リナリアの幻想 | ナノ
ボタンの掛け違い【ルーカス視点】
彼女も僕と同じ気持ちだろうから、きっと想いを受け入れてくれると確信していた。
だから僕はあのパーティの日、リナリアに交際を申し込もうとしていた。もちろん、結婚を前提とした真剣な交際を。
そのために家からメイドやデザイナーを手配して、彼女のためにパーティ用の衣装を準備させた。彼女に恥をかかせぬよう、全ては完璧にこなすつもりで。
途中、パートナーを申し込んだところで彼女が他の男の誘いに乗ってしまったという想定外の出来事は起きたけども、無事に彼女をパートナーにできた。当日が待ち遠しくて、僕らしくもなく浮き足立っていた気がする。
創立記念パーティの晩、僕が選んだドレスを身にまとったリナリアは妖精のように愛らしかった。
このままパーティ会場に連れて行かずにそのままふたりきりになれる場所で一緒に過ごしたいと下心が湧いてきたのはここだけの話。
だけど僕の隣にいる彼女を見せびらかすことで、他の男への牽制になるのだとわかっていたので、仕方なく会場までエスコートした。
当然ながらその辺りの感情の起伏を彼女には気づかれないように。
パーティ会場にはたくさんの花たちがいたけど、リナリアはその中でもとびっきり美しく、不躾な視線を送る男共に睨みをきかせるのが大変だった。美しい彼女をエスコートできる栄誉を賜った優越感に浸りながら、彼女と踊った。
踊っている間、僕はいつどこで告白しようとぐるぐる考えていた。
踊る彼女と目が合えば照れくさそうな笑顔が返ってくる。愛おしい気持ちでいっぱいになった。
彼女が僕にこの感情を教えてくれたんだ。
不器用で意地っ張りなところがあって、一人で頑張ろうとするけど、その度に危険な目に遭う彼女。出会った当初から不思議で、予想外で、特別な存在だった。
守りたいもののために一生懸命で、ずっとひとりで周りの無理解と戦ってきた強い女の子。
彼女に出会うまでは知らなかったこの気持ち。自覚した頃にはもう彼女から目を離せなくなっていた。
今となっては彼女がいない世界なんて想像できない。だから将来的には結婚して僕の隣でずっと笑っていてほしいんだ。
好きです、僕と結婚を前提にお付き合いしてください。
そう、言うだけ。そうすれば彼女に伝わる。
前もって頭の中で告白の予行練習はしていたのだけど、本人を前にすると胸がいっぱいになって踊るので精一杯だったのだ。
『ルーカス…?』
気づけば、曲が4曲目に突入していたらしい。
一緒に踊っていたリナリアも流石に異変を感じ取ったようで恐る恐る僕の名前を呼んだ。
もういい。ここで告白してしまおう。
僕は開き直って、この場で告白しようとした。
『ルーカス、わたくしと踊ってくださるわよね? 今日のことを思い出にしたいの』
なのだが、ドロテアの乱入で有耶無耶になってしまい、彼女を避難させた後、ホールのど真ん中でドロテアと少しばかり口論をした。
もちろん、ダンスをせびってきた彼女の言葉は断って振り切った。今は誰であっても邪魔されたくなかった。
気を取り直して今度こそ告白するんだ。僕はそう意気込んだ。
だけどその前に飲み物を飲んで一息つこうと、近くにいた使用人からドリンクを受け取って呷ったのだが……異変は起きてしまった。
僕は仕込まれた媚薬に気づかず飲み物をすべて飲んでしまったのだ。気づいたときには遅かった。
身体を苛む暴力的な熱を周りに気づかれてはいけないと思い、会場を抜け出して熱をなんとか冷まそうとした。
『ルーク』
僕がそうなることを狙っていたかのようにドロテアが僕を探す声が聞こえてきた時は、この幼馴染みのことを信じたかった気持ちが裏切られた気分でいっぱいだった。
絶対に彼女の思惑通りにはなってやらないと意地になって、彼女に見つからない場所に隠れた。
しかし余程強い媚薬だったのだろう。どんどん身体の熱は上がっていく。
なんでもいいから発散してしまいたいと自分の本能が暴れ出すのを抑えて呼吸を整えようとするが媚薬がそれを妨害する。
運動もしていないのに心臓は異常な速度で鼓動を鳴らし、僕の熱を昂ぶらせて理性を奪う。
苦しくて抗えない衝動と戦っていたそこへリナリアが現れた時は、その場で彼女を貪ってしまおうかと思った。
純粋に心配して探しに来てくれた彼女の細い腕を抑えつけて、彼女を自分のものにしてしまおうかと甘い誘惑に駆られたのだ。
『ルーク、どこにいますの?』
しかしドロテアの声で我に返った僕は彼女を連れて逃げた。
またリナリアに危害を加えられたら敵わない。とりあえずドロテアがいなくなるまで、安全に身を隠せる場所をと考えた結果、思い当たるのがあそこしかなかった。
王侯貴族が集う特別塔には懲罰室というものがある。
名前の通り罰則を受けた生徒が軟禁される部屋だ。
ダメ元でそこへ行けば運良く鍵が開いていたので中へリナリアを引っ張り込んだ。
ドロテアがいなくなるまでここでやり過ごす。いなくなったら彼女を寮まで送って、男子寮の自分の部屋で熱を冷ますしかない。それまでの辛抱だ。
その時まではまだ理性は働いていたのに、部屋を出ていこうとした彼女を引き止めるために抱きしめた時、その理性は簡単に崩壊してしまった。
柔らかく華奢な身体を腕の中に収めると甘い香りが香ってきた。彼女が好んで普段遣いしているコロンの香りだろうか。
あまり濃くはつけないので、近くにいるときにふわっと香ってくる程度のそれが近くに感じる。
もうとっくに僕の理性はなくなっていたのかもしれない。
好きな女性がこんな近くにいるんだ。我慢できる男がどこにいると言うんだ。
彼女の唇に吸い付き、何度も唇を求めた。彼女の唇は想像よりも柔らかく、しっとりしていていつまでも触れていたい幸せな感触をしていた。
彼女からこれ以上は駄目だと止められた僕は情けなく懇願した。
僕を受け入れてほしいって。
もう抑えられない。抱くのは君以外ありえないんだ。
そこからは自分に都合のいい夢を見ているのかと思った。好き勝手に彼女を犯し、気力体力が尽きるまで精を放った。あまりの快感に脳が焼け切れるようだった。
僕を受け入れてくれるリナリアは普段の彼女ではありえないほど扇情的で美しく、最高だった。普段よりも高く、甘えるような声が余計に僕の欲を刺激する。
吐き出してもおさまらない衝動に身を任せて彼女を一晩中抱き続けた。
意識が飛ぶまで彼女と交わり、次に目覚めると見覚えのない部屋だった。
自分の腕の中には裸の女性の姿。ぎょっとした僕は彼女のあられもない姿を見て昨晩のことをすべて思い出した。
全身に残った赤い所有印の数々、性行為の痕を色濃く残した残骸に、シーツに染み込んだ破瓜の証。眠る彼女の泣き腫らした目元にまろみを帯びた柔らかそうな身体。
その姿は目に毒だった。あれだけ回数を重ねたのに再び反応する自身に嫌気が差した。
相手の体のことを考えずに自分の欲を吐き出すために行った行為はきっと、彼女の身体には大きな負担を与えたことだろう。
僕はすぐさま彼女の手当をせねばと考えた。
必要なのは避妊薬と鎮痛薬か? あと動きやすい服を持っていこう。
慌てて寮の部屋に戻って、服を着替え、薬作りの本と薬の材料や道具、彼女に着せる服をひっつかんでリナリアと夜を過ごした部屋に引き返したのだが──彼女がいなくなっていた。
もしかして道に迷っているのかと思って特別塔を探し回ったがいない。女子寮に行けば、部屋で寝込んでいると返された。
きっと自分が無茶をさせたせいで発熱してしまったんだ。体中痛いに違いない。
自分がしでかしたやらかしに自己嫌悪し、彼女が回復したらすぐに謝罪して、改めて交際を申し込もうと思った。
ある意味事故とはいえ、僕は遊びのつもりで彼女を抱いたのではない。責任を取るつもりで彼女を抱いたのだから。
──しかし、事は思うようには進まなかった。
熱が下がって登校してきたリナリアは僕を見て怯えていたのだ。
声をかけようにも逃げられ、手紙や伝書鳩は拒否され、姿を探知できない魔法を使われた。探しても探しても見つからない。
皮肉にも自分が教えたそれが彼女の得意魔法になっていた
僕は彼女をひどく傷つけてしまった。
自分も彼女を襲った男と同じ……それ以上のことをしてしまったんだ。男に襲われた経験から恐怖心が残っているはずの彼女を更に傷つけてしまったのは自分だ。
こんなはずじゃなかった。本当ならあの晩に彼女に伝えたいことがあったのに、目の前に彼女がいるだけで劣情が抑え切れなくなって、彼女に無体を働いてしまった。
僕の意志が弱かったばかりに。