運命の相手と言われても、困ります。 | ナノ

紅茶にはミルクを入れたい派なので、味とかあまり気にしていません。



 翌朝起きてすぐにもたらされた情報は、眠気をふっとばして愕然とさせるものだった。

「レオーネ様が受けとった香水には肌が荒れる成分が含まれておりました」

 ステフとヨランダさんの警戒心の強さのお陰で、使う前に異常が判明した。香水の中に工業用製品が含まれていて、肌に直接使えばたちまち肌がかぶれて、治ったあとも痕が残る有害な成分なのだという。
 なにそれ怖い。

「……人間不信になりそうです」

 仲良くしたいと言って近づきながら、私を確実に害するものを差し出して来たのか……そこまでするんだ、貴族令嬢って怖い。
 そして呑気に好意だと信じていた昨日までの自分を叱り飛ばしたくなった。ステフが機転を利かせてくれなかったら今頃私は大変なことになっていたはずだ。

「レオーネ、香水は誰から渡されたか覚えてる?」
「確か……ワイト子爵家のご令嬢だったかと。ポリーナ様とカトリーナ様に確認していただけたら確かです」

 お二方は他の令嬢が退場するまで会場内に残っていて、私に声を掛けに来てくれたから多分どちらかがそれを見て覚えていると思う。
 それをステフに言うと、彼は意外そうに目をぱっちりさせていた。

「ハーグリーブス家のカトリーナ嬢と親しくなったのか?」

 そっちか。
 まぁそうだよね。ついこの間まで花嫁候補としてお城に滞在していた人だもの。私とまともに会話したこともなかったのに、今になって関わりがあるとなると驚かれても仕方ない。

「…親しく、なったんですかね? 私がイジメられると所々話をそらして庇ってくれた場面もありました」

 カトリーナ様は不穏な動きをするモートン候爵家について、有力な情報を見返りもなく提供してくれたこともある。そのお陰で身構えてパーティに参加できたので、衝撃が和らいだ。

「カトリーナ嬢がレオーネの味方につくなら心強い。彼女は賢い女性だからな」
「私もそう思います」

 カトリーナ様も他の貴族令嬢と同じく高飛車な雰囲気はあるけど、話してみればわかる。彼女は頭のいい人だ。
 そして自分の利益になることを重視するきらいはあるけど、それは貴族らしいって意味で決して性悪ではないってことだ。
 自分の口で言っていたもん。借金で首が回らないモートン候爵家の令嬢に付くより、未来の公爵夫人である私に付いた方があとあと有利だからって。

 わかりやすく目的を教えてくれて逆に安心してしまったよ。
 私も100%彼女を信用しているわけじゃないけど、笑顔でおべっかを吐き捨てる令嬢よりもよほど信じられる。

 初めて参加したお茶会で劇物入りの香水か……
 次はどんな劇物をお見舞いされるんだろうか。想像がつかなくて怖い。
 想像してブルッと震えていると、ステフが「寒いか? 風邪かもしれないから暖かい格好をするといい」と心配してくれた。
 そうじゃないの、体はいたって健康です。


◇◆◇


 テーブルに並べられた茶器にケーキスタンド。各お皿に配置されたデザートはどれも可愛らしく、見ていると小腹が空いてきた。
 だけど私はまだ食べられない。毒が入っていないかの確認が終わっていないから。 
 もぐもぐもぐ、と実においしそうに咀嚼する女性を眺めていた私は思った。やっぱりこの人、食べ過ぎじゃないかって。

「美味しゅうございます」

 ぺかーっといい笑顔を浮かべた彼女はにこにこと私に感想を告げて来る。
 えぇと、あなたが今しているのは毒味だからね? 味の感想はいいの。美味しいのは見たらわかるから。

 以前、私の好物のお菓子にガラス片が仕込まれていて、それを食べた毒味担当の侍女は怪我を治すために一旦お城を離れた。
 こんな恐ろしい目に遭うなら、どんなに高いお給料をいただいても二度と御免だと思うだろうなぁと考えていたのだが、彼女は静養を終えて毒見役に復帰してきた。

 食べることに恐怖を抱いてもおかしくはないのに、彼女の勢いは止まらなかった。
 復帰したときは痩せてたのに、なんか……丸みを帯びてきたな。

「食べ過ぎですよ。ドレスが入らなくなりますよ」

 見かねたヨランダさんが注意するも、彼女は気にした様子もなかった。

「まさに幸せ太りですね!」
「意味が違うと思います」

 言葉の使い所が間違っているので私が指摘すると、毒味担当の侍女はにっこりとまん丸のお顔で笑ってきた。

「名ばかりの貧乏貴族出身のわたくしにとってこのお仕事は天職なのでございます」

 貴族にもいろんな家があるものね。
 貴族という身分を持っていながら、その辺の商家の平民よりも貧しい生活をしている人がいるってのは知っている。収入になるような産業もなく、事業もイマイチパッとせずで……貴族の中には労働するのはみっともないことだという昔からの偏った価値観を持っている人がいてそういう人が家族の中にいると、貧困から抜け出せないのだと聞いたことがある。

 特に貴族女性は働ける場所が決まっているので、尚更大変だろう。
 でも目の前の彼女にはそんな悲壮感はない。

「では、ここに3種類のお茶をお煎れしました。レオーネ様にはこれからお茶の産地と銘柄を当てていただきます」

 毒味済の紅茶がずらりと並んで、私は遠い目をした。
 紅茶なんてみんな同じじゃない。違いなんかわかるはずもない。私はミルクを入れて飲む派だから、紅茶そのものの味にはあまりこだわりがないんだ。

「日々勉強ですわ。レディの道は一日にしてならずです」

 私が内心で面倒臭いと思っているのが伝わったのか、毒味侍女が拳を握って応援してきた。
 彼女を見てふふ、と笑った後に、私は端から順にティーカップに手を掛けた。
 そのあと不正解を連発して、優雅なはずのティータイムは紅茶を飲むのを強制される地獄と変わったのであった。

 水色と香り、舌で転がしたときの苦み、口から鼻に伝わる風味で理解してくださいと言われたけど、全然わかんないや。

 水分でお腹いっぱいになって結局おやつは食べられなかった。
 余ったおやつは侍女さんたちが食べることになった。おのれ、謀ったな。


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