肉体と魂を入れ替わらせる黒呪術というものの存在を知ったのは、数年前のことだ。
お人好しの使用人が私にこっそり差し入れたとある魔法書に書いてあった。
これまで私と関わろうとする使用人はいなかったのに、そいつは不遇な私に同情してか、食事の差し入れのたびに私に話しかけてきた。
私が魔法について知りたいと漏らせば、自分の賃金から捻出して魔法書を古本屋で購入してきたのだ。
こんなお人好しでやっていけるのかと心配にはなったが、正直自分は助かった。そして同時に嬉しかった。
その人物はそれがバレて解雇されてしまい、今は行方知れずだけど、彼には感謝している。周りが敵ばかりだった私に唯一寄り添ってくれた人間だった。
彼が差し入れした本は没収されてしまったけど、私の頭にはしっかり記録されている。
私はその魔術を試したい。魔力持ちの人間として人生をやり直すのだ。
そのためには依代が必要だ。魔力持ちの肉体を作らねば。
翌朝になって、屋敷の主たちの惨殺遺体を発見した使用人たちには選択肢を与えた。
私の言いなりになるならば命は助けると。そうでなければ死あるのみだと。
歯向かったものは殺した。ここに勤める使用人たちは揃って魔力なしばかり。始末するのは簡単だった。逃げようとしたやつも残さず殺した。
地面に転がるのは先程まで生きていた人間たち。目を開いたまま息絶えた遺体の数々、むせ返る血の香りに怖気づいた残りの使用人たちは、私に逆らえないと判断して従順になった。
私が殺した両親と兄は、馬車で移動中に強盗に襲われて亡くなったように偽装した。それら全て使用人に仕組ませた。
事件は表沙汰になり、詳しく調べられたが、目論見通り役人たちは強盗の仕業と見て捜索していた。魔法を使ったわけじゃないので、元素たちの記憶を読み取ることも出来ず、これが私の手によるものだと気づかなかったのだ。
そして私は、長年他国へ留学していた次男として表に出て、父の爵位であり、兄が叙爵するはずだった子爵位を継承した。
疑う人間もいただろうが、素知らぬ顔で流してやった。私の悲願を達成するためにはまだまだやるべきことがたくさんある。いちいち周りの目を気にしていられない。
子爵となった私は表向き、慈善家として名を馳せた。
貴族の道楽かと言った目で見られることも多かったが、孤児院は万年運営費不足。私が寄付すれば目の色を変えて歓待した。私は子どもに優しい貴族を演じて、慕われるようになった。
私は何も心改めて慈善活動をしているわけじゃない。
──品定めしているのだ。
孤児院にいる子どもの中で魔力に目覚める存在がいるのだ。その中から女児を見つけて引き取り、依代となる赤子を産んでもらおうと思ったのだ。
ただ、魔術師の卵という存在は希少で貴重であり、そんな存在とはなかなか出会えないか、いたとしても孤児院の職員から警戒されて断られていた。
そんな中で時間だけが過ぎていくのに焦っていた。
時間がもったいない。いっそ、子どもを産める娘を連れ去って産ませたほうが早いのではと思い立った私は、その計画に加担してくれそうな人間を金で雇うことにした。
金を欲していて、口が硬そうな人間を選んで、私の計画に乗ってもらう。渋った相手は口止めとして殺した。
金さえあれば、良心を痛めることなく、悪事に加担する人間の多いこと。表では生きられない裏の人間だけでなく、天からの贈り物持ちの魔術師でさえ、私の命令に簡単に従う。
その姿を見て、愉悦感に似たものを味わった。
その頃から魔法魔術学校を卒業した平民出身の娘を攫っては、子どもを作るために無理やり抑えつけて犯すようになった。
どの娘も最初は抵抗していたが、徐々に無気力になり、大人しく抱かれるようになった。
本当なら貴族の娘が良かったけど、そちらは家の守りが堅い。
だから平民の女の中でも優秀なものを見繕っては連れ去って種を仕込んだ。平民1人がいなくなっても誰も気づかないだろう、と一定期間ごとに拉致した。
同時期に、雇った魔術師に命じて、口止めしていた使用人たちに対して私を裏切らぬよう宣誓術をかけた。
破れば命を落とすと理解しているはずなのに、これまでの悪事に手を染めてきたこと、連れ去ってきた娘たちの悲痛な叫びにとうとう良心の呵責を感じて、外部の人間に真実を話そうとした者もいたが、もれなく死んだ。
◆◇◆
攫ってきた娘たちの中で孕んだものも何人かいるが、産んだ赤子全てに魔なしとの測定結果が出た。
『また、外れか』
使い物にならない娘は、私の計画のための手足になっている男たちに下げ渡した。遊び飽きたら適当に処分するように命じている。
心を壊して廃人になったり、自ら死を選んだりと、どいつもこいつも使い物にならない。
中でもまだ使えそうな女は不用品となった後、メイドとして働かせてやっている。私には反抗できないようにしているので、逃げることも考えつかないだろう。
ちなみに兄嫁はもう完全にダメになった。
幼児退化してしまい、まともな会話をかわせなくなった。
これは忘却術をかけ過ぎた弊害だと魔術師の男は言った。ちなみに兄嫁は何度か私の子を妊娠したが、全て流産してしまった。
存在自体が邪魔になってきたので、そろそろ処分したいが、この女の実家の人間になにを言われるかわからないので、メイドに世話させて無理やり生かしている。
どいつもこいつも、役に立たないただの肉の塊じゃないか。
どこかに私の新しい身体を生み出せる女はいないのか。
苛立つ毎日を送っていた私だったが、ふとある娘の存在を思い出した。
港町で見つけたあの金髪娘はどうだろう。
他の男の手垢がついてしまってはいるが、魔力持ちの息子を産んだ実績がある。
あの赤子、私を牽制するように雷の元素を操っていた。魔法のまの字も知らない年齢の赤子に負けた気がして、私はぎりぎりと爪を噛み締めた。
私が望んでやまない魔力。
あの女ならきっと優秀な依代を産んでくれるに違いない。
──次はあの女にしよう。
彼女こそ、私の次なる身体を作る母なる存在だ。
あの時、丁寧に養女にならないかと申し入れをせず、有無を言わさずにあの場からそのまま連れさらえばよかった。
そうすれば今頃は、私に従順な産む道具になったはずなのに。