運命の相手と言われても、困ります。 | ナノ

あいにく、そこは先約席となっております。



「ステファン殿下、レオーネ様。ようこそ我が家のガーデンパーティへ」
「ごゆるりとお楽しみくださいませね」

 にこやかに歓迎してくれているように見えるが、ホストである伯爵夫妻の後ろにいる14、15歳程のお嬢様はあんまり歓迎しているようには見えなかった。
 彼女はうっとりとステフを見つめたかと思えば、ギッと私を睨みつける。流石、麗しの王子殿下はうら若き乙女の心を射止めていらっしゃる。

 私たちは目立っていた。王族の中から代表して第3王子であるステフが今回のパーティへ参加しているというのもあるけど、彼らの関心はそれだけではないだろう。
 この私も目立つ原因の一つである。私に対する不躾な視線は止まない。

 今はステフが隣にいるので、堂々と悪口を言って来る人は今のところいないけど、腹の中では色々と思っていそうな人がいるなぁと私は遠い目をしてしまう。

 貴族の血を裏切った母と、平民の父の血を受け継ぐ私に対する複雑な視線。
 貴族社会はいまだに前時代的な価値観を持っている人が存在する。貴族や王族という広いようで狭い世界で生きている彼らはその価値観を信じて生きているので、突然割って入ってきた私を警戒するのは仕方がない。

 とは言え、ここで萎縮してはステフの威信に関わることになるし、私の立場も危うくなる。なので胸を張って笑って見せた。
 ミカエラ大叔母様が言っていた。美貌は武器になり、笑顔は強力な効果があると。だから笑顔で先制攻撃してみることにしたのだ。

 すると、周りから音が消えた。
 先ほどまで猜疑心の視線を送っていた人たちは呆然とこちらを見ているではないか。
 ……失敗したか? 
 笑顔を維持したまま、隣にいたステフを見上げると、彼は笑顔で頷いてくれた。これでいいらしい。

「お席はこちらになります」

 伯爵家の使用人に案内されたのは伯爵家自慢のお庭が一望できる一等席。丸いテーブルには4席が設けられているが、ここには私とステフしかいない。
 誰か他の人と相席するのだろうか。

「──ステファン殿下、ごきげんよう」

 その声は聞き覚えが有りすぎて一気に嫌な気分になった。

「モートン…」

 目の前に登場したのは、私に対して明らかな悪意を向けて来るモートン兄妹だったからだ。
 兄の方は対面側の空いている席に座ると、ステフに愛想よく笑顔を見せていた。妹の方はステフの隣に座るために近くにいた使用人へ椅子を引くように促している。

「お会いできて光栄ですわ。ステファン殿下ったら、お誘いをしても乗ってくださらないから……」
「それよりも殿下、今度紳士クラブに行かれませんか? 女性がいては出来ない話を男同士でじっくりとしましょう」

 ステフが口を開く前から立てかけるように話をして来るその様子は、こちらをまったく気遣かっていないことがわかる。兄妹揃ってこんな所まで似なくてもいいのに。

 相席の相手ってこの人たちなの? 嫌だなぁ……
 今回のガーデンパーティは楽しむ余裕なく、忍耐の時間で終わりそうだと私が表情を変えずにげんなりしていると、ステフが目を鋭くさせた。

「誰の許しを得て、そこに座った?」

 普段のステフでは考えられないような威圧的な態度だったので、一瞬幻聴でも聞いたのかと自分の耳を疑った。
 しかしステフの表情が彼らを冷たく拒絶しているのを目で確認して、幻聴じゃないと理解した。

 ステフに睨まれているモートン兄妹は圧倒されたのか、ぴしりと固まっていた。

「……申し訳ありません」
「席が用意されていなかったのか? ここは先約済みだ……そこの君。彼らを指定の席まで案内してあげてくれ。どうやら迷子のようだからね」

 素直にどくというなら、きつく言うつもりはないようで、ステフはいいようにあしらっていた。

 彼らとはこれ以上は口も聞きたくないと言わんばかりにおもいっきり態度に出しているので……よほど嫌いなんだろうなぁ。
 その理由は昔の因縁もあるだろうけど、他にも色々あるんだろう。聞くところによるとモートン兄とステフは同じ寄宿学校と大学に進んでいるから、そこで決定的ななにかがあったのかも知れない。

「クレイブ、ここだ!」

 モートン兄から興味を失くしたステフが軽く手を挙げて声をかけたのはちょうど今会場入りした様子の友人のクレイブさんと婚約者のポリーナさんだった。
 離れた位置にいる両者から会釈されたので私も軽く頷くことで返事する。彼らは使用人に案内されながらこちらへやってきた。

 なるほど、この空いている席はクレイブさん達用に用意してもらったのか。
 本来であれば身分が違いすぎるので同席はできないけれど、ステフの希望があったからホスト側も叶えてくれたのだろう。

 彼らは途中モートン兄妹とすれ違った。クレイブさん達は爵位が上の相手に敬意を払おうと頭を下げたのだが……モートン兄はそれに答えることもなく無言で、クレイブさんの肩にわざとぶつかっていった。

「っ……!」

 痛そうに顔を歪めるクレイブさんに謝罪とかそんなものなく、汚いものに触れてしまったとばかりに肩を手で払うモートン兄。
 うわ、感じ悪ぅ……クレイブさんの斜め後ろにいたポリーナさんは不快そうにモートン兄を睨んでいたけど、そんな彼女の視線もものともせず、彼は踵を鳴らしながらすたすたと立ち去って行った。

「クレイブ、大丈夫かい?」

 反射的に席を立ったステフは心配そうにクレイブさんの肩の心配をした。

「えぇ、寄宿学校時代から受けて来たことですから慣れています」
「本当にあの頃から成長しないな、奴らは」

 ステフは苦々しい表情でため息を吐き出していた。
 あぁそうか、あの人は寄宿学校時代に新興貴族入りしたクレイブさんをパシって使用人扱いしていたという子息のひとりだったのかも。それを側で見ていたステフはモートン兄の印象が悪くなっていたのかな。

「ポリーナ様、先日のお茶会ではありがとうございました」
「いいえ、こちらこそ」

 場の空気を変えなくては。
 私も席を立って、ポリーナさんと挨拶を交わしていると、彼女の後ろ側からやけに鋭い視線が突き刺さってきた。
 なんだと思えば、モートン妹ことマージョリー嬢である。彼女はものすごい目をして私を睨みつけると、ふいっと顔を背けてその場から離れて行った。

 なんで私を睨むの。あしらったのはステフだし、ステフの不快を買ったのはそちらだろう。私を恨むのはお門違いだぞ。
 ひとりでムッとしていると、ポリーナさんが「あっ」と思い出したかのように声を漏らした。

「そういえばモートン候爵家のマージョリー様は婚約が決まったそうですね」
「え、そうなんですか?」

 その情報に私はぎょっとする。
 彼女はこれまでにステフに接近しようとしてきたからてっきり、ステフと結婚がしたいから私からその座を奪おうとしているのかなと思っていたけど、婚約が決まったのならステフに近づく必要はないんじゃないの?
 さっきの彼女はステフにデートの誘いをしたような口ぶりだったし、どういうことなの……

「お相手は子爵で、モートン候爵の強い希望で決まったそうですよ」
「……身分が違うんですね」

 私がとやかく言える立場ではないけど、中々の身分差だな。候爵家の娘と子爵の結婚か。……政治的な問題だろうか。

 不本意な婚約だとしてもだ、彼女がまずいことをしてる事には変わりない。
 貴族男性の不倫は嗜みとか言われているけど、貴族女性のそれは世間から後ろ指さされることだ。彼女が今していることは自分の首を絞めることだと思うんだけど……それを兄であるモートン兄が止めるどころか火を付けようとしているから始末に負えないんだな。

 クレイブさんとおしゃべりしているステフをじっと見上げた。
 私からの視線に気づいたステフがこっちをみて「どうしたの? 退屈?」と問い掛けてきたので、首を横に振った。

 仮の話で、私が不貞したらステフなら絶対に激怒すると思うけど、マージョリー嬢の婚約者はそうではないのだろうか。貴族の政略婚だから相手に興味ないとか?


 彼女はあのベラトリクス嬢と似ている。
 ステフを好きとか愛しているとかではなく、彼が持つ地位や名誉に惹かれているだけ。
 上流階級では当然重視されるところだろうけど、彼女たちの場合それがあからさま過ぎてステフが可哀相に思えてくるよ。


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